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半蔵門かきもの倶楽部コミュの第109回 ロイヤー作 『湾岸天使』第6章

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第六章 潜入



「ここも無いか」
 蓮ががっかりしたようにホームセンターの棚を見て言った。
 渉たちと北葛西のドンキホーテから始めてディスカウントショップやホームセンターを回ったが、五人で乗って人工渚まで漕いで行けるようなゴムボートは売っていなかった。売っているのは小学生がプールで遊ぶためのような小さいビニール製のものしかない。
「どうする?」
「お台場のマリンスポーツの専門店に行ってみよう」
「あそこは高いんじゃないか」
「この際、仕方ないだろう」
「とりあえず、行ってみないことには分からないし」
「じゃあ、お台場までゆくか」
 僕はヘルメットをかぶると、渉の後ろに乗った。そのまま湾岸道路を三台のバイクで走りお台場まで行った。
「ここまで来たのに、変わらないな」
 マリンスポーツの店に行っても同じだった。
 手頃な値段で欲しいサイズのゴムボートは売ってなかった。
「あれならどうだ」
 淳が天井から吊り下げられている大きな細長い風船を指差した。
「あんな飾りを買ってどうする」
「飾りじゃないよ。あれもボートだよ」
 僕はあらためて見た。巨大な黄色い楕円形をしていた。
「バナナボードだよ」
「バナナホード?」
「南の島のリゾートの浜でよくビキニの女の子があれに跨ってキャーキャー言いながら海で遊ぶのをドラマとかアニメで観たことないのか。あれなら安そうだし、五人でも乗れるんじゃないか」
「あのバナナボートはいくらですか」
 渉が店員に訊いた。
「一二万円になります」
「そんなにするのか!」
「はい」
「だめだ。帰ろう」
「今日は成果なしだったな」
 帰りは僕がハンドルを握り渉が後ろだった。
 渉はすっかり意気消沈していた。
「なあ、流司、ボートが手に入らなければ計画は終わりだな」
「他に方法はないのか」
「淳と何度も話したけど、侵入経路は海しかない」
「そうか」
「なあ、諦めるしかないのか」
「……」



 その晩、僕が寝ようしているとスマホが鳴った。
 蓮からの連絡だった。
「どうした?」
「見つけた」
「何を?」
「ボートだよ」
「どこで」
「浦安のリサイクルショップだ。あの後、中古でもいいから安いゴムボートがないか、一人でリサイクルショップを回っていたんだ。四軒目で見つけた」
「どんなボードだ」
「お台場で見たのと同じようなバナナボートだ」
「それで幾らだ?」
「九八〇〇円だ」
 時計を見た。午後一一時だった。
「よし、明日買いに行こう」
「いや、もう買った」
「渉には?」
「渉にも電話した。喜んでいた」
「ありがとう、蓮!」
「これで行けるな」
「ああ」
「明日の放課後に空気を入れて試してみよう」
「分かった」
 電話を切るとベッドに仰向けになった。さっきまでは、チバファクトリーを諦めかけていた。だが、ボートが手に入ったことでチバファクトリー行きは急に現実味を帯びてきた。
(後はアマンダだ。アマンダのことをどうしたらいいのだろう……)
 そんなことを考えているうちにスマホを握りしめながら眠りに落ちた。



「用意はいいか」
「OKだ」
「じゃあ、カウントダウンするぞ」
「流司、頑張って!」
 大型のショッピングカートの中に入ったアマンダが振り返って言った。
「俺の方が軽いぞ」
 隣に並ぶショッピングカートの中に同じように体育座りをして収まっている淳が言った。
「私の方が軽いもん」
「箸とコントローラー以外に重いものを持ったことがない俺の方が軽い」
「悔しい。流司、絶対勝つのよ」
 二台のカートの真ん中に立っている渉がカウントダウンを始めた。
「五、四、三、二。一」
 渉が上げていた両腕を下ろした。
 僕はアマンダを乗せたカートを押して走り出した。
 すぐ横を同じように淳を乗せたカートを蓮が押している。
 二台のカートは閉店して廃墟となったスーパーのフロアーでレースを始めた。
「もっと速く!」
 アマンダが叫んだ。
