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半蔵門かきもの倶楽部コミュの第38回 たかーき作「有胎盤類のマーチ」

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博多行きの新幹線に乗りながら仕事の原稿を書いていた。
生物多様性について簡単に説明するというネット記事を書いている。中々終わらないし、脳が悲鳴を上げそうだからノートPCを閉じた。

一旦お菓子を食べよう。

それは、甥っ子に持っていってあげるつもりだったお菓子。
コアラのマーチ。
甥っ子はこれが好きだから、普通のチョコ味のコアラのマーチを10個も買った。きっと喜ぶだろう
それに、私自身の分も1パックだけ買った。
何だか懐かしくて。色んな表情のコアラの絵がそれぞれ描かれていて、私が子供の頃はどの顔のコアラを見つけたら幸せになれるとか、そんなことをやってたな。
そうだ、その話題を甥っ子にしてあげよう。こんな種類のコアラがあるよ、一緒にこの表情のコアラを探してみようよ。
そんな感じで話をしよう。私は甥っ子の事はなんでもわかってる。あの年齢の男の子にはこういう話題でとことん付き合ってあげると喜ぶのよ。

そう計画を立てながら私は箱を開けて、中袋を開けて一粒を取り出してみた。
すると、そこには何も描かれていなかった。
その一粒を、裏返してみたが、やはり何も描かれていなかった。
「……〇☆%#■@!」
あれ?
今、何か変な音声が聞こえたような気がした。
気のせいだろうか。
新幹線は、ゴオー、という音を立てながら暗闇の中に入った。
「……なぜですか!」
今度は、結構ハッキリした音声が聞こえた。
それで後ろを振り返ったら、後部座席には別に誰もいない。
というより、水曜の昼間、車両自体に人がいない。さっき見た限りは一人もいなかった。
なんだろう、どこまで私は疲れているのだろう。
それでもう一度、指につまんでいるコアラのマーチの一粒を見てみた。
でも、やっぱり何も描かれていなかった。
よく考えると、表に絵が描かれて裏にはチョコレートを注入するための穴が開いている筈だと思うのだが、それもない。
「……僕は生まれる事ができない!」
私の耳元で、また誰かがそう言ったのが聞こえたような気がした。
私は気味が悪いのでその一粒をテーブルに置いて、他の粒も取り出してみたところ、そちらには、ちゃんとコアラの絵が描いてあった。
ああ、なんだか安心した。そのコアラは野球をしている。
食べた。うん、懐かしい味。今思うとなんだか子供向けの味だな。小さい頃の味覚は今とは違ってる。
もう一つ取り出してみた。そのコアラはけがをして泣いている。
食べた。うん、美味しい美味しい。
もう一つ取り出してみた。

何も描かれていない。

私はびっくりして、それを見てぼーっとしてしまった。
「……生まれる事ができるなら、何でもいい。でも生まれる事ができなければ……」
ん?
何故だろう。さっきから何度もこの声がする。
はあ、どうしてしまったのだろう。私は。
WEBライターの仕事をたくさん抱えて、甥っ子に何度も会いに行って、それから両親の事も最近心配だから、きっと疲れてしまったのだ。
何故、自分からこんなに忙しくしてしまうんだろう。わざわざ、忙しく動くことはないのに。
「……それは生きているからです!生きているから何かをすることができる。生きているから自分で考えて、自分で生きていることに意味を見出せるのでしょう?」
私は、そのどこからか聞こえてくる声に、返事をした。
「ええ、そうね。私も生きているから自分で意味を決めて頑張ってる。そんな気がする」
「……でも、生まれてくることは自分ではできないじゃありませんか!」
「生まれてくること?生まれてくることは自分次第じゃないわね。私だって何故生まれてきたのかなんてわからないけど、お母さんは私を生んでくれた」
「……わからなくてもいいんです。生まれる事が出来たんですから。でも、生まれてくればなぜ生まれたかと言える。生まれなければ、なぜ生まれないのかすら聞くことはできない!」
「貴方は、今、聞いてるじゃない」

