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原始仏典コミュの相応部経典 大篇  第一  道相応7 「八正道7」

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(『南伝大蔵経16上 相応部経典5』大蔵出版 P207から)




「       恒河広説

 舍衛城因縁

     一 遠離依止

   [九一] 第一 東(一)
二 比丘たちよ、たとえばガンジス川は東に趣向し東に傾向し東に臨入する。比丘たちよ、このように比丘が聖八支道を修習し、聖八支道を多く作せば、涅槃に趣向し涅槃に傾向し涅槃に臨入する。
 比丘たちよ、比丘がどのように聖八支道を修習し、聖八支道を多く作せば、涅槃に趣向し涅槃に傾向し涅槃に臨入するのか。
四 比丘たちよ、ここに比丘がいて、遠離に依り、離貪に依り、滅尽に依り、放棄に変化する正見を修習する。
 遠離に依り、離貪に依り、滅尽に依り、放棄に変化する正思惟を修習する。
 遠離に依り、離貪に依り、滅尽に依り、放棄に変化する正語を修習する。
 遠離に依り、離貪に依り、滅尽に依り、放棄に変化する正業を修習する。
 遠離に依り、離貪に依り、滅尽に依り、放棄に変化する正命を修習する。
 遠離に依り、離貪に依り、滅尽に依り、放棄に変化する正精進を修習する。
 遠離に依り、離貪に依り、滅尽に依り、放棄に変化する正念を修習する。
 遠離に依り、離貪に依り、滅尽に依り、放棄に変化する正定を修習する。
 比丘たちよ、比丘がこのように聖八支道を修習し、聖八支道を多く作せば、涅槃に趣向し涅槃に傾向し涅槃に臨入する。

   [九二] 第二 東(二)
二 比丘たちよ、たとえばヤムナー川は東に趣向し東に傾向し東に臨入する。比丘たちよ、このように比丘が聖八支道を修習し、聖八支道を多く作せば・・・

   [九三] 第三 東(三)
二 比丘たちよ、たとえばアチラヴァティー川は東に趣向し東に傾向し東に臨入する。比丘たちよ、このように比丘が聖八支道を修習し、聖八支道を多く作せば・・・

   [九四] 第四 東(四)
二 比丘たちよ、たとえばサラブー川は東に趣向し東に傾向し東に臨入する。比丘たちよ、このように比丘が聖八支道を修習し、聖八支道を多く作せば・・・
  
   [九五] 第五 東(五)
二 比丘たちよ、たとえばマヒー川は東に趣向し東に傾向し東に臨入する。比丘たちよ、このように比丘が聖八支道を修習し、聖八支道を多く作せば・・・

   [九六] 第六 東(六)
二 比丘たちよ、たとえば諸々の大河がある。すなわち、ガンジス川・ヤムナー川・アチラヴァティー川・サラブー川・マヒー川である。これらはすべて東に趣向し東に傾向し東に臨入する。比丘たちよ、このように比丘が聖八支道を修習し、聖八支道を多く作せば・・・

   [九七] 第七 海(一)
二 比丘たちよ、たとえばガンジス川は海に趣向し海に傾向し海に臨入する。比丘たちよ、このように比丘が聖八支道を修習し、聖八支道を多く作せば・・・

   [九八] 第八 海(二)
二 比丘たちよ、たとえばヤムナー川は海に趣向し海に傾向し海に臨入する。比丘たちよ、このように比丘が聖八支道を修習し、聖八支道を多く作せば・・・

   [九九] 第九 海(三)
二 比丘たちよ、たとえばアチラヴァティー川は海に趣向し海に傾向し海に臨入する。比丘たちよ、このように比丘が聖八支道を修習し、聖八支道を多く作せば・・・

   [一〇〇] 第一〇 海(四)
二 比丘たちよ、たとえばサラブー川は海に趣向し海に傾向し海に臨入する。比丘たちよ、このように比丘が聖八支道を修習し、聖八支道を多く作せば・・・

   [一〇一] 第一一 海(五)
二 比丘たちよ、たとえばマヒー川は海に趣向し海に傾向し海に臨入する。比丘たちよ、このように比丘が聖八支道を修習し、聖八支道を多く作せば・・・

   [一〇二] 第一二 海(六)
二 比丘たちよ、たとえば諸々の大河がある。すなわち、ガンジス川・ヤムナー川・アチラヴァティー川・サラブー川・マヒー川である。これらはすべて海に趣向し海に傾向し海に臨入する。比丘たちよ、このように比丘が聖八支道を修習し、聖八支道を多く作せば・・・涅槃に臨入する。
 