 走ることには自信があったが潰れたスーパーの床にはゴミや遺棄された商品の残骸が転がっていた。それに乗り上げてしまうとカートがひっくり返ってしまうかもしれない。障害物を避けながらホコリが積もって滑りやすい床を駆けるのは難しかった。
「赤いコーンに先に着くのよ!」
 赤いコーンが折り返し点で、それを回って渉のいるスタート地点に戻ればゴールだった。僕はカートを少し傾けるようにしてコーンを回った。そのすぐ後に、蓮のカートが続いた。
「その調子!」
 だが、目の前にスプレー缶が転がっていた。
 それを避けようと進路を変えた瞬間に蓮のカートに抜かれた。
「何をしているの!」
 蓮のカートはスプレー缶を弾き飛ばして進んだ。
 僕は万が一のことを考えてカートに乗っているアマンダに怪我をさせない方を選んだのだ。
「もう! 遅れちゃったじゃない」
 最後にスパートをかけたが蓮との距離を詰めることはできなかった。
「ゴール」
 渉がどこからか見つけてきた特売の幟を振った。
「蓮チームの勝ちだ」
 淳がカートから降りるとアマンダを見てウィンクした。
「やっぱり体重差が大きかったね」
「もう!」
 アマンダがふくれ面をした。
「流司のせいだからね」
 アマンダの猫パンチを避けようとした時だった。
「こら! お前たち、そこで何をしている」
 青い制服の男がいつのまにかフロアーに入ってきてこちらに近づいてくる。
「マッポか?」
「制服を見ろ、警備員だ」
「どうする」
「逃げるに決まっているだろう」
 蓮と渉はレースに使ったショッピングカートを迫ってくる警備員に向けて押し出した。
「いくぞ」
 警備員がひるんだ隙きに出口に向かって駆け出した。
 そのまま走り続けた。
「追いかけてきているか?」
 僕は後ろを振り向いた。
警備員の姿は無かった。
「大丈夫だ。いない」
「びっくりしたな」
「この後、どうする」
「仕方ない。いつものところに行くか」
「アメリカン・ダイナーか」
「ああそうだ」
 アメリカン・ダイナーに入ると平日の午後なので空いていた。窓際の一番大きな席に陣取った。
「結局、ここで打ち合わせをすることになったな」
「チバファクトリーへ潜入する計画を相談するのに雰囲気を出そうと言ってわざわざ潰れたスーパーマケットの跡に行ったのに、ショッピングカートでレースなんか始めて大騒ぎをするからだよ」
 淳が言った。
「一番はしゃいでいたのはお前じゃないか」
「でも楽しかったね」
「ああ、面白かった」
「それじゃあ、本題に入ってチバファクトリーへの潜入計画について話そう」
 皆が頷いた。
「まず、当日は電車で千葉みなと駅にゆく。そこで降りて歩いて二〇分くらいのところにある千葉ポートパークに行く。そこには小さいがビーチがある。水着に着替えてバナナボートで海に出る」
「そのビーチって泳げるの?」
「港内だから多分遊泳禁止だと思う」
「捕まらない?」
「いや、休日にサーフィンとかをやっている人がいるらしいから大丈夫だと思う」
「でも五人でバナナボートに乗っていたら目立たないか」
「そこをなんとかクリアするんだよ」
「それからどうするの」
「沖に出て隣接する人工島のチバファクトリーに渡る」
「バナナボートでどうやってそこまでゆくの?」
「人力で漕ぐ。プラスチックのオールを何本か用意する」
「大丈夫?」
「一度、どこかの海水浴場で予行演習をしてみよう」
「了解」
「つぎに無事にチバファクトリーの人工渚についたら、ボートの空気を抜きボートはどこかに隠す。そして俺たちは持ってきた服に着替える。後は簡単だ、ゲストとしてチバファクトリーで楽しむだけだ」
「着替えはどこでする」
「トイレを考えている」
「ホテルは全部タダで使い放題だから、水着のまま皆でホテルに入って中で、シャワーを浴びて着替えてもいいんじゃないか。タオルやドライヤーもあるはずだし」
「よし、その案を採用しよう。淳、後でネットの情報で適当なホテルの目星をつけておいてくれ」
「着替えたらどうする?」
「まずは観光をして飯を食う」
「その後は?」
「流司とアマンダ組と俺たちの二組に分かれて、後は夜を楽しむ」
「帰りは?」
「現地解散だ。各自別々に帰る」
「中で正規に入場しているかどうかのチェックとかは無いのか」
「それは無いらしい。入り口の警備が厳重な分、中に入れば、あらゆる意味でフリーらしい。しかも、着ている服以外は、スマホもカバンどころか財布さえ、一切の私物の持ち込みは禁止らしいから、中に入りさえすれば大丈夫だと思う」
