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2019年 安部政権 対 中国共産党コミュの 『平成の楼閣』(朝日新聞デジタル版) 17/03/11

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ぶんやさんち

『平成の楼閣』(朝日新聞デジタル版)

17/03/11 11:03 ときのまにまに


2月27日から続いた朝日新聞デジタル版での「どうのようにして安倍一強は成立したのか」という特集。

なかなか読み応えがある。これはまだ第1部であるが、続きも十分期待できる。

それで、記録のために私のブログにコピーしておきます。



衆参で単独過半数を持った自民党を支配し、官邸が霞が関を束ねて政策を主導。総裁任期延長でさらなる長期政権に道を開く――。激変する世界の中で、安倍首相による「1強」と日本の政治のいまについてシリーズで考えていきます。

第1部は「平成の楼閣」。楼閣とは、重層の建物で、政治的権威を示す建物をさす場合もあります。平成の政治改革を積み上げて「1強」が完成した意味合いを込めました。




第1部・平成の楼閣:1 首相、近づく在職1位(2017年2月27日)

官庁街に囲まれた東京・日比谷公園にある洋食の老舗・松本楼。1月24日夜、自民党の役員約20人が集まった。安倍晋三首相の通算在職日数が歴代6位になったことを祝う会合。あいさつに立った首相の口調は、なめらかだった。

「山口出身の総理は私以外に7人います。そのうち在職期間ベスト10人に入っているのが5人います」そして続けた。「長ければ良いってものではありませんが、一番長いのは、桂太郎です。こんなことは東北では言えませんが」

明治から大正にかけて3度も首相を務めた桂。長州・山口の出身で、通算在職日数2886日は歴代1位。戊辰戦争では官軍の一人として東北で戦った。安倍流の「お国自慢」で笑いに包まれた宴席は乾杯に移り、安倍首相は牛ヒレ肉のステーキを平らげた。
その姿を眺めながら、幾人かが同じ感慨を抱いた。「ずいぶん余裕なんだな」

その後も日米首脳会談ではトランプ氏との蜜月をアピールし、内閣支持率は安定。自らを直撃した学校法人「森友学園」への国有地売却問題でも「私や妻が関係したとなれば、首相も国会議員も辞める」と言い切るほどの自信をみせた。
3月5日の党大会で総裁任期の延長が決まり、安倍首相は来年の総裁選で3選をめざす立候補が可能になる。強力なライバルが見当たらず、党内では勝利が確実視されている。国政選挙で勝ち続けることが前提とはいえ、2019年11月に桂を抜き、21年9月まで通算10年、3500日超という憲政史上例のない超長期政権も射程に入る。

この「1強」はいかにして生まれ、この国に何をもたらしているのか。それを探るには、首相の権限を強めるための改革を積み上げた「平成の楼閣」に迫らなければならない。(山岸一生)

第1部・平成の楼閣:2 経産省で固めた側近(2017年2月28日)

「江田さん、よく大蔵省の名前を変えられましたね。どうやって財政と金融の分離をやったんですか。すごいですねえ」

2013年12月20日。安倍晋三首相は、当時の結いの党結成であいさつに来た江田憲司衆院議員の「橋本行革」の話に食いついた。「既得権益を打破して欲しい」。橋本内閣で首相秘書官を務めた江田氏はエールを送った。

国家予算を握る大蔵省は、中央省庁が並び立つ「霞が関」の中で、長きにわたり盟主と言われてきた。安倍首相の関心は、その名を「財務省」に変え、金融部門を分離した「橋本行革」。夕方の15分間、江田氏との間で、もっぱら互いの財務省に対する「不信感」を語り合い、盛り上がったという。
江田氏は96〜98年、当時の通商産業省から橋本龍太郎首相の秘書官に出向。官邸の権限強化とともに省庁再編で大蔵省を財務省と金融庁に分割する際、激しく抵抗した当時の大蔵官僚と渡り合った。「それまで大蔵省は自分たちが一番正しいと思っていた。どの政権になっても、財務省との間合いが一番大事」と語る。

■増税2度先送り
予算の配分を武器に、自民党と二人三脚で政権を切り盛りしてきた財務省はいま、増税を含む「財政再建」に重きを置いている。

安倍首相は江田氏との会話より3カ月前、消費税の8%引き上げを決断した。しかし、10%への再引き上げには政権内にも反対論が強かった。首相の持論は「強い日本は、安定した成長する経済に土台を置く」。財務省の抵抗を押し切り、その後、再引き上げを2度にわたって先送った。そこで首相側近として動いたのが、経産省出身の今井尚哉首相秘書官だった。

「2度目」の昨年5月。伊勢志摩サミット前に今井氏は「新興国の投資伸び率は、リーマン・ショック時より悪化」とするペーパーを作成し、消費増税先送りの流れを作った。財務省内では「今井と菅原(郁郎・経産事務次官)が首相をけしかけた」との恨み節が駆け巡った。

首相は1月に出版された大下英治氏のインタビューで、真っ先に今井氏に言及している。「総理大臣だからといっても、なんでも一人ではできない。今井秘書官の存在も大きい」

第1次安倍政権で経産省出向の首相秘書官だった今井氏を政権復帰後に筆頭の政務秘書官に起用。インタビューでは、政策企画担当の首相補佐官と内閣広報官を務める長谷川栄一氏、内閣副参事官でスピーチライターの佐伯耕三氏という、いずれも経産省出身の官邸スタッフをたたえている。

■原発推進鮮明に
アベノミクスの司令塔として内閣官房に置いた「日本経済再生総合事務局」も経産省出身者が中核を占める。その一方で安倍政権は、原発の再稼働を進め、昨年11月には、核拡散の懸念が残る中、核武装を続けるインドとも原子力協定を締結。成長戦略と位置づける原発輸出に道を開いた。原発の所管は、経産省だ。

「官邸機能の強化は官邸官僚の強化につながると警鐘を鳴らしていた。財務省は相撲で言えば横綱の地位を追われた一方、原発行政は焼け太りしている」。橋本政権の連立与党幹部だった田中秀征・元経済企画庁長官は、「1強」によって霞が関の盟主が、財務省から「経産省」へと交代したことを、こんな表現で指摘する。(南彰)

第1部・平成の楼閣:3 省庁の発信「消えた」(2017年3月1日)