                               恒河広説[畢]
  此[広説]の摂頌に曰く
    東に趣向する六と
    海に趣向する六と
    二十六の十二あり
    以て広説を説く。
        
  恒河広説、東趣向・東道
  十二遠離依止第一


     二 貪欲調伏

   [一〇三–一一四] 第一–一二 東(一)–海(六)

二 比丘たちよ、たとえばガンジス川は東に趣向し東に傾向し東に臨入する。比丘たちよ、このように比丘が聖八支道を修習し、聖八支道を多く作せば、涅槃に趣向し涅槃に傾向し涅槃に臨入する。
 比丘たちよ、比丘がどのように聖八支道を修習し、聖八支道を多く作せば、涅槃に趣向し涅槃に傾向し涅槃に臨入するのか。
四 比丘たちよ、ここに比丘がいて、貪欲の調伏に完結し、瞋恚の調伏に完結し、愚痴の調伏に完結する正見を修習する。
 貪欲の調伏に完結し、瞋恚の調伏に完結し、愚痴の調伏に完結する正思惟を修習する。
 貪欲の調伏に完結し、瞋恚の調伏に完結し、愚痴の調伏に完結する正語を修習する。
 貪欲の調伏に完結し、瞋恚の調伏に完結し、愚痴の調伏に完結する正業を修習する。
 貪欲の調伏に完結し、瞋恚の調伏に完結し、愚痴の調伏に完結する正命を修習する。
 貪欲の調伏に完結し、瞋恚の調伏に完結し、愚痴の調伏に完結する正精進を修習する。
 貪欲の調伏に完結し、瞋恚の調伏に完結し、愚痴の調伏に完結する正念を修習する。
 貪欲の調伏に完結し、瞋恚の調伏に完結し、愚痴の調伏に完結する正定を修習する。
 比丘たちよ、比丘がこのように聖八支道を修習し、聖八支道を多く作せば、涅槃に趣向し涅槃に傾向し涅槃に臨入する。

二 比丘たちよ、たとえばヤムナー川は東に趣向し・・・
二 比丘たちよ、たとえばアチラヴァティー川は東に趣向し・・・
二 比丘たちよ、たとえばサラブー川は東に趣向し・・・
二 比丘たちよ、たとえばマヒー川は東に趣向し・・・
二 比丘たちよ、たとえば諸々の大河がある。すなわち、ガンジス川・ヤムナー川・アチラヴァティー川・サラブー川・マヒー川である。これらはすべて東に趣向し・・・
二 比丘たちよ、たとえばガンジス川は海に趣向し・・・
二 比丘たちよ、たとえばヤムナー川は海に趣向し・・・
二 比丘たちよ、たとえばアチラヴァティー川は海に趣向し・・・
二 比丘たちよ、たとえばサラブー川は海に趣向し・・・
二 比丘たちよ、たとえばマヒー川は海に趣向し・・・
二 比丘たちよ、たとえば諸々の大河がある。すなわち、ガンジス川・ヤムナー川・アチラヴァティー川・サラブー川・マヒー川である。これらはすべて海に趣向し・・・

   海に趣向する十二貪欲調伏第二


     三 不死究竟

   [一一五–一二六] 第一–一二 東(一)–海(六)

二 比丘たちよ、たとえばガンジス川は東に趣向し東に傾向し東に臨入する。比丘たちよ、このように比丘が聖八支道を修習し、聖八支道を多く作せば、涅槃に趣向し涅槃に傾向し涅槃に臨入する。
 比丘たちよ、比丘がどのように聖八支道を修習し、聖八支道を多く作せば、涅槃に趣向し涅槃に傾向し涅槃に臨入するのか。
四 比丘たちよ、ここに比丘がいて、不死に究竟し、不死に彼岸し、不死に完結する正見を修習する。
 不死に究竟し、不死に彼岸し、不死に完結する正思惟を修習する。
 不死に究竟し、不死に彼岸し、不死に完結する正語を修習する。
 不死に究竟し、不死に彼岸し、不死に完結する正業を修習する。
 不死に究竟し、不死に彼岸し、不死に完結する正命を修習する。
 不死に究竟し、不死に彼岸し、不死に完結する正精進を修習する。
 不死に究竟し、不死に彼岸し、不死に完結する正念を修習する。
 不死に究竟し、不死に彼岸し、不死に完結する正定を修習する。
 比丘たちよ、比丘がこのように聖八支道を修習し、聖八支道を多く作せば、涅槃に趣向し涅槃に傾向し涅槃に臨入する。