「私物持ち込み禁止っていうけど、僕らは財布とかをゲートで預けていないだろう。どうやって帰る」
「それは事前に服の中に帰りの電車賃分だけ縫い付けておく。外に出たらその金できっぷを買え」
「バイクで行ったらだめか」
「キーや免許証はどうする」
「どこかに隠しておけばいい」
「公園に隠したら誰かに盗られるかもしれないし、チバファクトリー内に免許証やバイクの鍵を持ち込んで見つかったらまずいことになる。電車で行く方がいい」
「分かった」
「他に質問はあるか」
「いつ行く?」
「七月末だ」
 あと三週間後だった。
 僕はアマンダの横顔を見た。
(二人でチバファクトリーに行って本当に男女の関係になってもいいのだろうか)
「私の顔になにかついている?」
 アマンダが視線に気が付いて言った。
「いや、何でもない」
「変なの」
 アマンダが微笑んだ。
(ただの遊びならいい。だがアマンダは本気だ)
 アマンダを抱くことも結婚することも決心がつかなかった。
(考えていても仕方ない。それより走ったからお腹が空いたな)
 僕は卓上のタブレットで注文を入れた。
「何注文したの?」
「ホットドッグ」
「お腹すいているの?」
「ああ、アマンダを乗せたカートを押して走ったからな」
「何それ」
「別に……」
「重たいとか言ったら承知しないからね」
「言って無いって」
 アマンダは疑わしいという目で見た。
 僕は席を立った。
「逃げるの?」
「トイレだ」
 僕はトイレの壁に飾ってある八〇年代のアメリカの青春映画のポスターのレプリカを見ながら用をたした。
(アマンダ以外に好きな女性はいない。だからと言って今の関係を壊して先に進んでもいいのだろうか)
 正直なことを言えば、家庭を築き子供が生まれて来ることが怖かった。幸せな家族の体験もイメージも無いからだ。家族や子供は苦しみや恐怖を連想させた。施設を出て、就職して自分で稼げるようになれば、やっと一人で自立した自由な生活を得ることができる。だが、似たような境遇のアマンダと家庭を築くことは、手本となるものが無くイメージすることが難しかった。だが、その一方でアマンダのことを本当に好きで大切に思っているのも事実だった。だからこそ遊びでアマンダを抱くようなことはしたくなかった。
 席に戻るとテーブルにはホットドッグの皿が来ていた。座ると無造作にホットドッグを掴みかぶりついた。
 鼻から痛みが来て目頭がしびれ咳き込んだ。
「あーあー、引っかかっちゃったよ」
「大丈夫か? 辛子の量、半端なかったから」
 ホットドッグを皿に置いて開けてみた。わざわざソーセージを薄く切り、表面にその薄い皮だけを貼りつけていて中は黄色いマスタードの海だった。
「中身のソーセージはどこにやった?」
「アマンダちゃんが食べたよ」
「アマンダ!」
 アマンダは舌を出して逃げ出した。
「じゃあね。先に帰るから」
 そう言って駆け出した。
 僕は後を追った。
 アマンダは緑道のある公園に逃げ込んだ。
「捕まえたぞ」
 後ろから抱きかかえるようにして捕らえた。
「今日は許さないからな」
 アマンダは体をよじった。
 逃げるつもりだと思って引き寄せたが逆だった。アマンダは僕と向き合うために体を回転させていたのだ。アマンダの唇が僕を求めて来た。言葉を発しようとして開いた唇の間からアマンダの舌が入ってきた。まるで生き物のように僕の歯茎を舐めて、舌を僕の舌に絡ませて来た。
 頭の中が真っ白になった。
 それは、初めて大木先輩から格闘技を習い、ぶっ倒れるまでトレーニングをした後の荒川の土手に寝転びながら見た青い空を思い出させた。
 しばらく貪るようにアマンダは口づけをかわした。先に体を離したのはアマンダだった。上気した頬をして僕のことを潤んだ目で見た。
「もうすぐだね」
「もうすぐって……」
「私が流司の女になる日だよ」
「俺の女って……」
「別に重たく感じなくていいんだよ。私が好きですることなんだから。流司はいつまでも今のままでいて」
 アマンダがどこまで自分が言っていることの意味を理解して言っているのかは分からなかった。
 だが、この瞬間に僕の心は決まった。
(先のことはどうなるか分からない。でもアマンダといつまでも一緒にいたい。俺にもアマンダしかいない)



「ほんとに何にも無いんだね」