首相官邸には中庭がある。広さ380平方メートル。2階から首相執務室のある5階を超えて開閉式の屋上まで、ぽっかりと広がる吹き抜け構造だ。

元民主党参院議員で、鳩山政権で官房副長官を務めた松井孝治・慶応大教授は、中庭に、かつての政治家と官僚の関係をみる。

「首相は各省の神輿に乗って、上手に操作をすればいいというのが、先人の知恵だった」

松井氏は1994年、通商産業省から官邸に出向。当時のスタッフは少なく、政策といえば省庁が積み上げたものをまとめるのが仕事。政治家のトップたる首相が座る官邸が、空洞のように感じられたという。
その後、官邸に権力を集中させ、政治家が物事を決めるシステムをめざす改革が続いたが、10年前は、まだ官僚に発信力があった。「大きな省を作るのではなく、規制と振興の分離をまず考えるべきだ」

第1次安倍政権だった2007年1月。現在は官房長官を務める菅義偉総務相が打ち出した「情報通信省」構想に、経済産業省の北畑隆生事務次官が記者会見で公然と反対したのだ。総務省と経産省にまたがる情報通信行政を一本化するこの構想は、安倍晋三首相の退陣で頓挫。北畑次官は08年7月まで次官を続けた。

■政治主導が加速

首相にも近い閣僚の方針に官僚が公然と反対する。そんな姿が完全に消えたのは、「政治主導」を掲げた09年の民主党政権誕生からだ。各省庁の事務次官が法案や政令、人事などの閣議案件を事前に調整する事務次官会議を廃止。事務次官など官僚の定例記者会見も取りやめた。各省庁の発信は、官僚ではなく、政治家が行うことを原則とした。
その後を継いだ安倍政権は、民主党政権のやり方を一部踏襲。事務次官による会議は復活したが、事前調整の場ではない。官僚の記者会見は容認したが、定例の記者会見を行っている事務次官は一人もいない。

こうした流れが、徐々に官邸1強につながったことを、歴代政権の首相秘書官は感じ取っている。警察官僚として小泉官邸にいた小野次郎氏は「力のある官僚は、役所のルートを通すより、強い政治家に提言したほうがいいというマインドが生まれた」とみる。衆院の小選挙区制導入で、「強い政治家」とは、解散権を持つ首相に他ならない。麻生官邸で首相の日程調整を切り盛りした総務省出身の岡本全勝氏は、各省庁の発信と報道機関の取り上げ方に注目。「役所が発信しなくなった。新聞の1面に個別の省庁が発表した記事が載ることは、統計資料を除いてほとんどない」と分析する。
旧大蔵省出身の宮沢洋一氏は、宮沢政権で首相秘書官、安倍政権で経済産業相を務めた。各省の政策決定は「官僚が事前に官房長官なり総理に説明して、感触を確かめながら進めることが多くなった」と認める。官邸は空洞どころか、今やあらゆる政策決定の中心にいるというのだ。

■責任はどこまで
首相、そして政治家が主導する政治は「1強」体制で確立した。その一方で、権限と裏腹であるはずの結果責任をどこまで負うのか。例えば、文部科学省の天下り問題では、前川喜平・前事務次官だけが引責辞任した。安倍首相はもちろん、松野博一文科相の進退問題にさえなっていない。政権内に問題が生じた時の責任の取り方については、十分な整理がついていない。(二階堂勇)

第1部・平成の楼閣:4 最高裁人事、慣例崩す(2017年3月2日)

第2次安倍政権発足後、しばらくした頃。首相官邸で、杉田和博・内閣官房副長官が、最高裁の人事担当者に向き合って言った。「1枚ではなくて、2枚持ってきてほしい」
退官する最高裁裁判官の後任人事案。最高裁担当者が示したのが候補者1人だけだったことについて、杉田氏がその示し方に注文を付けた。杉田氏は事務の副長官で、こうした調整を行う官僚のトップだ。
このとき、退官が決まっていたのは、地裁や高裁の裁判官を務めた職業裁判官。最高裁は出身別に枠があり、「職業裁判官枠」の判事の後任は、最高裁が推薦した1人を内閣がそのまま認めることがそれまでの「慣例」だった。これを覆す杉田氏の判断について、官邸幹部は「1人だけ出してきたものを内閣の決定として『ハイ』と認める従来がおかしかった。内閣が決める制度になっているんだから」と解説する。
憲法79条は、最高裁判事について、「内閣でこれを任命する」と定める。裁判所法で定めた任命資格をクリアしている候補であれば、憲法上、内閣は誰でも選ぶことができるが、2002年に公表した「最高裁裁判官の任命について」というペーパーでは、最高裁に最適任候補の意見を聞くことを慣例としていた。

■日弁連推薦を袖
このような最高裁判事をめぐる「慣例」が、安倍政権が長期化するにつれて徐々に変わりつつあることを示す出来事もあった。今年1月13日、内閣は弁護士出身の大橋正春判事の事実上の後任に、同じく弁護士出身の山口厚氏を任命した。「弁護士枠」を維持した形ではあるが、山口氏は日本弁護士連合会が最高裁を通じて示した推薦リスト7人には入っていなかった。
その6日後。日弁連の理事会で、この人事が話題に上った。中本和洋会長は「政府からこれまでより広く候補者を募りたいとの意向が示された」「長い間の慣例が破られたことは残念だ」と語った。
それまで最高裁判事の「弁護士枠」は、日弁連が示した5人程度のリストから選ばれており、最高裁で人事を担当していた経験者も今回の人事について「明らかに異例だ」と語る。一方、別の官邸幹部は「責任を取るのは内閣。内閣が多くの人から選ぶのは自然だ」と意に介していないようだ。

■「すり寄り」懸念
最高裁人事を巡っては、かつて佐藤栄作首相の意向で、本命と目される候補を選ばなかったことを佐藤氏自身が日記に記している。労働訴訟などの最高裁判断に自民党が不満を募らせていた1969年のことだ。「政治介入」がその後もあったかどうかは判然としない。
しかし、「日本の最高裁判所」の編著書がある市川正人・立命館大法科大学院教授(憲法学)は、今回の弁護士枠の人事の経緯に驚きを隠さない。「慣例は、政治権力による露骨な人事介入に対する防波堤の役割を果たしてきた面がある。今後、最高裁が過度にすり寄ってしまわないかが心配だ」。慣例にとらわれず、憲法上認められた権限で人事権を行使する安倍政権の姿勢に対する戸惑いだ。
日弁連は安倍政権が進めた特定秘密保護法や安全保障関連法への反対声明を出してきた。元最高裁判事の一人は「日弁連が今後、安保法に反対する人を判事に推薦しにくくなるのではないか」と指摘する。

