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児童自立支援施設用語集コミュのあ行

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たまってきたらwikiにでも移行しようと思います。

コメント(3)

池上雪枝

日本で最初の感化院(現、児童自立支援施設)を開設したといわれる。

 当時、大阪天満宮裏の歓楽街に不良少年(少女)が目立つようになり、雪枝は彼(女)らを自宅(大阪市北区空心町二丁目四三番)に引き取ったり、奉公先を探してたりしていたが、教育と授産に心を砕き、感化院の設立へと発展した。1883年6月27日に自宅に開設した、といわれる。
青木 延春

1902 長崎県に生まれる
1927 東京帝国大学医学科卒業 精神医学専攻
1930 武蔵野学院医官
1933 新潟県高田の脳病院を経て
   内務技師・厚生技師として、精神衛生、優生学、人口問題、非行児対策、性病予防、母子衛生等の問題に取り組む
1946 国立教護院武蔵野学院長として、非行児教育に専念
1947 教護事業職員養成所長を兼務
1973 退職
1986 逝去

第3代国立武蔵野学院長
 精神医学の見地を導入
  アイヒホルン・Aの精神分析理論
  カナー・Lの児童精神医学 等

 治療教育の概念を導入
 レドル・Fの力動精神医学
  昭和28年に施設運営をテーマに半年アメリカへ行った影響

 「withの精神」を強調、日本の文化的風土にさせられた実践の中から生まれた思想として定着させた
  レオ・カナーの「児童と共にある精神」←『カナー児童精神医学』より 
  
 
 『教護院運営要領』を理論的に裏づけ補強
  同書は石原登氏、伊佐喜久雄氏が当時の厚生省厚生児童局の児童福祉官である辻村泰男氏に内容について全て託されて作成。

著書
『非行少年』、『非行少年の治療教育』等
一路到白頭<一路(いちろ)白頭(はくとう)ニ到(いた)ル>

留岡幸助がM27アメリカに留学し、エルマイラ感化監獄のブロックウェー典獄よりもらった言葉。

 This one thing I do.

これを「一路到白頭」と訳し座右の銘とした。

書籍として
高瀬善夫著「一路白頭ニ到ル/留岡幸助の生涯」(岩波新書214/1982)
があるが、絶版になっている。

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