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NHK大河 江〜姫たちの戦国〜コミュの江 第44話 江戸城騒乱(11/13)

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大坂城炎上、そして淀(宮沢りえ)の死の知らせを聞いた江(上野樹里)は寝込んでしまい、何も喉を通らない。
 そんななか、勝利の宴を開き、大騒ぎする竹千代(水原光太)。江はそんな息子を叱るが、福(富田靖子)は秀忠(向井理)が淀を討つ命を発したのだと告げる。
 そのころ秀忠は、伏見で武家諸法度を発布。名実ともに将軍・秀忠の時代が幕を開けようとしていた。
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コメント(327)

「誰一人傷つけず太平の世を築くとは絵空事に過ぎぬ」

まともなこと言ってます。

将軍をひき受けた時からぶれずにこの態度であった方が良かったと思う。
>てれじあG さん

多くの人がずっと突っ込み続けていたことを、漸くここで言ってくれた、そんな感じでした。
再放送も見てしまいました。

将軍職という「役目」を果たすことは、
時には、自分の考えを殺すことにもなります。

「誰一人傷つけず太平の世を築くとは絵空事に過ぎぬ」

家康から言われたことが、
実感できたのでしょうね。

戦の予防策としての参勤交代の案など、
天下の安泰を図ったものですね。

それは天下の安泰ではなく
徳川家の安泰でしたが、
二百数十年継続するのですから
江の願いも叶ったと言えるのでしょう。
「誰一人傷つけず太平の世を築くとは絵空事に過ぎぬ」
ずっとこの戦いに関わって、最後に自分で指揮をとって、初めて実感した事だったんでしょう。
これを分からせるために家康は、最後総大将を任せたわけだから。
このドラマではね。
「自分の中の何かが死んだ」
zeroさんの書かれた「自分の考えを殺さなければならない」事ですね。
やっと将軍として自立できたからこそ、家康も本当の意味で隠居が出来たのだし、福にも「決めるのは秀忠」と言い切れたのでしょう。
前回全部見れず、再放送観ました〜
よかった〜涙ぴかぴか(新しい)


やっと皆さんの内容について行けまするんるん
本来の秀忠はもっとクールな態度を持ちつつも、姉さん女房である江の助言を時には聞き入れたりするむきがあります。
本多正純の宇都宮釣り天井事件は、前宇都宮城主だった奥平家に嫁いでいた異母姉加納御前亀姫よりの密告からであるけれど、取り次いだのは、どうも江サイドかららしいですよ。江と亀姫は、仲が良かったみたいですね。
> けんちゃん@班長さん
あの女傑さん、江と仲良しだったんですかexclamation & question
> てれじあGさん
信長さまもそれで戦ってきましたからね
>モッチーさん

政治的な意味ではあの地は大きいですよ。秀吉自身隠された血筋の謎があったとしてもそれは表には出ないわけで、
あの時代の他の武将や周りの人間が秀吉を見るときに後継ぎにあの血が入っているのは大きいです。

>ブンさん

こちらこそありがとうございます。恐縮です。ご丁寧に感謝します。
> 廃人底辺show@Ganryuzさん
織田のみならず浅井の血も入っていたことも重要だったそうですね
たしか近江は天下人にとって重要だったときいたことがありますが
改めてなんですが、いくら自分が豊臣に恨み持っていて滅亡万歳だったとしても竹千代にはきちんと戦の意味を教えるべきでした。
祝宴なんてとんでもないです。
福は他人だけど、淀は竹千代の伯母です。
血の繋がったもの同士で戦わなければならない悲しさと重み、これによって築かれる泰平の世の大切さ…
この辺わからなければ世継ぎなんて無理でしょ。

のちの家光考えればいくらなんでもこれはなしでしょう。


江は紅塗ってた竹千代のこと誰に相談したんでしょう。
受け入れられますかね…
>モッチーさん

浅井はわかりません。近江という意味では京極のほうが価値はあったかもしれないです。
近江が重要だったのは言うまでもなく都の通り道だったことです。
特に室町の幕府が亡命する将軍も多かった中、近江に逃げ込むことが結構多く、権威があったようです。
純粋に交通の要衝だというのもありましたしね。
初音 さん>いや逆に後の家光を考えればこんな程度かと?思います。