自民党総裁の任期延長で安倍晋三首相が3選されることになれば、19年3月までに、最高裁裁判官15人全てを安倍内閣が任命することになる。(藤原慎一、南彰)

第1部・平成の楼閣:5 「矜持」見えぬ立法府(2017年3月3日)

2014年2月、高知市で「葬儀」があった。追悼されたのは「国会」。壇上には国会議事堂の「遺影」が掲げられ、約250人の参列者が花を手向けた。前年の臨時国会で、与党が採決を強行して成立した特定秘密保護法への抗議の意味を込めた企画。国会職員や民主党議員として40年以上過ごした平野貞夫元参院議員らが催した。
この法律は、安全保障に関わる情報を漏らした公務員や民間人に厳罰を科す。平野氏は「国政調査権を侵す法律を国会がすんなり通した。民主党も問題提起する質問をせず、議長も何も言わなかった。こんな国会はおしまいだと思った」と述懐する。
実際、法律の運用をチェックする国会の情報監視審査会は「秘密」の壁に直面している。政府が特定秘密に指定した情報の管理簿に記された概要があまりにもあいまいで、昨年3月、審査会は改善を求めた。
しかし政府は「日本が何を調べているか、手の内を明かすことになる」などと説明を拒む。秘密指定が適切かどうかさえ、国会は十分な判断ができる状況ではない。自民の審査会委員の大塚高司衆院議員さえも「政治家に言えば秘密が漏れる、と信頼されていない。大事な法律だと思って通したが、役所の壁が高くてもどかしい」と話す。

■採決強行しても
衆参で自公が過半数を握り、「安倍1強」と言われるようになった13年以降。この秘密保護法をはじめ、集団的自衛権行使を容認する安全保障法制、環太平洋経済連携協定(TPP)承認、カジノ解禁法が次々と採決強行や強気の国会運営によって成立した。
政権が国会を強硬路線で進められた明確な理由が一つある。内閣支持率が4〜5割台で安定し、一時的に3割台に落ちてもその後、持ち直しているからだ。朝日新聞の世論調査でTPP承認の衆院通過直後は3ポイント上がり、カジノ解禁法の採決直後も1ポイント減にとどまった。第1次安倍政権が、改正教育基本法や年金特例法で採決強行を連発して支持率を落とし、07年参院選の大敗につながった軌跡とはまったく異なる。
野党の抵抗に対する評価も変わった。民進党の柚木道義衆院議員は、第1次安倍政権のころから一貫して採決の強行時にプラカードを掲げて抗議する役回りを担っているが、有権者の反応が冷たくなったという。「今は『審議拒否は税金泥棒』みたいな批判を受ける」

■批判し合うのみ

「1強」主導の国会は、採決だけではない。昨年9月の臨時国会で、自民党衆院議員の4割を占める当選1、2回生ら若手が安倍首相の所信表明演説中にスタンディングオベーションで応えた。萩生田光一官房副長官の「演説をもり立ててほしい」との依頼が、自民党国会対策委員会を通じて伝わった結果だ。その萩生田氏は、野党の国会対応を「田舎のプロレス」と揶揄(やゆ)し、その後謝罪し、発言を撤回。山本有二農林水産相の「強行採決」発言もあり、与野党は批判の応酬に明け暮れた。
大島理森衆院議長がこの臨時国会の反省を求めて宿題を出した「国会審議の充実策」。自民と公明は「いたずらに日程闘争を繰り返さないよう、与野党ともに丁寧な協議に努める」と野党の責任を問うた。
民進も「一義的には与党の強権的な国会運営および政府関係者による不適切な言動に原因があった」と指摘。互いを批判し合う構図はそのままに、いずれもA4紙1枚に10行程度の記述に終わった。大島氏がいう「立法府の矜持」は、1強国会からは見えてこない。(田嶋慶彦)

第1部・平成の楼閣:6 2大政党、根づく日は(2017年3月4日)

民進党が12日の党大会で決める今年の活動方針案に、こんな表記がある。「強大で横暴な安倍政権と対決し、政治の流れを変えていく」「安倍政権の強大化に歯止めをかける」
衆参で圧倒的多数を握る「安倍1強」を意識した内容だが、一方で政権の「再交代」をめざすような直接的な表現は見当たらない。
政治改革で1996年の衆院選から導入した小選挙区制は、政権交代可能なシステムをめざした制度だった。09年で民主党に、12年に自民党に交代し、その意味では機能した。
しかし、民主から名を変えて再出発した民進が自民にとって代わる機運はみえてこない。支持率は1ケタ台で自民の5分の1だ。対する自民の国会勢力は前回衆院選後も膨張を続ける。民主と協力してきた新党大地の鈴木宗男代表は、昨年の国政選挙から自民との協力に転じ、長女・貴子氏も自民会派に入った。かつて自民を飛び出した平沼赳夫氏、園田博之氏も復党し、日本のこころも自民と統一会派を組んだ。
世代交代が進み、もともと自民議員で今も民進に残るのは、岡田克也前代表と増子輝彦参院議員だけになった。90年代もいったん離れた議員が徐々に自民に回帰する現象はあった。岡田氏は「野党より与党の方が良いと言う人はいつの世でも出てくることだ」というが、自民膨張の理由はそれだけではなさそうだ。

■労組に自民接近
2月13日、自民の茂木敏充政調会長は党本部で、全国化学労働組合総連合(化学総連)の幹部と会談した。昨年5月末に民進の支持母体である連合を離脱し、約4万6千人の組合員を抱える化学総連。茂木氏は安倍政権が取り組む「働き方改革」について話した。化学総連の広報担当は「意見交換をした」と説明。このところ目立つ政権と労働組合の接触の一コマになった。
安倍政権は「同一労働・同一賃金」など、民主や民進、労組が当初主張してきた政策を次々と採り入れつつある。民主で政調会長を務めた松本剛明氏は「自民の守備範囲が広すぎて、自民以外というポジションがなかなかない」と語る。
自身は15年に民主を離党し、昨年からは自民会派に入った。「2大政党は対立でなく競争すべきなのに、メジャーとマイナーの対決になっている。対立を続ける限り、自民がやらない課題を見いだすしかない。その究極が共産との連携だ」という。
昨夏の参院選で民進は共産と連携。32ある1人区の11選挙区で野党候補が勝った。31選挙区で擁立を見送った共産票の上積みによる共闘が、一定の成果を収めたことは間違いない。

