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[10周年]小説「ヒナガール!!」コミュの第11話 ほんの少しの,ほんとのこと

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 彼女がふたたびうちを訪れたのは、2週間後のことだった。

仲直りをするためじゃない。

ぼくの家に置きっぱなしになっていた私物をとりにくるのと、そして、合鍵を返すのが目的だった。

 彼女の荷物は、ボストンバッグ一個分しかなかったから、用事はすぐに済んだ。

ぼくらはそのまま、土曜の昼によく行っていた中華屋さんに、あたりまえの続きみたいに一緒に行った。

ぼくは餃子と味噌ラーメン。彼女はエビチリとミニ炒飯。
いつもと同じ、それぞれのお気に入りだ。

だからなんとなく、錯覚しそうになる。

明日もぼくらはいつものように一緒に過ごして、来週末もまた彼女はうちに来るのだと。

「いっつも、次は酢豚たべてみようとか、チンジャオロースもおいしそうとか思ってたけど、けっきょくエビチリばっかりだったなぁ」

 タニっちのときと同じだな、とぼくは思った。彼女の言葉はすべて、過去形だ。去っていく人はみんな、自然と語り口が同じになる。

でもそれに気づかないふりをして、ぼくはなにげない会話を続ける。

「たまに八宝菜も食べてたじゃん」

「エビが好きなんだよね。家でおいしいの食べようとすると、かえって高くつくし」

「ぼくはイカのほうが好きだけど」

「知ってる。だから、味噌漬けとかジャガバター炒めとかよくつくってたでしょ」

「……うん。ぜんぶ、おいしかった。一人暮らしもなんの心配もないね」

「どうかなぁ。働きながら毎日ってなると大変そう」

 異動先の支店は実家から通うには微妙に遠いらしく、思いきって一人暮らしすることに決めたと彼女は言った。

そしてその新居は、ぼくの家からだと片道1時間近くかかってしまう。


 5年以上も一緒にいたのに、なんてあっけない結末だろう。別れようと、どちらからも言ったわけじゃなかった。

でも、それだけ長い時間をともに過ごしてきたからこそ、あえて言葉にしなくてもこれで終わるのだという空気を肌で感じていた。

もう無理なんだな、というのは彼女の様子を見ていればわかった。

「駅まで荷物もつよ。ぼくもそのまま、事務所行くからさ」

「土曜なのに大変だね」

「まあ、たぶんこれからはカレンダー通りにいかないことばかりだろうな。しばらくは休みもあってないようなものだし」

「今日も曲づくり?」

「いや……」

 今日は、例の映画の特報がしあがったらしく、せっかくだから事務所でみんなそろって鑑賞しようという話になっていた。

わずか1分半のショートムービーだけど、ぼくらの曲がどんなふうに使われているのか想像すると、そわそわ落ち着かない。

「あのさ、あした時間があったらでいいから『初恋テロリスト』って映画のホームページ見てみてよ」

「あ。それって、池ヶ谷陽介が出るやつでしょ。友達がファンで、観に行こうって話してるんだ。……でもなんであした?」

「あしたになったら、特報が公開されるんだ。それを観てほしい」

「ふうん? わかった。あ、もうここでいいよ。ホーム、反対側でしょ? エスカレーターもあるし、自分で運べる」

 改札を抜けると、彼女はあっさりとぼくにそう言った。それ以上は未練がましくなるだけだとわかっていたから、ぼくは素直にかばんを渡す。

 言いたいこと、言わなきゃいけないことはたくさんあるような気がしたけれど、なにも言葉にはできない。

これもタニっちのときと同じで、ぼくは進歩のない自分に愕然とした。

なんのための音楽だよ、と心でなじる。

肝心な時になにも伝えられなくて、ぼくはなんのために歌をつくっているんだ。

うじうじしているぼくとちがって、彼女はなんの迷いもないように見えた。


「じゃあね。がんばってね」


 またね、とも、元気でね、とも言わずに彼女は颯爽とぼくに背を向けて歩き出す。

決して振り向こうとしないその背中が見えなくなるまで見送ると、ぼくもとぼとぼと階段をあがってホームに向かった。

不意に、タニっちの言葉を思い出す。


 ――いま彼女がいちばんしんどいときに、俺、知らん顔はできない。今度は俺が、あいつを支えてやんなきゃ。


 そう言って、潔く夢をあきらめたタニっち。いつでも彼女をいちばんに想って、大切にしてきたからこそ、彼はいま、新しい命に恵まれて幸せな家庭を築いている。

 向かいのホームに立つ彼女の姿が目に入る。いつも、電車がくるまで、はにかむような笑顔を浮かべて小さく手を振り続けていた彼女はいま、ぼくのほうを見ようともしない。

ああ、本当に終わりなんだと痛感する。

彼女はもう、二度とぼくのもとには戻ってこない。

急に、心臓をわしづかみにされたみたいに苦しくなって、ぼくはいますぐ彼女のもとへ駆けつけたい衝動に駆られた。

けれどその瞬間、ぶおっ、とカーブする電車が音をたててホームに走りこんでくる。

そして、なすすべもなく立ち尽くしているあいだに、電車は彼女を連れ去ってしまった。

ぼくの手の届かないところへと。


 どうしてだろう。


 どうしてぼくは、タニっちと同じようにできなかったんだろう。


 たぶんいまからだって遅くなかった。これからは二度と彼女を傷つけない、大切にすると決めてずっと一緒にいることだってできたはずだった。