廃人底辺show@Ganryuzさん>そうですね近江っていうか・・・当時琵琶湖が、高速道路や新幹線などが無い時代にとって大事な交通路でしたので、天下統一するにあたって要衝ですね(^^
北陸と京都奈良(南北)や尾張、岐阜方面と京都大阪、丹波方面(東西)など、
だからこそ、信長は安土山に城を築いたということで^^
(なお安土は=「平安楽土」からとった名前で「平安京」に対抗して武士の都を信長が目指し名付けたらしい)
ついでに岐阜は周の文王が岐山の麓で天下の再統一&太平を望んだ場所の古事にならって岐山のさと(阜)岐阜と名付ける。革命の聖地を都市名にしたと
連続すいません、つり天井事件・福島家の広島国替えなど新官僚が(土井など)
新しい権力をつくり本多などを追い出す為にしくんだ策略のひとつが真相みたいですね。(半分以上は大阪の役と同じで言いがかり)
> 初音さん
当時は血縁関係にあろうと争っても不思議じゃない時代だったので、竹千代の名前で祝宴をあげてもおかしくないかと。
むしろ、公然とそれを咎め立てする江の方が、私情を挟み御台所にあるまじき振る舞いをしたと受け取られかねない状況だった気がします。
今の我々の感覚からは程遠いですが、当時は福の方に分があったのかなと思います。
> ムラサキユツコさん
たしかに譜代の徳川家臣たちの目線からすれば福の方が筋が通ってますね

多分史実の江は夫の秀忠には本音言っててもそこは戦国時代、姉である豊臣未亡人、淀殿との内通を疑われてもおかしくない立場ですから家臣たちにはもっと慎重に気を使ったと思います

ついでにいうと信長も市や茶々 、初の思いをよそに 父、長政や祖父、久政らのどくろに金粉をまぶして正月を祝いましたね、あれは死者たちへの礼儀のようですが
> 水まる☆ケーキ大好きさん

釣り天井事件での対応については、江と亀姫、土井利勝らの新官僚もそうですが、秀忠本人も実は本多正信、正純父子に対する違和感は、持ち得ていたため、そこはいい口実はできたようですね。家康の時代を生き抜いた人材が、時にはうっとうしく映ったのではないのでしょうか。
>けんちゃん@班長さん

そうですね。本多親子の功績は誰もが認めなければならないですが、彼はまさに徳川の石田三成のようなもので、正信はそれでも領土を抑えるなどの遠慮をしていましたが、
先代の側近というのはどうしても二代目には煙たがられますからね、秀忠自身かなり正純には含むものがあったみたいです。
まぁ、もし、何事もなく宇都宮で譜代としては極めて大きな15万石を保てていたとしても、井伊家以外は江戸時代が下った後に
譜代として権力をふるえたわけじゃないので、あんまりよろしくはなかったでしょうね。
江戸になって権力をふるった譜代は堀田、稲葉、太田などほとんど春日の局コネクション、球に古い譜代が出てきても阿部、青山ぐらいで、
四天王家などはこぞって冷遇されています、上にあげた井伊家以外は。ちょっと切ないですね。
けんちゃん@班長さん>ですねー本多正純は『俺は家康の参謀だった』みたいな風で威張っていて、秀忠もうざーと思ってたらしいですもんねー
血縁どおし…というのはよく知っていますが、戦の意味わからず祝宴って鈍すぎると思います。
血縁どおしが殺し合う世の中を終わらせようとしたわけだから、祝宴はやはりふさわしくないですよ。
単なる一つの戦に勝ちました、ではないのだから。
福にはそれはわからなかったのでしょうか。

福はスッキリでも両親の気持ち、こういう時の思い理解できないと泰平の世のリーダー無理でしょう。
竹千代への言い方も浅はか。
こんなにバカではなかったと思いますけどね

勝ったんだから祝宴しても良かったと思う。

福の言う通りそんなこと言ってたら戦国時代は成り立たない。

浅井の時も親戚を滅ぼしたけど戦に勝った事は祝ってる。

他も同じだと思います。


さかのぼり日本史というので戦国時代は何かあったら武力で制圧する世の中だけど、島原の乱で農民がいなくなり、武士にも相当の犠牲が出たことで礼節を重んじたり人の命を大事にしようという考えが出てくるとやってましたよ。
今回、秀忠がよかったです。
来週の予告で「親子です故」という父息子の葛藤の本質に踏み込むシーンがあり、いよいよだな〜とすごーく楽しみです♪
客観的に見てくれる初殿が居てくれてよかった。
あと2回なのですか?…来年もこのまま続けてもらっても私は嬉しいくらいわーい(嬉しい顔)
私も泰平な世をしばし味わいたい。。