■腰定まらぬ民進
その一方で見逃せないのは、勝利した選挙区は、保守地盤を背景に持つ候補者が目立ったということだ。青森の田名部匡代氏は父・匡省氏が元自民議員。福島で勝利した元自民議員の増子氏は「野党共闘だけでは勝てない。保守層への食い込みが重要だ」と語る。
90年代以降の「非自民政権」の主役の多くが細川護熙、羽田孜、鳩山由紀夫の各氏ら元自民出身議員だった。その立役者で、今は野党結集を訴える小沢一郎氏も昨年、自らの党名を自由党に変更した理由を「保守の人たちの支援を得られる政党名。自民党以外の保守の票を取らなければ政権は取れない」と説明した。
新潟や東京の知事選で自民推薦候補が敗れたように、「1強」にも死角はある。「脱原発」や「都政改革」といった有権者の共感を得るテーマで争点化に成功すれば、自民支持層が大きく動くこともある。それが政権をかけた衆院選で通用するのか。所属議員の大半が共産との政権構想に否定的で、原発だけみても腰が定まらない民進が、抱える悩みは深い。(関根慎一)

第1部・平成の楼閣:7 二つの潮流、首相支持(2017年3月5日)

自民党の二階俊博幹事長が、1月23日の衆院代表質問で最も力を込めたのが「国土強靱化」だった。「強くしなやかな国づくりは、安倍政権の最重要課題だと認識している」
防災事業への投資を経済成長や地方振興につなげる二階氏の持論で、公共事業費は安倍政権から増加に転じた。安倍晋三首相も「オール・ジャパンで国土強靱化を強力に進めてまいる」と答弁で応じた。

■二階氏と安倍首相。
もともとは、自民党結党以来の大きな二つの潮流で別の流れに属していた。「私は角栄さんの人柄に揺るぎない信頼感を今も持ち続けている」そう語る二階氏は、1983年に初当選。田中角栄元首相に師事した最後の世代だ。「列島改造論」を引っさげ、社会の安定と地方や弱者への再分配を重視。現在の二階派はこの系譜ではないが、国土強靱化は、いわば田中流自民政治の「平成版」といえる。
田中元首相が支えた佐藤栄作元首相と共に、高度経済成長を牽引した池田勇人元首相を源流にした「宏池会」は今年60周年。軽武装・経済優先という戦後日本の基本政策を決めた吉田茂元首相以来、連なる系譜として、自民では長く「保守本流」と言われてきた。
これに対し、安倍首相の出身派閥である細田派は、首相の祖父で日米安保改定に政権を賭けた岸信介元首相が源流だ。憲法改正を掲げ、「国のかたち」にこだわる。長く政権から遠ざかっていたが、2000年以降は、森、小泉、安倍、福田の4人の首相を輩出。田中派や宏池会の系譜が分裂を繰り返し、相対的に弱ったのとは対照的に、今や主流の地位を確立した。

■「失敗から学ぶ」
安倍首相は、二つの潮流の支持をまとめ、自らが属さなかった潮流の側からも分厚い支持を受ける。田中直系である二階氏は、幹事長就任直後に安倍首相の任期延長をぶち上げた。2月20日には「総理が進める外交は非の打ちどころがない。支持にちゅうちょはない」と来年の総裁3選支持を早々に打ち出した。
麻生太郎副総理らは、分裂した宏池会系派閥の再結集を模索。これも安倍首相への対抗手段では決してなく、あくまで「ポスト安倍」の備え。岸田文雄外相も「安倍総理の時代が終わった後、私にできることがあれば考えてみたい」と述べ、首相と戦う気はない。
わずか1年で倒れた第1次政権と何が違うのか。当時、官房副長官として首相を支えた下村博文氏は「お友達内閣と言われたように、なんか意気込んでやっているという冷めた目で見られていた。その失敗から学んだ」と振り返る。

■脅かす存在なし
人事では、閣僚や党役員に派閥の会長クラスを配置。内閣改造でもその骨格を維持した。「成長と分配の好循環を回す」として、かつての保守本流のような経済政策を前面に出して選挙を戦い、そこで得た議席の力で、特定秘密保護法や集団的自衛権の行使を認める安全保障法制の整備といった「地金」の政策を進めた。当然、批判があるが、党内は許容した。

国政選挙4連勝で生まれた「安倍チルドレン」が党所属国会議員の4割を超え、1次政権のころ参院自民で力を持っていた青木幹雄氏ら実力者の多くが引退。自らを脅かす存在は、党内には見当たらない。自民の二つの潮流が一つに重なり合う「平成の楼閣」で、安倍首相は一人二役の主演を続けている。(山岸一生)

     ◇

 第1部はこれで終わります。第2部は権力による支配に焦点をあて、「1強」の実相に迫ります。二階氏と安倍首相。








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ScorpionsUFOMSG’s diary
2017-07-06

財務省人事への所感 増税こそ我が使命 人事慣例すら上回る岡本薫明官房長の執念


ここ2、3日体調を崩しており、遅ればせながらの記事となりますが、このたび発令された財務省幹部人事について所感を述べたいと思います。

※あくまでも想像による推論であり、事実と異なることはお許し下さい。
 


財務省人事
http://bit.ly/2tM5zZp
 
今回の財務省人事から感じ取れるのは岡本薫明官房長(今人事で主計局長へ)の消費増税にかける執念でしょう。
 
通常、「増税は出世の道具」ともいうべき位置づけであり、財務省が何よりも守らなければならないのは”人事慣例”であるはず。
 
にも拘わらず、


1.佐川理財局長の国税庁長官就任
 →野党への攻撃材料の提供?

2.59年組のパージ
 →岡本事務次官2年も想定?

3.可部主計局次長の統括審議官登用
 →岸田外相の義弟。岸田派支持のメッセージか?(申し合わせたかのように、ここ最近、岸田派が増長)

4.矢野主税局審議官の官房長登用
 →事前予想では一橋大初の財務官就任が噂されるも浅川氏留任のため、官房長に?
 