二 比丘たちよ、たとえばヤムナー川は東に趣向し・・・
二 比丘たちよ、たとえばアチラヴァティー川は東に趣向し・・・
二 比丘たちよ、たとえばサラブー川は東に趣向し・・・
二 比丘たちよ、たとえばマヒー川は東に趣向し・・・
二 比丘たちよ、たとえば諸々の大河がある。すなわち、ガンジス川・ヤムナー川・アチラヴァティー川・サラブー川・マヒー川である。これらはすべて東に趣向し・・・
二 比丘たちよ、たとえばガンジス川は海に趣向し・・・
二 比丘たちよ、たとえばヤムナー川は海に趣向し・・・
二 比丘たちよ、たとえばアチラヴァティー川は海に趣向し・・・
二 比丘たちよ、たとえばサラブー川は海に趣向し・・・
二 比丘たちよ、たとえばマヒー川は海に趣向し・・・
二 比丘たちよ、たとえば諸々の大河がある。すなわち、ガンジス川・ヤムナー川・アチラヴァティー川・サラブー川・マヒー川である。これらはすべて海に趣向し・・・

   不死に究竟する十二第三


     四 涅槃趣向

   [一二七–一三二] 第一–一二 東(一)–海(六)
二 比丘たちよ、たとえばガンジス川は東に趣向し東に傾向し東に臨入する。比丘たちよ、このように比丘が聖八支道を修習し、聖八支道を多く作せば、涅槃に趣向し涅槃に傾向し涅槃に臨入する。
 比丘たちよ、比丘がどのように聖八支道を修習し、聖八支道を多く作せば、涅槃に趣向し涅槃に傾向し涅槃に臨入するのか。
四 比丘たちよ、ここに比丘がいて、涅槃に趣向し涅槃に傾向し涅槃に臨入する正見を修習する。
 涅槃に趣向し涅槃に傾向し涅槃に臨入する正思惟を修習する。
 涅槃に趣向し涅槃に傾向し涅槃に臨入する正語を修習する。
 涅槃に趣向し涅槃に傾向し涅槃に臨入する正業を修習する。
 涅槃に趣向し涅槃に傾向し涅槃に臨入する正命を修習する。
 涅槃に趣向し涅槃に傾向し涅槃に臨入する正精進を修習する。
 涅槃に趣向し涅槃に傾向し涅槃に臨入する正念を修習する。
 涅槃に趣向し涅槃に傾向し涅槃に臨入する正定を修習する。
 比丘たちよ、比丘がこのように聖八支道を修習し、聖八支道を多く作せば、涅槃に趣向し涅槃に傾向し涅槃に臨入する。

二 比丘たちよ、たとえばヤムナー川は東に趣向し・・・
二 比丘たちよ、たとえばアチラヴァティー川は東に趣向し・・・
二 比丘たちよ、たとえばサラブー川は東に趣向し・・・
二 比丘たちよ、たとえばマヒー川は東に趣向し・・・
二 比丘たちよ、たとえば諸々の大河がある。すなわち、ガンジス川・ヤムナー川・アチラヴァティー川・サラブー川・マヒー川である。これらはすべて東に趣向し・・・
二 比丘たちよ、たとえばガンジス川は海に趣向し・・・
二 比丘たちよ、たとえばヤムナー川は海に趣向し・・・
二 比丘たちよ、たとえばアチラヴァティー川は海に趣向し・・・
二 比丘たちよ、たとえばサラブー川は海に趣向し・・・
二 比丘たちよ、たとえばマヒー川は海に趣向し・・・
二 比丘たちよ、たとえば諸々の大河がある。すなわち、ガンジス川・ヤムナー川・アチラヴァティー川・サラブー川・マヒー川である。これらはすべて海に趣向し・・・

                        恒河広説[畢]

  此[広説]の摂頌に曰く
    東に趣向する六と
    海に趣向する六と  
    二十六の十二あり
    以て品を説く。
    涅槃に趣向する十二は
    第四の六処なり。