 千葉みなと駅で降りて改札を出るとアマンダがあたりを見回して言った。
 駅のロータリーの周囲にはマンションやホテルやビルが並んでいたが、人通りも少なくお店らしいお店は無かった。新浦安や西葛西の臨海町の風景に似ていた。無機質な巨大な倉庫や業務用の建物と集合住宅の合間にコンビニがあるだけだった。
 少し歩くと海に面した公園があった。その海岸沿いの遊歩道を歩いた。
「あの高い建物は何?」
 細長い鏡張りの塔のような建造物が出現した。
「千葉ポートタワーだよ」
「空と一つみたい」
 全面が鏡のようなガラス張りの建造物には雲が映っていて空と一体になっているように見えた。
「四階建てで最上階が展望台になっている」
「あの高さで四階建てなの?」
 アマンダが不思議そうに淳を見た。
「あの塔は中が吹き抜けになっていて上の部分だけが人が入れるんだ。そこが四階建てなんだよ。普通の建物で言えば三〇階建てくらいの高さだ」
「そうなんだ」
 そんな話をしているうちに千葉ポートタワーの横にある人工海浜のビーチプラザに着いた。
「わあ、海だ」
 浜辺と海が広がっていた。平日の午前中なので人はまばらだった。
「どこで着替える」
「ポートタワーのトイレを使う?」
「いや、あそこで水着になったら目立つ」
「あの林の中のトイレはどうだ」
「よし、そこにしよう」
 僕たちは公園の公衆トイレに行き、水着に着替えた。着てきた服は濡れないように何重にもビニール袋に入れてパックした。着替え終わると蓮と淳は浜に行き、ポンプでバナナボートに空気を入れ始めた。
 アマンダがトイレから出てきて浜に来た。
 黒のビキニ姿だった。
「ワオ!」
「モデルみたいだ」
「プエルトリコってミス・ユニバース常連の優勝国で、美人の産地って聞いていたけど本当だな」
 渉たちは初めて見るアマンダの水着姿に驚きの声を上げた。僕は居心地の悪い気持ちになった。
「大和撫子とプエルトリカンのいいとこ取りだな」
「くそう、こんなアマンダちゃんを独占できるなんて、ずるいぞ流司」
 アマンダは恥ずかしそうに手で前を隠した。
「皆、いいかげんにしてよ。恥ずかしいでしょ」
「本気で称賛しているんだ」
 アマンダは困ったような顔をした。
「アマンダちゃんに見とれていないで出発の準備をするぞ」
「了解」
 バナナボートが十分に膨らむと、持ってきたプラスチックのオールを組み立てた。
「服はどうする」
「ボートにくくりつけよう」
「目立たないようにイエローのビニールの敷物も持ってきた。これを服の包の上にかぶせよう」
 出発の準備は整った。僕はあたりを見回した。人工の浜には、犬の散歩をしている人や魚釣りに来ている人が数人いたが、誰も僕たちには関心が無いようだった。夏休みなので学生が朝早くから遊びに来ているくらいにしか思っていないようだった。
「いくぞ」
 渉が言った。
僕たちはバナナボートを引いて海に入った。七月だというのに朝の千葉の海は冷たく足がひんやりとした。
「乗るぞ」
 ボートが転覆しないように押さえながら一人ずつ慎重にバナナボートに跨った。オールは二本だけなので僕と連が漕ぐことになった。僕が右舷に、蓮が左舷にオールを入れて漕いだ。ボートはゆっくりと沖を目指して滑って行った。
それから一時間くらい漕ぎ続けた。日差しがきつくなり、汗で体がベトベトしてきた。だが、まだ隣のチバファクトリーの人工渚に着くことができなかった。
「なんとかならないのか」
「やっている」
 オール二本だけで五人が乗っているバナナボートの進路をコントロールして進むことは難しかった。オールで漕いでも沖の方に流されてしまう。
「畜生、チバファクトリーの浜が見えているのに近づけない」
 淳が悔しそうに言った。
「ねぇ、流司、暑い、それに喉乾いた」
 アマンダが少し苦しそうな表情をして言った。
「もうすぐだから我慢しろ」
「ボートを放棄して泳いでゆくか」
「服はどうする」
「私、泳げない」
 アマンダがあっけらかんと言った。
「えっ、泳げないのか」
「うん」
「体育とかでプールで泳がなかったのか」
「泳ぎは苦手だから、水泳は見学した」
「本当に泳げないのか」
「うん」
「困ったな」
「じゃあ、服とアマンダをボートに乗せたまま、俺たち四人で泳いで、ボートを引っ張って浜までゆくか」
「ちょっといいか」
 淳が遠慮がちに言った。
「何だ」