等々、その人事慣例すら、かなぐり捨てて”消費税10%”へ向けて、財務省総がかりで取り組むという布陣であり、「増税こそ我が使命」と言わんばかりの決意が行間から滲み出ているようにすら思えます。
 
では、なぜ岡本氏にこれほどの離れ業が成し得たのか。



勝手な推論にしか過ぎませんが、岡本氏は兄と慕っていた故・香川俊介元事務次官の人的リソース、すなわち人的ネットワークすらも”遺産”として引き継いでいたのではないでしょうか。

特に『正義とユーモア 財務官僚・香川俊介追悼文集』を読むにつけ、そんな気がしてなりません。

でなければ、ここまで陣容は成し得なかったのではないでしょうか。
 









ScorpionsUFOMSGのブログ


最後の国士官僚 香川俊介を悼んで ―馼勝崟亀舛肇罅璽皀◆〆睫慨盈宗香川俊介追悼文集」

テーマ: 財務省
2017-03-01 02:24.46

最後の国士官僚 香川俊介を悼んで 

書評「正義とユーモア 財務官僚・香川俊介追悼文集」

 
■心地光明にして磨穿鉄硯 

「心地光明」とは心が清く正しく、広いさま。本心は徳の光のようで、少しも私心がないさまであり、「磨穿鉄硯」とは強い意志をもち続け、物事を達成するまで変えないこと。また、学問にたゆまず励むことを言うのだそうです。
 
香川俊介・元事務次官という人物はまさにそういった人物だったのではないでしょうか。
 
本書『正義とユーモア』は香川事務次官追悼文集として出版されたもので
ここには生前、香川事務次官と親しくされていた多くの著名人、仲間たちの言葉で多くのエピソードが語られています。
(※一般販売はされておらず、株式会社イマジニア宛てにオーダーする形での注文となります。「ファイナンス」での紹介記事http://bit.ly/2mBsWir)

・政界からは、
麻生太郎
小沢一郎
太田昭宏
菅義偉
二階俊博
野田佳彦ら

・現役官僚からは
和泉洋人(内閣総理大臣補佐官)
岡本薫明(財務省大臣官房長)
北村滋(内閣情報官)
桑原茂裕(日銀理事)
森信親(金融庁長官)

・OB官僚からは
勝栄二郎(元財務事務次官。現インターネットイニシアティブ社長)
木下康司(元財務事務次官。現日本政策投資銀行 代表取締役副社長)
田中一穂(前財務事務次官)
津田広喜(元財務事務次官。日本取引所グループ取締役会議長)
西正典(元防衛事務次官)
等々

実に総勢53人の政財界の錚々たる面々が香川俊介という一人の人間を悼んで追悼文を寄稿しています。

ときにユーモラスで、ときに人懐っこく、それでいて仕事に対しては真剣だったという香川事務次官。
いずれの寄稿文も香川事務次官の人柄がよくわかる印象的なエピソードばかりですが、特に印象に残ったものを2、3取り上げたいと思います。
 
■エピソードその1.小沢一郎「公にされることは永久にあり得ぬ共同作業」

香川事務次官との出会いは竹下内閣が成立し、小沢氏が内閣官房副長官に任じられたときからだそうです。その時小沢氏についた秘書官二人のうちの一人が香川事務次官だったそうです。
既に国務大臣を経験していた小沢氏が政務次官級の副長官になるというのは戦後三人目という異例の人事であり、副長官の重要性が増していたこともあって特に秘書官をつけてくれたことだそう。
 
そこから「政局の最もドロドロした機微に触れる仕事に二人三脚で取り組むことになった」「通常の秘書官では経験のできない、また普通の役人の場合は関わることを良しとしない類の仕事をするはめになった。しかし、彼はいつも嫌な顔一つせず、正真正銘の秘書官として正に一心同体で働いてくれた」と小沢氏は述懐します。
 
「彼と私の共同作業は、まさにその時から連日連夜地獄の苦しみ、とまではいわないが始まった。」
 
「残念ながら具体的な内容については政治史の中で公にされることは永久にあり得ないものばかりである。」
 
「消費税の導入がなったのも、彼が私の手足となり、時に知恵袋となり支えてくれたがゆえであると言っても過言ではない」
 
「彼にまつわる細やかな思い出をつづれば、紙面がいくらあっても足りない。彼との友情・信頼関係は、その後も揺るぎなく続いていたと私は思っている。」
そして自身の秘書官として働いたが故に「彼の役所での業務や人事等に何らかの支障が出るのではないだろうかと常に心配であった」と。
それは、「10年に一度の大物次官」と言われた斎藤次郎大蔵事務次官あるいは「斎藤組」と称された斎藤次官の子飼いの官僚たちが小沢氏とともに「国民福祉税」構想をぶち上げたが故に、その後の官僚人生で不遇を囲ったことが脳裏に焼き付いていたからなのかもしれません。
香川事務次官本人もその後、出向先の英王立国際問題研究所(チャタムハウス)で手書きにして124枚の論文「政治家と官僚 日英比較研究」を書き、その中で「官僚の政治的中立性」に関する提言をしています。
■いまこそ財務省の働き方改革を

香川事務次官の論文「政治家と官僚 日英比較研究」のついては以前、日経記事で報じられていました。
その時書き綴ったブログにその内容を記してあります。
 
『香川前財務事務次官の遺言 やはり国士だった香川事務次官。』
⇒ http://amba.to/1mnMUvJ
 





 
『香川前財務事務次官の遺言 やはり国士だった香川事務次官。』
⇒ http://amba.to/1mnMUvJ
 
香川論文は、政治家のあり方、ひいては国政のあり方そのものにも言及するようなスケールの大きな提言がなされていますが、特に官僚組織に関して指弾したのは「年功序列による人事」でした。
この慣行が競争を同期入省者間だけに限定してしまううえ、天下りの温床だと断じ、年功序列の緩和で実力本位の競争を促し、中途採用や公募制にも道を開く。天下りの廃止に向けて定年延長や給与引き上げも必要だと提言していたとされています。
 
古き良き大蔵省の時代では考えられませんが、今の財務省は人材が枯渇しているという話が漏れ伝わってきます。
優秀な「エリート」と呼ばれる学生達は、何十年もブラック企業のような激務をしながら上の世代が定年になるのを“ただひたすら待つ”しかない、硬直化した組織の財務省を敬遠し、実力があれば認められ、どんどんやりたいことができる海外企業に行きたがるのだそうです。
 