     第五 不放逸品

   [一三九] 第一 如来
     一 遠離依止
一 舍衛城因縁
二 比丘たちよ、諸々の有情の足がないもの、二つの足があるもの、四つの足があるもの、多くの足があるもの、色があるもの、色がないもの、想があるもの、想がないもののうち如来・阿羅漢・三藐三仏陀をその最上と説く。比丘たちよ、このように、諸々の善法はすべて不放逸を根本となし、不放逸に等しく行き着き、不放逸をその諸法の最上と説く。
三 比丘たちよ、不放逸である比丘においては聖八支道を修習し、聖八支道を多修(多く作すのと同原語)することが期待されるべきである。比丘たちよ、不放逸である比丘はどのように聖八支道を修習し、聖八支道を多修するのか。
四 比丘たちよ、ここに比丘がいて遠離に依り、離貪に依り、滅尽に依り、放棄に変化する正見を修習する。
 遠離に依り、離貪に依り、滅尽に依り、放棄に変化する正思惟を修習する。
 遠離に依り、離貪に依り、滅尽に依り、放棄に変化する正語を修習する。
 遠離に依り、離貪に依り、滅尽に依り、放棄に変化する正業を修習する。
 遠離に依り、離貪に依り、滅尽に依り、放棄に変化する正命を修習する。
 遠離に依り、離貪に依り、滅尽に依り、放棄に変化する正精進を修習する。
 遠離に依り、離貪に依り、滅尽に依り、放棄に変化する正念を修習する。
 遠離に依り、離貪に依り、滅尽に依り、放棄に変化する正定を修習する。
五 比丘たちよ、不放逸である比丘はこのように聖八支道を修習し、聖八支道を多修する。
 更に、三経を広説すべし。

     二 貪欲調伏
四 比丘たちよ、ここに比丘がいて、貪欲の調伏に完結し、瞋恚の調伏に完結し、愚痴の調伏に完結する正見を修習する。
 貪欲の調伏に完結し、瞋恚の調伏に完結し、愚痴の調伏に完結する正思惟を修習する。
 貪欲の調伏に完結し、瞋恚の調伏に完結し、愚痴の調伏に完結する正語を修習する。
 貪欲の調伏に完結し、瞋恚の調伏に完結し、愚痴の調伏に完結する正業を修習する。
 貪欲の調伏に完結し、瞋恚の調伏に完結し、愚痴の調伏に完結する正命を修習する。
 貪欲の調伏に完結し、瞋恚の調伏に完結し、愚痴の調伏に完結する正精進を修習する。
 貪欲の調伏に完結し、瞋恚の調伏に完結し、愚痴の調伏に完結する正念を修習する。
 貪欲の調伏に完結し、瞋恚の調伏に完結し、愚痴の調伏に完結する正定を修習する。
五 比丘たちよ、不放逸である比丘はこのように聖八支道を修習し、聖八支道を多修する。

     三 不死究竟
四 比丘たちよ、ここに比丘がいて、不死に究竟し、不死に彼岸し、不死に完結する正見を修習する。
 不死に究竟し、不死に彼岸し、不死に完結する正思惟を修習する。
 不死に究竟し、不死に彼岸し、不死に完結する正語を修習する。
 不死に究竟し、不死に彼岸し、不死に完結する正業を修習する。
 不死に究竟し、不死に彼岸し、不死に完結する正命を修習する。
 不死に究竟し、不死に彼岸し、不死に完結する正精進を修習する。
 不死に究竟し、不死に彼岸し、不死に完結する正念を修習する。
 不死に究竟し、不死に彼岸し、不死に完結する正定を修習する。
五 比丘たちよ、不放逸である比丘はこのように聖八支道を修習し、聖八支道を多修する。

     四 涅槃趣向
四 比丘たちよ、ここに比丘がいて、涅槃に趣向し涅槃に傾向し涅槃に臨入する正見を修習する。
 涅槃に趣向し涅槃に傾向し涅槃に臨入する正思惟を修習する。
 涅槃に趣向し涅槃に傾向し涅槃に臨入する正語を修習する。
 涅槃に趣向し涅槃に傾向し涅槃に臨入する正業を修習する。
 涅槃に趣向し涅槃に傾向し涅槃に臨入する正命を修習する。
 涅槃に趣向し涅槃に傾向し涅槃に臨入する正精進を修習する。
 涅槃に趣向し涅槃に傾向し涅槃に臨入する正念を修習する。
 涅槃に趣向し涅槃に傾向し涅槃に臨入する正定を修習する。
五 比丘たちよ、不放逸である比丘はこのように聖八支道を修習し、聖八支道を多修する。

