THE　半ば面白い話（仮）コミュの【SD58】サムイハナシ -冷夏- #27 (ﾀﾞﾝｿﾞｩ)

　
　背中がブルリと震えた。
　腕に感じたのとはまた別の寒さ。だって自分が死んでいたかもしれなかったということだろ？
　人間とは思えないあの後ろ姿……というか人の形をしていたけれど、輪郭がぼやけた靄のような……それも緑というか紫というかおよそありえない色。いったいどうなっているんだ。どうして赤城が、どうして俺が……あの連続殺人犯……というか、バケモノが。
「なぁ、タクマ君。本当に、赤城君から何か預かったりとか、そういうのはないんだね？」
　唐澤刑事の話はまだ続いていた。気持ちをそちらに切り替える。
「……は、はい。全く記憶にはなくて」
「そうか……じゃあ、あの怪物はいったい何を狙っているというんだ……まさか、タクマ君自身を？」
　唐澤刑事は冗談めかして言ったのかもしれない。そんなニヤリ顔をしていたから。だけどそれ洒落になってないですって。
「うわわ。や、やめてくださいっ」
「ナニナニ？　なんか楽しそうね？」
　明里ねーちゃん達が戻ってきた。おどけた言い方の割りにその表情は固いまま。明里ねーちゃんなりに、俺たちを気遣って空気を温めてくれているんだろう。だけど俺は、俺たちの声に隠れてちょっとしか聞き取れなかった唐澤刑事の言葉の方が妙に気になっていた。いま「逆に」って言ったよね。逆に……なに？　聞き返そうか迷っていたその時だった。
「あ」
　唐澤刑事がぽかんと口を開けた。
「ど、どうしたの？」
　明里ねーちゃんが心配そうに唐澤刑事へとたずねる。
「悪い悪い。これ、返しそびれていたね」
　そうやってジャケットの胸ポケットからビニール袋に入った俺の携帯を取り出した。その時、そのポケットにもう一つ、なにやらかさばったモノがのぞいているのを発見する。ビニール袋に入っているそれにも見覚えがあった。これって……あの写真で見た短剣……の実物？
「そうそう、それともう一つ。タクマ君のご両親には念のため署の方に移動していただいて、うちの若いのにガードさせているよ」
　その一言で、俺の中にずっとくすぶっていた不安に再び火がついた。俺だけじゃなく俺の周囲まで危険が及ぶかもしれないということを、改めて聞かされたから。
　いやな汗が一滴、背中をつたった。
「あの、唐澤刑事」
「なんだね」
「……聞いてもいいですか？　逆に、って……」
「いや、そんなに構えてもらうようなことではないんだけれどな。刑事として、あらゆる可能性を考えるクセが出来てしまっていてね」
　妙に長い前置き。
「さっきの、思い付きをポロリと口にしたのは……逆に、赤城君がスタートなのではなく、タクマ君の方が先に接触するようなことって考えられるかな……なんてね」
「おじさん！」
　明里ねーちゃんの声が、唐澤刑事の言葉の最後のほうをかき消すように響いた。でも、今度はしっかり全部聞こえた……そっか、もしかしたら、赤城の死のきっかけが、俺だという可能性もあるのか。
　その理由というものには全く見当がつかないままだったけれど、あのバケモノが俺を襲おうとした事実はいまこの瞬間も左腕に痛みとして残っている。
「……！」
　だとしたら、俺に関係する人間が危険な目に遭う可能性が強いってことじゃないか？　皆の前だったけれど、慌てて携帯を開いた。
　着信履歴、ほぼ優美で埋まっている……中に望からのもある。一番新しいので二時間も前だ。そのままメールの受信履歴も確認する。こちらは未読が一件だけ……山瀬の家で受け取ったやつだ。
　凍える寒さの中に居るときのように、制御できない震えが俺の足下からざわざわと登ってくる。いやでもさっき見た着信履歴はメール受信よりも後の時間だし……祈りながらそのメールを開く。
　
『くまちゃん、助けて。不安なの。逢いたい！』
　
　優美の声が、すぐ横で聞こえたような気がした。いつもの甘えたお願いとは違う。それどころか「助けて」なんて聞くのは初めてな気もする。なんで俺はこのメールをあの時……ふと視界に入った山瀬の泣きそうな瞳。優美に対しても山瀬に対しても罪悪感がじわりと膨らむ。でも、その罪悪感のせいで、さっきから俺の足を縛りつけていたざわめきが少し収まったようにも感じた。
　もう今更……何を取り繕おうってんだ、俺は。最悪な結末を避けるために俺に出来ることは、まだあるはず。
「すいません、ちょっと電話かけさせてください」
　自分の眉間に唐澤刑事のような深いシワが刻まれているのを感じながら、着信履歴の一番上、優美の番号を選んでコールした。
　
『ひゃん！ひゃん！ひゃん！』
　
　え？
　これは確かにシルフィの鳴き声……でも、俺の携帯は電話をかけている途中で、あと、音は、ちょっと遠いところから聞こえた。遠い？　……どういうこと？
　
　
　
（続く）
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