これが外部の人間の単なるやっかみであれば、差して気にする必要もないのでしょうが、たとえば、今の財務事務次官に対して省内の下の人間は本当に敬意を払っているのでしょうか?
むしろ「なんでアイツが」というような負の感情が省内に渦巻いている気がしてなりません。
 
私自身は #くたばれ財務省 のハッシュタグはある意味応援のつもりでいつも使っています。
#くたばれ財務省 #頑張れ大蔵省 です。
 
財務省と大蔵省で何が違うのか。
財務省は省益、大蔵省は国益。
目指していたゴールが全く違います。
その違いは退官後の天下り先の“格の違い”からも見て取れるのではないでしょうか。
 
財務省が大蔵省に生まれ変わるには、まずはマインド・チェンジ、すなわち「年功序列は省益に非ず」との強い意志で自らの組織改革に乗り出すことではないでしょうか。
 
香川事務次官の薫陶を受け、下からも慕われていると言われている岡本薫明官房長には、ぜひ年功序列の撤廃、中途採用、公募制などの組織改革をして頂きたいです。

(以下△愨海)
 








ScorpionsUFOMSGのブログ


最後の国士官僚 香川俊介を悼んで◆―馼勝崟亀舛肇罅璽皀◆〆睫慨盈宗香川俊介追悼文集」

テーマ: 財務省
2017-03-01 03:37.18




本書『正義とユーモア』は香川事務次官追悼文集として出版されたもので、ここには生前、香川事務次官と親しくされていた多くの著名人、仲間たちの言葉で多くのエピソードが語られています。

(※一般販売はされておらず、株式会社イマジニア宛てにオーダーする形での注文となります。「ファイナンス」での紹介記事http://bit.ly/2mBsWir)
 

『最後の国士官僚 香川俊介を悼んで ―馼勝崟亀舛肇罅璽皀◆〆睫慨盈宗香川俊介追悼文集」』⇒http://amba.to/2lkSu1e

からの”続き”になります。




最後の国士官僚 香川俊介を悼んで◆―馼勝崟亀舛肇罅璽皀◆〆睫慨盈宗香川俊介追悼文集」


■エピソードその2.菅義偉「ですが、決まるまではやらせてください」


菅官房長官と香川事務次官の出会いは2000年6月に竹下事務所の青木文雄氏に紹介されたのがきっかけだそうです。

第一印象は「人懐っこい男だなあ」というものであったそう。

色んな政治家、役所の人と会ううちに皆が口々に「香川、香川」と言っていたそうです。



そのうち気づいたことは、“これは”という人はみなつながっていて、その中でも、香川はとびきり顔が広く、仲間から信頼されているということでした

と菅官房長官は述べています。
 



菅官房長官が総務大臣だった頃に、公務員定数の見直しを進めたときは、治安や安全に関わる職員を思い切って増員する一方、無駄なところは民間委託などで大胆に減らす案を示したところ、「あまりにも極端すぎる」と反対している主計局の総務課長がいるという情報が菅官房長官の耳に入ります。
 

その主計局の総務課長こそ当時の香川事務次官であり、すでに付き合いの長かった菅長官はすぐに電話をかけて「俺の案をお前が査定するのか」とからかったそうです。

当の香川事務次官は「ちょっと言っただけですよ」と笑ってごまかしていたそうですがw
 


時は流れて、香川事務次官がガンを克服し第一線に戻ってきて財務事務次官になったとき。

香川が消費税の再増税に向けて動いているとあちこちから情報が入ってきたそうです。
 


菅長官はある日、香川事務次官を官邸に呼んで、

「消費税の引き上げはしない。おまえが引き上げで動くと政局になるから困る。あきらめてくれ」と静かに話をしたそうです。



それに対して、香川事務次官は

「長官、決まったことには必ず従います。これまでもそうしてきました。ですが、決まるまではやらせてください」と答えたのだそうです。
 


このやり取りの部分は、本書「正義とユーモア」の紹介記事としてネット上でも見れるようになっていると思います。
 
ですが、本書を読む前は「お前が動くと政局になる」で指している“お前”とは、てっきり“財務省という組織が”という意味なのだと勝手に解釈していました。



“財務事務次官”である香川氏が、事務次官として再増税に動くように下の者に指示を出すからこそ政局になるのだと。


いわば”香川俊介“という個人ではなく、”財務事務次官“という肩書きに囚われて解釈していたのです。
ですが、どうやら実際は違ったようです。


本書を通読してはじめて分かりましたが、ここで指している「お前」とは、本当に”香川俊介“という一人の人間に向けて発せられた言葉だったように思います。


仮に香川事務次官が事務次官の職に就いていなかったとしても、菅長官は「お前(すなわち香川俊介という一人の人間)が動くと政局になるから困る。

あきらめてくれ」と膝を突き合わせて言っていたに違いないと思ったのは私だけではないはずです。







<追悼>霞が関のスーパーエリート、財務省トップは執念の人「がん再発」香川俊介(事務次官)の選択と闘い

週刊現代プロフィール
2015.5.29

豪腕・小沢が認めた突破力。消費増税の実務を一手に担った実行力。そして一度目のがんを見事に克服した精神力。財務省内で若手官僚から「生きるレジェンド」と呼ばれる男を、再び試練が襲った。

杖をつきながら官邸へ

「今度こそ、相当悪いみたいだね……」

日本の国家財政を一手に担い、「省庁の中の省庁」と呼ばれる財務省。そのトップの健康問題が永田町や霞が関でひそかな話題になっている。

香川俊介事務次官(58歳・'79年大蔵省入省)。4月下旬から香川氏のこんな姿が官邸周辺でたびたび目撃されている。

「4月21日には杖をつきながら官邸に入ってきました。安倍晋三総理と面談し、'20年度の基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化に向けた歳出削減案について、担当者の説明に同席しています。体調不良を押して総理にご進講に上がる―その姿には鬼気迫るものがあります。それもすべて、消費税10%を実現するための執念です」(官邸関係者)