しまった、私は今独り言をずっと喋っているな。そう気づいた。
駄目だ、他の人に聞こえているかもしれない。確かこの車両には誰もいないはずだが、聞こえてしまったらどうしよう?ものすごく恥ずかしいではないか。
ただ、今はトンネルに入ってゴーという音がしているからかき消されたかもしれない。

そのトンネルを、今、抜けた。
私は窓を見る。そこは田園地帯が広がっていた。
穏やかな光景だ。さあこの光景を見て気持ちを落ち着いかせてくれ、とでも言われているかのよう。でもその穏やかさは私を却って焦らせた。何だろう?この感情は。子供の頃から、焦ってはいけないと自分に言い聞かせて、それでも焦りが抑えられずにガチガチに緊張してしまい、パニックになって大失敗することが多かった。それが30を過ぎた今でもトラウマで、今でもそういったトラウマがまさにこういう状況の時には蘇ってくる。
仕事をしないといけないという思いと、いや落ち着くべきなんだという思い。その二つが戦って、頭の中がいっぱいになる。
無理だなあ。頭が働かない。
私はパニックになると仕事ができなくなるんだ。今の私は、パニック状態だ。冷静だけどわかる。心臓が早まっているから。

そうだ、甥っ子のために買ってあげた本でも読もう。
甥っ子には、きっとこういう本がいいと思って私が選んだ本だ。妹に頼まれたわけじゃない。でも絶対この本が甥っ子にはあうと思って買った。私にはわかる。私は甥っ子が大好きだ。甥っ子を愛したい。
愛することができなかった分。

私はその本を取り出した。「哺乳類のふしぎ」。
哺乳類の進化について、ウサギの『ミミ』とコアラの『マーチン』が掛け合いをして話が進んでいくスタイルだ。

ねえマーチン、しってた?哺乳類は、ゆうたいるいとゆうたいばんるいにわかれるんだよ
ええっ?しらなかったよ。
ゆうたいるいは、むかしからいるの。そのあと、よりはったつしたのが、ゆうたいばんるい。ゆうたいるいは、おなかのふくろでこどもをそだてるのよ。
じゃあ、ぼくたちコアラは?
マーチンは、ゆうたいるいだよ。わたしたちウサギは、ゆうたいばんるいだから、たいばんでこどもをそだてるんだよ。
ミミはうらやましいなあ。

次のページをめくると、たくさんの可愛いタッチの哺乳類のキャラクターが、マーチングバンドを組んで、行進している絵が描いてあった。

へえ、すごく沢山の動物がいる。
こんなに種類があるんだ……。
沢山の生き物が、マーチをしている……。
「歩いていくんだね、みんな」
どこに歩いていくんだろう。この動物たちは。

カモノハシのマーチ。
ハリモグラのマーチ。
カンガルーのマーチ。
それに、コアラのマーチ。

「……生まれた者たちは、こうして、進化のマーチの中に入ることができる。でも、生まれていなければどこに進むこともできない……」
それは、私の隣の席から聞こえた。
ハッ!として、私は自分の隣を見た。
すると、そこに男の人が、座っていて、私をじっと睨みつけている。

……ように見えた。
でも、実際には誰もいない。
本当に誰もいない。気のせいだ。

何なんだろう?
気づくと、新幹線はまたトンネルに入っていた。
「……生まれて、その子供が生まれて、またその子供が生まれる。そこにどんな意味があっても、なくても、とにかく連鎖していくことはできるじゃありませんか!」
その声はすぐ隣から聞こえるような気がする。ずっと声が聞こえる。でも私の隣にも、この車両にも誰もいない。
「な、何が言いたいのか、よくわからない」
私はその声に、耳をふさいだ。
トンネルの轟音は続く。

私は、ページをめくる。
マーチングバンドはさらに続く。

ワラビーのマーチ。
フクロオオカミのマーチ。
ウォンバットのマーチ。
オポッサムのマーチ。
バンディクートのマーチ。
ここまでのカモノハシから始まる一群は、卵を産んで育てるような珍しい哺乳類と、それに有袋類だ。
どれも原始的な哺乳類たち。