お願いだからいなくならないでほしいと、すがることだって。

 でもぼくは、それをしなかった。彼女が去ることを、だまって受け入れた。

 ――大好きだったのに。

彼女のことが、すごくすごく、大切だったのに。



事務所でいちばん大きなスクリーンに、ぼくらがわずか3週間で練り上げた曲を背景に、瀬川可南子と池ヶ谷陽介が映しだされる。

台本で読むのと観るのとではまったく印象がちがった。

わずかなシーンの切り貼りなのに、彼女たちの生の声が作品のコミカルなのに切ない世界観を抜群に引き出している。

 息を呑んだ1分半。

 映像が終わったあと、最初は誰もなにもしゃべらなかった。なにを言葉にしていいのか、さっぱりわからなかった。

だけどヒナが、「ふわ〜ん」と笑いとも泣きともつかない声をあげたとたん、部屋は一気に歓声にわいた。

「いや〜、一時はどうなることかと思ったけど、なかなか立派な曲になったなあ」

 横山さんが、缶ビール一杯で赤ら顔になっている。ふだんはどれだけ飲んでも酔っぱらったりしないのに。
よっぽど興奮しているってことなんだろう。

うれしくなってぼくも、手にしていたビールを一気に飲み干した。

「なんかさ、すっごくひなまつりらしい曲になったよね。元気でポップなんだけど、でもそれだけじゃないっていうか、ゆずぽんらしいちょっとした切なさみたいなのもまじってて。それなのに明るくて前向きってちょっとすごいよ」

 ヒナもご機嫌ではしゃいでいる。もうすっかり体調はいいらしい。

先週から、ようやく3人そろっての営業活動が再開していたから、ずいぶんと気が楽になったといっていた。

そうだね、とぼくもいつもより大きな声が出る。

「ぼくも、ゆずるがこの曲をあげてきたときはびっくりした。アップテンポにこだわりすぎてて、ぼくら、わけわかんなくなってたからさ。あ、そうか。この手があったのか、ってかんじ」

「……うん、まあ。バラードかアップテンポか、どっちかしかないって考えるのはやめたほうがいいと思って。どっちもあるし、どっちもない、くらいがちょうどいいなってさ」

「へえ、ゆずるも少しは大人になったんじゃないか」

 横山さんの茶々に、ゆずるはふんっとそっぽを向いた。

ポーカーフェイスをきどっているけど、みんなの――とくにヒナからの褒め言葉が満更でもないという感じだ。


 ――彼女は観てくれるだろうか。聴いてくれるだろうか。


 きみを想って歌詞を書いた、なんて都合のいいセリフを吐くつもりはない。これは、ぼくら3人の仕事だ。

ぼくひとりの自己満足で成り立っているものじゃない。

ひなまつりとして初めてオファーを受けて、横山さんや、スタッフみんなの協力を得ながら完成させた大切な曲なのだから。

それに、つくっている最中のぼくは彼女のことなんてほとんど頭になかった。

そうじゃなきゃ、彼女がぼくのもとから去っていったはずはない。

だけどその、つくりあげたもののわずか何パーセントかに彼女がいる。

それも、ほんとだった。

 彼女がいなくなるかもしれない、そんな現実に直面して初めて手に入れたものが、たしかにあったのだから。

「……ままならないなぁ」

 こぼした言葉は、ゆずるに拾われていたらしい。新しい缶ビールをぼくにわたすと、ゆずるは「そんなもんだよ」と肩をすくめた。

「手に入らないものがたくさんあるから、おれたちは音楽をつくるんだ」

「なんだよ、わかったようなこと言って」

「ままならない想いはたぶん、あっくんよりおれのほうがたくさん味わってるからな」

 そう言うゆずるの、視線の先にいるのはもちろん、われらが歌姫だ。そうだな。だからこそゆずるは、これまでも、これからも、ヒナのために最高の歌をつくりつづけるのだろう。


「……なあゆずる。ぼくが歌を書いたら、曲つけてくれる?」

「そんなの、聞くまでもないだろ。いいの、書けそうなの?」

「うん。ちょっとね、気持ちが新鮮なうちに言葉にしておきたくて」

 伝えたい人に直接なにも伝えられないなら、せめてそれを歌にするしかぼくにはできない。

 わかった、とゆずるはうなずく。

 なにかあったとわかっているだろうに、なにも聞いてこないのもありがたかった。

「じゃあ、なるはやで書いてよ。どうせならこの曲のカップリングにしようぜ」

「バラードっぽくなりそうだけど、いいかな。佐々木さん、怒らないかな」

「さすがにそこまで口出ししてこないだろ」

「いやあ、どうかなあ……」

「ていうかまじ、あのおっさん怖かったよな。けっきょく一度も“いい歌だ”とか言わないでやんの」

「でもあの人がぼくたちを褒めたりしたら、そっちのほうが裏がありそうで気持ち悪いよ」

「ま、それもそうだな」

 あはは、と笑ってゆずるは誘うように缶をもちあげる。

「とりあえず、ほんとにおつかれ」

「おう。ゆずるこそ」


 ごいん、と鈍い音がしてぶつかりあった缶ビールを、ぼくらは一気に飲み干した。


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最終話 My Love
http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=6186117&id=76088648

コメント(2)

ちょっと切ないなぁ。
でもその気持ちを表現できる音楽は、私はやっぱり大好きほっとした顔

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