香川氏は若手時代から将来を嘱望されるエリート財務官僚だった。



「現実をしっかりと見据えた上で、いかに理想に近づけるかを考えられるリアリスト、というのが若手時代の評価です。この点が武藤敏郎氏(71歳・'66年入省)や勝栄二郎氏(64歳・'75年入省)といった歴代の大物次官に気に入られました」(財務省有力OB)

なかでもその名を上げたのは、'87年に竹下登内閣で官房副長官となった小沢一郎氏の秘書官を務め、小沢氏に信頼されたことだった。有力OBが続ける。

「霞が関の官僚がもっとも苦手とするタイプの政治家、小沢氏に買われたのは、面従腹背で本心では政治家をバカにしている他の財務官僚と一線を画す、親身で丁寧な姿勢でした。小沢氏が小渕恵三氏との政争に敗れて経世会を追い出された後や、細川護煕氏を総理にした非自民連立政権の崩壊後など、小沢氏が政界で冷や飯を食っているときも彼の元を頻繁に訪れ、復権に向けた政策提言をし続けた。そして、香川氏は小沢氏から『身内』とまで言われるようになったのです」

香川氏は、小沢氏だけでなく、さまざまな政財界の要人に食い込んでいく。

その下敷きにあるのが、出身校である開成高校の人脈だ。




「同じく開成高校出身で元次官の武藤氏が会長を務める『金融開成会』('09年発足)のメンバーで、大手証券会社やメガバンク、ベンチャー起業家まで幅広く付き合っています。ちなみに香川氏はIT企業『IIJ』創業者の鈴木幸一会長と旧知の仲で、勝氏を鈴木氏に紹介。その結果、勝氏が同社の社長へ『天下り』することになった」(財務省関係者)



入省以来、エース級が集まる主計畑を歩み、OBの天下り先斡旋にも尽力してスーパーエリートの道を歩んできた香川氏だが、この数年は病魔と闘う人生だった。




民主党政権下の'12年夏、民主、自民、公明の3党合意により可決された「消費増税法案」は、香川氏の奔走をなくしては成立しなかったと言われる。


「当時、官房長だった香川氏は『財務省の天皇』と呼ばれた大物次官、勝氏のもとで、国会対策やマスコミ工作を担いました。このときの激務も影響したのか、法案成立後の秋に香川氏は体調を崩す。診断は、食道がんでした。順天堂大学附属病院で食道・胃がん治療の名医、鶴丸昌彦教授の執刀を受け、一時はがんは完治したとされていましたが……」(全国紙経済部デスク)



「それもまた運命だ」

翌'13年の年明けに香川氏の身体は再び変調をきたす。

がんの再発が疑われたが、検査では転移は見つからなかった。



財務省関係者によると、体調不良の原因は、手足に力が入らなくなる「ギラン・バレー症候群」だったという。



「勝氏の後任の真砂靖次官(61歳・'78年入省)をはじめ、財務省首脳は、香川氏を将来的に次官にする選択肢は残すものの、いったん財務総合政策研究所長などの『待機ポスト』に回して治療に専念させることも考えました」(前出・有力OB)


ところが香川氏は、この申し出を断る。胸中にこんな決意があったからだという。



「この国の財政は危機的だ。自分が最前線で消費増税を取りまとめなければ、日本に未来はない」



病気の治療を続けつつ、本省で職務にあたる強い希望を示したため、首脳たちもその意を汲んで、'13年6月に香川氏を主計局長に引き上げた。

このとき香川氏は周囲に、

「仮に再び病に倒れれば、それもまた運命だ」

と悲壮な覚悟を漏らし、引き続き消費増税にあたることを選択した。









「香川氏はその言葉どおりに主計局長として予算編成をこなし、烏龍茶を片手に政治家やマスコミ幹部との懇親会にも精力的に出席しました。有力OBたちからも『大物次官の箔がついた』と評されるように。そして'14年7月、満を持して事務次官に就任したのです」(財務省中堅幹部)



'14年4月に政府は既定路線どおり、消費税を5%から8%へ引き上げた。だが、ここから先行きに暗雲が垂れこめる。

消費増税による景気への悪影響が思った以上に深刻で、安倍総理が'15年10月の10%への再増税に難色を示し始めたのだ。



「香川氏は、安倍総理の『親友』で香川氏の後任の主計局長である田中一穂氏('79年入省)とともに増税延期には最後まで抵抗しました。






菅 官房長官が、香川財務次官に、墾墾と、静かに、政局になると、さとしたのは、2014年、衆議院解散総選挙の前でしょ、あたりまえ、に、、













「香川氏は、安倍総理の『親友』で香川氏の後任の主計局長である田中一穂氏('79年入省)とともに増税延期には最後まで抵抗しました。公共事業を含む財政支出を拡大させたり、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の運用改革を通じて株式市場に巨額の年金マネーを流し込み、株高を演出したりと、あの手この手で消費税10%を実現させようと説得した」(前出・中堅幹部)



だが、必死の説得工作は実を結ばなかった。


安倍総理は、

「田中(主計局長)ちゃんには悪いけど、今の経済状況で再増税なんて考えられない」

と財務省を突き放し、10%への引き上げを1年半後ろ倒しにすることを決断。



そのことの信を問うという大義名分で、衆議院を解散してしまう。大勝を収めた自民党が「安倍一強」色に染まり、安倍総理が権勢をほしいままにしているのは周知のとおりだ。




「消費税10%の延期が香川氏にとって大誤算だったのは確かです。香川次官以下、財務省幹部は徹底的に抵抗しましたが、援軍として期待していた、3党合意の当事者である谷垣禎一幹事長や自民党税調幹部が軒並みあっさりと総理の軍門に降ってしまった。彼らに対して、『一度増税を決めた、政治家としての矜持はどこにいったのか』と呆れ果てていました」(前出・有力OB)




そもそも、財務省は将来の財政再建を御旗に掲げ、消費増税なくしては国家財政が成り立たないと警鐘を乱打してきた。

彼らの論理では10%でさえ、財政再建はおぼつかないのだという。

財務省がここまで消費増税にこだわるのはなぜか。





前出の経済部デスクが解説する。

「財務省の力の源泉は、詰まるところ、予算の差配です。だからこそ、予算を握る主計局が大きな顔をしていられる。逆に言うと、財政を改善して予算を差配できる余地を握っていないと、永田町や霞が関への影響力がなくなってしまうという危機感が常にあります。