「俺もなんだ」
「何のことだ」
「俺も泳ぎはだめだ」
「この前、体育で泳いでたろう」
「あれが自己最高記録だ」
「てことは?」
「一二メートルしか泳げない」
「じゃあ、だめだ。なんとか漕いであの浜に近づくしかない」
「なあ、潮の流れにもってゆかれているようだ」
「ああ漕がないでいると東京湾の外に流される」
「でも、こんなオール二本じゃ流れに逆らって前進できない」
 そんな話をしていると赤色灯を回転させた船が近づいてきた。
サイレンが鳴った。
「こちらは千葉県警水上警察隊です。そこのバナナボートに乗っている若者たち! ここは許可なく航行することが禁止されている区域です。また遊泳も禁止されています。ただちに浜に戻りなさい」
 拡声器の声がそう告げ、小型のモーターボートくらいの大きさの警備艇が近づいてきた。そして、そばまで来るとエンジンを止めた。
「おーい。君たち何している。そんなボートで沖に出るなんて危険だぞ。それに航路を妨害している」
「すいません。浜で遊んでいたら流されて戻れなくなったんです」
「今の時間は引き潮だから沖に出たらだめじゃないか」
「ごめんなさい。知らなかったんです。水遊のつもりだったんです」
「どこから来た」
「チバファクトリーです」
「チバファクトリー?」
 水上警察隊の警官がいぶかしげに僕たちのことを見た。
「休みを取って学生時代の仲間と遊びに来ました」
「君たちは何歳だ」
「二二歳です」
 警官は疑いの眼差しでアマンダを上から下まで見た。
「年齢を確認できるものは?」
 僕は心臓の鼓動で体が震えるような気がした。
(これで万事休すか)
「チバファクトリーのゲストだから身分証明書なんて今持っているわけないじゃないですか」
 渉が平然と答えた。
「それもそうだな。とにかくここは危険だ。本挺が曳航するから浜に戻りなさい」
「はい」
「それからこれを着なさい」
 警官はオレンジ色のライフジャケット五つとロープを投げた。そして、バナナボートの先端についていた金輪にロープを通すように指示を受けた。もともとバナナボートはモーターボートに曳航されて遊ぶように作られているのは知っていたが実際にはこうするのかと僕は妙に納得した。
「落ちないようにしっかりつかまっていなさい」
 そう言うと、警官は再び警備艇のエンジンをかけた。バナナボートは警備艇に曳航されて飛沫を上げながら航行し始めた。ほどなくしてチバファクトリーの人工渚の前まで着いた。浜の近くに接近するとセキュリティのドローンが飛んできたが海上警察隊の警官が無線で何かを話したらすぐに消えた。
「ここから先は水深が浅いからこれ以上本船は進入できない。泳いで浜に戻りなさい」
「実は泳げない者がいるんですけど」
「なに? 君たちは泳げない者を連れてライフジャケットも着けないでこんなボートで沖まで出たのか」
「すみません」
「本当に危険な行為だからもう二度としてはいけないよ」
「はい」
「少し泳げばすぐに足が底に着く。泳げないのは何人だ」
「二人です。でもそのうち一人は少し泳げます」
「そうか。その二人はライフジャケットを着けたままでいい。後で中のセキュリティセンターに返しておいてくれ。それで、泳げる者はボートを押して泳げ」
「分かりました」
 アマンダと淳をバナナボートに乗せたまま、渉と蓮と僕はバナナボートを押すようにバタ足で泳いだ。足が着く浅瀬に着くとアマンダと淳はボートを降りて歩いて浜に向かった。警備艇は全員が浜に上がるまで沖で停まったまま監視していた。浜に上がると、僕たちは警備艇に手を振った。警備艇は一回サイレンを鳴らして応えるとエンジンをかけて去って行った。
「おい!」
「やったな」
「一時はどうなるかと思ってヒヤヒヤしたぜ」
「ついているな」
 僕は浜に立って辺りを見回した。さっきまでの殺風景な港湾の景色と異なり、そこにあるのはまさに夢の国だった。

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だいたいこういう場合(カネのない少年の冒険の場合)筏のような木のボートを自作する展開になりそうなのですが、バナナボートとは面白いですね。チバファクトリーの内部にいよいよですね。

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