マーチは続く。

ナマケモノのマーチ。とてもゆっくりで他から遅れて歩いてる。
アリクイのマーチ。舌を伸ばしながら歩いている。
アルマジロのマーチ。体を丸めて転がっている。

「……ねえ、教えてください。僕は何故生まれる事ができないのですか?」

ツチブタのマーチ。
テンレックのマーチ。
ハイラックスのマーチ。
ゾウのマーチ。

「……苦しいです。辛いです。そして悔しいです。どれだけ悔しいのかわかりますか?僕が生まれる事ができない苦しみ」

トガリネズミのマーチ。
センザンコウのマーチ。
ジムヌラのマーチ。

なぜか私は、頭がくらくらしてきた。
新幹線で酔うというのがよくあるのかはわからないけれど、なんだか乗り物酔いのような感触がある。
「……わかりますか?こうして描かれているみんなは、生まれてきたんです。生きていたんです。だから誰かに描かれるんです。僕は生まれる事もできないから、僕は誰にも描かれないんです。誰からも見て貰えないし、誰からも思ってもらえないし、誰からも、愛してもらえない」

マナティーのマーチ。
ツパイのマーチ。
ムササビのマーチ。
ヤマネのマーチ。

「……でも、あなたは知っている筈です。私が生まれる事の出来ない理由を」
「私が、知っている?」
「……あなたは知っている。いえ、貴方は私を、生まれさせることもできる。生まれさせなくすることもできる」
「生まれさせなくすることができる?」

犬のマーチ。
猫のマーチ。

「……あなたは、私を生まれさせなくした。それを知っています。ねえ、どうしてですか?僕は生まれたい。何でもいい。人間に生まれる事ができなくても、別に良かった。生まれさえしたら、どんなに楽しいんだろうと思うんです」

アライグマのマーチ。
カワウソのマーチ。
オリンゴのマーチ。
ファラノークのマーチ。

「……お願いです。教えてください。貴方は知っている」
「もうやめて。話しかけないで」
「……教えてください。生まれる事ができない理由を。できるなら、私を生まれさせてください。」

キリン。長い首を揺らしている。
イノシシ。歩き方に繊細な性格が出ている。
カバ。巨大な口の中に鳥が止まってる。

「……生まれたい、生まれたいんです……」
その声はずっと続いた。
私は席を立った。
気持ちが悪い。頭が痛い。吐き気がする。
「ううっ…。」

コウモリ。

「……どこへ行くのですか?ねえ、待ってください」

ヌー。

サイ。
バク。
プロングホーン。

クジラ。

ディンゴ。
ジャコウネコ。
キンカジュー。
クシマンセ。

私はお手洗いに駆け込んだ。
吐くと思う。吐きそうだ。頭がぐらぐら揺れる。心臓が鳴っているのも感じられる。少し鼓動も早いかもしれない。
「……ねえ、どうしてですか?どうして生まれないのですか?」
締めたトイレの扉の外から、その声は聞こえる。

クアッガ。
アードウルフ。
アイベックス。

ドンドンドン。
扉をたたく音までが、聞こえてきた。
「……お願いです。生まれさせてください。貴方は、私を生まれさせることができる」

カピバラ。
ヌートリア。
マーラ。
ピスカーチャ。

「もうやめて。ごめんね。本当にごめんね」
「……僕を生まれさせてくれるのですか?」

フチア。
アグーチ。
パカラナ。
ツコツコ。

「それはできない。私には貴方を生まれさせることはできない。」

モルモット。

「……どうしてですか?どうして生まれる事ができない。この長い哺乳類の連綿と続くマーチの中に、入ることができない。生まれさえすれば、今自分が生きていることがわかる。生きていることを実感すれば、大きなマーチの中で、一歩一歩歩いていくことができる。マーチに参加したいんです。生まれるとは、生きるとは、そういう事なんです。入れてください。僕を仲間に入れてください。僕が何者でもいい。僕を入れてください。」

シファカ。
マーモセット。
インドリ。
アイアイ。

「……そちらに入れてください。貴方には、その力があるのでしょう?貴方の力で、僕をそちらの世界の仲間に入れてください。生まれさえすれば、僕は……」
ドンドンと扉をたたく音が止んで、その声は、言葉に詰まってしまったようだ。