江「私はどうしてよいかわからない」(江もとても味わい深いです)
秀忠「江!!(中略)我らの子や孫が戦で血を流すことはない!血を流すは私が最後じゃ!!」
秀忠は、江に抱かれ涙を流せてほんとうによかった。田渕脚本の醍醐味ですね!!
向井秀忠の眼力の強さの中に想いの深さを感じます。
私もがんばろうと思いました指でOK
ココノワールさん>え?仕事放送作家か何かなんですか?o(^-^)oかっこいーexclamation ×2
考え方が片寄らないよーに、今は石田三成(土門さん)を読んでます。わーい(嬉しい顔)
> ココノワールさん
江は夫が姉と甥を死に追いやったことに関しては割りきれない気持ちはありますが…自分の父兄を死に追いやったことを知りながら叔父、信長を尊敬していましたし…台本にはないですが史実では北の庄での母、市同様、小谷攻めの時に実父、長政も助かろうと思えば助かることができながら死を選んだことは知っていたでしょうから信長もやむを得なかったのだろうという理解はあったでしょうからその複雑な思いがあの台詞(どうしていいかわからない)には詰まってるように感じました
> 初音さん
このドラマで、血縁同士が殺し合う世の中を終わらせようとしたのは秀忠(家康も?)の隠れた思いに過ぎず、徳川家中では徳川家の覇権を確実なものにする戦という位置付けだったと思います。だから勝利の宴が行われたんでしょう。

実際、その後、大名同士の戦争こそなかったものの、血縁同士争うケースまで絶えた訳じゃない。
何より、家光が忠長を自害に追いやったという史実が残っているわけです。

視聴者として福の行動を見てイライラするのは分かります。
ただ、あの極端な人物設定や豊臣嫌いを別にしても、福が血縁同士で戦になった悲しみを竹千代に教えるような行動をしていたら、それはそれでストーリーとして不自然な気がします。

竹千代は、血のつながりのある弟を追い詰める家光になっていくわけですから。
>滝野川権衛門さん

そういう考えが全くなかったとも思いますけどね。
むろん、自分たち徳川が常にその中心を牛耳り続けることが前提で
乱世を終わらせるということでしょう。
実は乱世が終わったのがどこのタイミングなのかわかりにくいんですよね、この時代。
乱世の終わりはやっぱり大阪の役かなー?
島原の乱などは余韻みたいなものだし
大阪の役以降の大名間の大きな戦争ないし、国変え・お取り潰しなどは徳川の主導で行われている。
カラテダーさん>シーンよりも徳川のやりようがえぐいですね〜
市中引き回しの上、六条河原で処刑…八歳をです泣き顔
>滝野川権衛門さん

そうなんですよ。うがった見方をすれば極論ですけども、織田信長が足利義昭を連れて上洛した時点である意味「乱世」は終わっていると見えなくはない部分もあり、
おっしゃるように島原の乱ぐらいまでは乱世ともいえるわけで、どこまでが乱世なのかがわからないのです。
何せ室町幕府の内乱とも言うべき乱世がすごすぎてそのまま戦国時代に突入していますので、判然としなかったです。
> 317 カラテダーさん
もう何年も昔のおんな太閤紀で万福丸が磔にされたシーン、映像は足だけでしたが、、今でもあの小さな足が脳裏に残っていて心が痛みます。
子供の処刑についてはナレーションだけにしていただきたいです。
> カラテダーさん

私は秀次の妻と子が連行されるシーンと娘であろう小さな女の子が斬首(恐らく)され足が地面に倒れるシーンが怖かったですがまん顔

私にも娘がいるので見たくなかったですあせあせ(飛び散る汗)
>水まる☆ケーキ大好きさん
篤姫のときに、堺雅人演じる将軍家定が、「わしはわしでよかった。そちに会えたからのう」と今まで肯定できなかった自らの人生を初めて肯定し、篤姫を抱擁する感動的なシーンがありました泣き顔
今回の秀忠も江の愛と信頼を得て、強く優しくなってきていると感じます。
自分の感情に素直な江や自らを乗り越えていく秀忠のようになれたらいいなあ…なあんてちょっと思ったりしたのでしたあせあせ
> ココノワールさん
その場面、市との別れ際の長政の
「そなたと生きられたことを我が誇りとする」
という台詞とも被りそうですね
ココノワールさん>なるほど(゚▽゚)/作家さんかと思いました
>モッチーさん
そうですね!そういう台詞を聞くのが一番好きかもしれませんハート達(複数ハート)

>水まる☆ケーキ大好きさん
ちょっと嬉しかったですハート達(複数ハート)

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