『増税の黒幕』と非難されようと、財務官僚にとっては『予算配分の権限を広げる歳入拡大こそが至上命題』。

今回の消費増税の道筋をつけた勝氏が『財務省の天皇』とまで呼ばれたのはそのためで、その下で実務を担った香川氏の評価が高いのも同じ理由です。

そして財務省内では、将来的には10%以上の消費税にすることは既定路線です」





香川氏はアベノミクスの先行きについても懐疑的だ。




日銀の異次元金融緩和がいつか破綻し、長期金利の急騰につながるのではないかとの危機感を抱いている。


「香川氏をはじめ、われわれ財務官僚からすれば、『人口減少が進む日本で、おカネを刷ってバラ撒くだけで経済成長を実現できる』と主張する、安倍総理取り巻きの『リフレ派』は脳天気なバカか詐欺師に見えます。

財務省財務官出身の日銀総裁、黒田東彦氏(70歳・'67年入省)は、それを百も承知で円安・株高誘導のために異次元緩和の奇襲に打って出たのです」(前出・中堅幹部)



当初、安倍総理と黒田氏は蜜月と見られ、「アベクロ」と財務省は対立しているかに見えた。

だが、実際はそうではない。


財務省は、日銀の異次元緩和はあくまでも株価を上げて景気回復を演出し、消費増税を実現するための手段だと見なしている。

これが景気回復につながるとは、ハナから考えていないのだ。










事実、安倍総理が消費増税の延期を表明してから、官邸と黒田氏の間には隙間風が吹き始めた。

「黒田氏にも財務省の血は流れていて、消費税をフタ桁に乗せることは悲願です。最近になって黒田氏が国債暴落のリスクを口にするようになったのも、香川氏を側面から支援するためのもの。いまや財務省と日銀は一体となって、官邸にさらなる増税を認めさせようと躍起になっているのです」(前出・中堅幹部)

消費増税をめぐる総理官邸と財務省の「闘い」をトップとして指揮してきた香川氏だが、激務と心労でその肉体は徐々に蝕まれていった。

ゴールデンウィーク直前の4月下旬、ギラン・バレー症候群の再発のためか、杖をつかなければ歩けないほどの体調になっていた香川氏は、順天堂大学で念のため、全身の精密検査を受けた。肺に白い影が映った。

がんの再発だった。

「闘い」は終わらない

香川氏に親しい関係者がこう明かす。

「完治していたはずのがんが肺に転移したことがわかったのです。それでゴールデンウィーク中に予定されていた海外出張を急遽キャンセルしました。たしか、行き先はロンドンだったはず。

これまで消費増税に執念をもやし、その結果、命を削ってまで仕事をした。まだ、ごく初期の段階ですぐに手術が必要な病状ではないと聞いていますが、再発ですからね。心配しています」

本誌記者は、香川氏本人の携帯に電話をかけ、体調について尋ねたところ、穏やかな声でこう答えるだけだった。

「お電話の取材は勘弁していただけませんか。取材に対してお答えするような立場に……、立場ということではないですが、申し訳ありません。電話を切ってよろしいでしょうか。取材は受けたくありません」

改めて、財務省に聞いたところ、

「香川次官は4月末に体調不良により一時入院しましたが、現在は回復して通常通り勤務しております」(財務省大臣官房文書課広報室)

と入院の事実を認めた。

安保法制など、重要法案が目白押しの今国会は、8月上旬までの大幅な会期延長が予想される。となると、霞が関の夏の人事はお盆明け。香川氏は入省同期でもある盟友・田中氏に後を託し、いったんは財務省顧問に退くと見られる。

香川氏の安倍官邸との「闘い」には、ようやく終わりが見え始めてきた。だが、病魔との新たな闘いが始まる―。

「週刊現代」2015年5月30日号より









2015年4月14日、、

近畿財務局へ、財務省から、森友学園の土地売却に対して、ゴー、の指示だか、命令が出された、タイミング、と、、

香川財務次官、田中一穂主計局長、岡本シゲーリン財務官房長、のライン、、


長岡實、斎藤次郎、勝栄次郎?、歴代財務次官OBの存在、財務省事務次官人事、、三期連続、同期、事務次官とか、、



森友問題の背景、、









森友文書改ざん

新たに1件 土地貸し付け賃料算定に関し

毎日新聞 2018年3月14日 21時59分



 学校法人「森友学園」との国有地取引に関する決裁文書を財務省が改ざんしていた問題で、財務省は14日、同省近畿財務局が2015年6月にも、関連文書を削除していたと国会に報告した。


学園の情報開示請求に対し、財務局が不都合な文書を隠す目的だったとみられる。


専門家は、公文書の隠蔽(いんぺい)や改ざんが横行していた疑いがあると指摘している。


 新たに削除が判明したのは、学園への土地貸し付け契約に伴い、財務省が賃料算定に関する考え方を整理したメモ。

同省理財局が15年1月16日付で作成し、改ざんが判明した14件の決裁文書の一つに添付されていた。




 国有地を学校に貸す場合、固定資産税に代わる交付金を自治体に払う必要がないため、メモでは、その分を賃料から控除するかどうかを検討。

将来、会計検査院から根拠を問われることも想定し、「控除すべきと考える」と明記していた。



 財務局は15年5月、この考え方に沿って賃料を年額2730万円と算定、学園と定期借地契約を結んだ。

しかし、開示請求を受けた際に財務局が決裁文書からメモを抜き取り、削除したという。





開示請求が、きっかけ、の、森友問題ではあったが、藪をつついたら、蛇がぞろぞろ出てきた、ってこと、、


※※※

 財務省として“一線を越える”腹を決めたとみられるのが、2015年4月14日。この日、近畿財務局は森友側に土地の貸付料について、「下がる見込み」と電話で伝えている。










 国有地を学校に貸す場合、固定資産税に代わる交付金を自治体に払う必要がないため、メモでは、その分を賃料から控除するかどうかを検討。

将来、会計検査院から根拠を問われることも想定し、「控除すべきと考える」と明記していた。



 財務局は15年5月、この考え方に沿って賃料を年額2730万円と算定、学園と定期借地契約を結んだ。

しかし、開示請求を受けた際に財務局が決裁文書からメモを抜き取り、削除したという。






学園の情報開示請求に対し、財務局が不都合な文書を隠す目的だったとみられる。





なにが、どう?、不都合だったんだ?、、


香川財務次官の、逝去がらみ、か、、





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