ロリス。
マンドリル。
マントヒヒ。
キツネザル。

「貴方は、どうなるの?生まれたら、どうするの?」
私はそう聞いた。

クモザル。
メガネザル。
リスザル。
オマキザル。

「……生まれたら、貴方に感謝するでしょう。僕は、貴方に備わっている力と、貴方に、心から感謝します。」
「そうしてくれたら、私だって嬉しい。私も、きっと貴方に感謝するわ。生まれてくれてありがとうって。」
「……僕に感謝してくれるんですか?」
「ええ、もちろん」

アカゲザルのマーチ。
オナガザルのマーチ。
テナガザルのマーチ。
ゴリラのマーチ。

「……僕は、生まれる事は……できるのですか?」
「あのね、聞いて」
私はその声に言った。

オランウータンのマーチ。
ボノボのマーチ。
チンパンジーのマーチ。

「私は、貴方を今すぐ生まれさせることはできないわ。でも、貴方を必ず生まれさせてあげるって約束する。貴方は、私を選んでくれた。だから私は、貴方を心から愛するわ。貴方の事を全部受け止めてあげる。」

サヘラントロプスのマーチ。
アルディピテクスのマーチ。
ケニアントロプスのマーチ。

アウストラロピテクスのマーチ。

「ごめんね。私も、悔しかったし、寂しかった。忙しくして、解消しようってしてたけど、やっぱり駄目だった。今でも思う。貴方が生まれていたら、どんなに良かっただろうって。でも、私は、あなたに会いたい。貴方が、こっち側にきてくれたら、とても嬉しい。色々な事を一緒にやっていきましょう。そして、一緒に歩いていきましょう。約束する。だから、必ずあなたもこっちに来てね」
「……ああ、嬉しい。本当に嬉しいです。有難う。本当にありがとう。」

ホモ・フローレシエンシスのマーチ。
ホモ・ハビリスのマーチ。
ホモ・エレクトスのマーチ。

「有難う。ずっと貴方の事が引っかかっていたの。あなたが今日、ここに来てくれたことで私は本当に幸せだった。ねえ、貴方に会いたい。私を選んでくれた貴方に会いたい」
「……僕もです。貴方に会いたい」
「開けてもいい?」

クロマニョン人のマーチ。
ネアンデルタール人のマーチ。

「……はい。お願いします」
「開けるね。」

人間の……。



私はドアを開けた。
そこには、人間の姿は無かった。
さっきの声は、どこからもしなくなっていた。
代わりに、床に落ちているものがあった。

「あっ、さっきのコアラのマーチだ」
私はそれを拾った。
上を向いていたのは裏面のようで、チョコレートを注入するための穴が開いている。
ひっくり返して、表面を見た。

そこには、子供をおなかの袋に入れて幸せそうにしているお母さんコアラの絵が描いてあった。



(終)

コメント(11)

今回参加は難しそうですが、作品だけ投稿します。感想よろしくお願いします!
>>[001]
前向きですね。生まれてすいません、 て言う文学者が多いですから。 来られるといいですね
>>[2]
ありがとうございます。死にたい人にはそれなりの事情があるから全然構わないですが、私が生まれたことは前向きに捉えたいと思います。
>>[5]
この作品は、胎児というのは受精卵から出産まで少しずつ生命進化の過程と同じ流れを経て生まれてくると俗に言われていることを元に書いてみました。
それと、自分の子供ができたら、たとえどんな変わった個性の子供だったとしてもかわいいのだろうということを、聞いたこともないような哺乳類の名前をあれこれ書くことで表現しました。
主人公が、かつて何があったのかは、敢えて詳しく書きませんでした。

指摘ありがとうございます!今回はこのタイトルは漢字の方がいいかなと思ったのでこれにしました。流石にわかりにくいかなという点と、平仮名では「ゆうたいるい の誤植ではないか」と思われそうなので。
また文芸部には今後も参加するのでよろしくお願いします。
>>[8]
ありがとうございます、そして今日はどうもありがとうございました。お鍋はおいしかったですね。次回は仕事どうなるか見えませんが、また文芸部には参加します!
>>[10] ご感想ありがとうございます。また文芸部でお会いしましたらよろしくお願いします。

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