   [一四〇] 第二 足跡(一–四[遠離依止〜涅槃趣向])
一 舍衛城因縁
二 比丘たちよ、たとえば諸々の歩行する有情の足跡はすべて象の足跡に入り、象の足跡をその最上と説くのはそれが大であることによる。比丘たちよ、このように、諸々の善法はすべて不放逸を根本となし、不放逸に等しく行き着き、不放逸をその諸法の最上と説く。
三 比丘たちよ、不放逸である比丘においては聖八支道を修習し、聖八支道を多修することが期待されるべきである。・・・

   [一四一] 第三 屋頂(一–四)
一 舍衛城
二 比丘たちよ、たとえば重閣の諸々の垂木は、屋頂に向かい、屋頂に趣き、屋頂に集まり、屋頂をその最上と説く。比丘たちよ、このように、諸々の善法はすべて不放逸を根本となし、不放逸に等しく行き着き、不放逸をその諸法の最上と説く。
三 比丘たちよ、不放逸である比丘においては聖八支道を修習し、聖八支道を多修することが期待されるべきである。・・・

   [一四二] 第四 根香(一–四)
二 比丘たちよ、たとえば諸々の根香のうち、随時香をその最上と説く。比丘たちよ、このように、諸々の善法はすべて不放逸を根本となし、不放逸に等しく行き着き、不放逸をその諸法の最上と説く。
三 比丘たちよ、不放逸である比丘においては聖八支道を修習し、聖八支道を多修することが期待されるべきである。・・・

   [一四三] 第五 核香(一–四)
二 比丘たちよ、たとえば諸々のうち、赤壇をその最上と説く。比丘たちよ、このように、諸々の善法はすべて不放逸を根本となし、不放逸に等しく行き着き、不放逸をその諸法の最上と説く。
三 比丘たちよ、不放逸である比丘においては聖八支道を修習し、聖八支道を多修することが期待されるべきである。・・・

   [一四四] 第六 夏生花(一–四)
二 比丘たちよ、たとえば諸々の華香のうち、夏生花をその最上と説く。比丘たちよ、このように、諸々の善法はすべて不放逸を根本となし、不放逸に等しく行き着き、不放逸をその諸法の最上と説く。
三 比丘たちよ、不放逸である比丘においては聖八支道を修習し、聖八支道を多修することが期待されるべきである。・・・

   [一四五] 第七 王(一–四)
二 比丘たちよ、たとえば諸々の小王はすべて転輪王に属し、転輪王をその最上と説く。比丘たちよ、このように、諸々の善法はすべて不放逸を根本となし、不放逸に等しく行き着き、不放逸をその諸法の最上と説く。
三 比丘たちよ、不放逸である比丘においては聖八支道を修習し、聖八支道を多修することが期待されるべきである。・・・

   [一四六] 第八 月(一–四)
二 比丘たちよ、たとえば諸々の星の光りはすべて月の光の十六分の一にも及ばず、月の光をその最上と説く。比丘たちよ、このように、諸々の善法はすべて不放逸を根本となし、不放逸に等しく行き着き、不放逸をその諸法の最上と説く。
三 比丘たちよ、不放逸である比丘においては聖八支道を修習し、聖八支道を多修することが期待されるべきである。・・・

   [一四七] 第九 日(一–四)
二 比丘たちよ、たとえば秋に空が開け雲もない時、太陽は天に昇り一切の虚空の暗闇を除き輝き熱して照らす。比丘たちよ、このように、諸々の善法はすべて不放逸を根本となし、不放逸に等しく行き着き、不放逸をその諸法の最上と説く。
三 比丘たちよ、不放逸である比丘においては聖八支道を修習し、聖八支道を多修することが期待されるべきである。・・・

   [一四八] 第十 衣(一–四)
二 比丘たちよ、たとえば諸々の織物の衣のうち、カーシ衣をその最上と説く。比丘たちよ、このように、諸々の善法はすべて不放逸を根本となし、不放逸に等しく行き着き、不放逸をその諸法の最上と説く。
三 比丘たちよ、不放逸である比丘においては聖八支道を修習し、聖八支道を多修することが期待されるべきである。・・・
                      
                         第五 不放逸品[畢]

  [摂頌]
   (一)如来と、(二)足跡と、(三)屋頂と、
   (四)根と、(五)核と、(六)夏生花と、
   (七)王と、(八)月と、(九)日と、
   (一〇)衣との十句なり。
    如来[の章]の如く広説すべし。」

          『南伝大蔵経16上 相応部経典5』大蔵出版 P207–219

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