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HUCC小説うpるコミュコミュのおおいし短編

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コメント(13)

その猫は、もう死ぬ直前だった。

病気で視界は薄れ、全身に力がはいらなかった。黒くて大きな野良猫と喧嘩したときに右目はつぶされ、耳も千切れかけたままだ。骨折した左の後ろ足は、どうやら変な方向に固まってしまったらしく、うまく歩くことも出来ない。
便は水のように垂れ流しの状態で、既に、眼前を鼠が走ろうとも、追いかける気力すらなくなっていた。

猫は傲慢で怠惰だった。そのくせ馬鹿で無能だった。
媚びへつらいながら生きてきた。出来るだけ、要領よく生きようと思っていた。しかしそう生きるだけの能力がなかった。如才なく過ごすための知識もなかった。
猫は一時的に飼い猫だった。ある少女の、子供特有の残酷な優しさによって拾われ、小さな箱に閉じ込められ、気まぐれに餌をもらった。糞尿の匂いで親に気づかれ、再び野良猫に戻るまでにそう時間はかからなかった。
猫は少女に一度だけもらったミカンが好きだった。といっても味が好きだったわけではない。猫は柑橘類が苦手だ。味覚ではなく、視覚的に好きだった。その丸い風貌や、太陽のような色が好きだった。世界で一番美しいものだと思っていた。
だから最後、この愚かな猫はミカンを傍らに置いていた。このミカンを眺めていれば、浮世の苦しみは忘れられるのではないかと思っていた。

猫は卑屈だけれど、だがそれでも他人を喜ばせたいと思っていた。周りの誰かに笑っていてほしかった。
媚びることで誠意を見せたかった。逃げることで他人の活躍を願った。嘘をつくことで周りの幸せを夢見た。
猫は愚か過ぎた。何かひとつでも他人のためになることが出来たかすら、猫には分からなかった。分かるだけの頭脳がなかった。
そんな馬鹿な猫でも、ついに自分に死が訪れようとしていることを悟った。最後の力を振り絞ると、猫はミカンを咥え、持ち上げ、近くに転がっていた、綺麗なアルミ缶の上にミカンを置いた。
そして、静かに、猫は寝転んだ。
 その猫は死にかけていた。
 びっくりするほどあからさまに死にかけていた。

 静まりかえった早朝の町を走るのが俺の日課なんだが、その日通りかかった駐車場には黒く汚れたボロ雑巾が落ちており、なんだなんだと近付いてみれば猫の死体だった。糞尿を垂れ流して、腹から内臓らしきものを覗かせていた。
 おいおい朝っぱらから汚いもんを見せてくれるなよ。
 猫なら人知れず死んでくれよ。
 爽やかな気分が台無しじゃあないか畜生め。
 睨みつけて立ち去ろうとすると、猫の死体が、わずかに動いた。呼吸をしているようだった。まだ死んでいなかった。往生際が悪い奴だ。きっちり殺してやるのも武士の情けだろうか。
 猫は這いずっていた。
 のろのろと、見ているこちらが欠伸をしそうなスピードで、どこかへ向かっていた。これは、あれか、お前には愛しい奥さんか子供か飼主かなにかが居て、その誰かのところへ行こうというのか。今にも朽ちそうな身体を引きずって。
 絶対ムリだ。おまえもうすぐ死ぬもん、悪いことは言わないから諦めてさっさと安らかに眠ってくれ。俺が悲しくなる。
 ほんの1メートルほどの場所に落ちていたミカンのそばまで進むと、猫は静止した。それ以上は動けないようだった。そうだ。もう休め。そのあたりがおまえの限界だ。おまえが頑張ったのは俺が見届けたから、おまえの愛しい人には俺がしっかり伝えておいてやるから。念能力かなにかで。もう休め。
 しかし猫はまだ死ななかった。
 小さな牙を立て、そのミカンにかぶりつきやがった。
 死ぬ間際に。
 死ぬ間際にそれを食おうというのか。それが野生の本能なのか。
 しかし、猫は、そのミカンを食べもしなかった。立てられたアルミ缶の上に置いて、ばたりと倒れ、そのまま動かなくなった。今度こそ息絶えたようだった。
 動くもののなくなった駐車場にはミカン・オン・ザ・アルミ缶と猫の死体だけが残った。なんともシュールな光景だった。
 最期に猫が何をしたかったのかまるで分からない。何か伝えたいことがあったのかもしれないが、それは唯一見ていた俺にさえ伝わらなかった。猫の必死の行動はまるで無駄なものだった。
 あーあー。
 分かんないことだらけだ。無駄なことだらけだ。

 とりあえず俺は、来た道を走って戻ることにした。
 家の物置にスコップがあったと思う。健康のためにジョギングする奴がいるなら、健康のために穴を掘る奴がいたって、ま、おかしくはないだろう。多分。
 彼女のおっぱいは、僕の青春のすべてであった。

 それは憧憬であった。愛慕であった。かすかな欲望もあったのだろうが、それはむしろ敬愛であった。
 美しい少女だった。当時小学五年生の私にとって、中学生だった彼女は、清楚で高潔、知的で可憐、犯さざるべき信仰の対象ですらあった。
 原体験はバスの中だった。黄色くなった信号に、進むべきか止まるべきか少し迷った運転手が、少し踏み遅れたブレーキのせいで、立っていた乗客がよろめいた。すると、私の顔は彼女の胸の中にあった。
 素晴らしい香りがした。程よい大きさの彼女の胸の感触は、完璧であった。甘く柔らかな恍惚の世界だった。
 彼女は、申し訳なさそうな、ばつの悪そうな顔をして、私から離れた。私はしばらく何も出来ずに座っていた。目的のバス停を五つ過ぎたところで私は降り、そこで初めて人生について考えた。

 中学にあがった。彼女はそのとき、同じ中学の三年生だった。彼女の顔を見るたびに心臓がはじけた。深緑のセーラー服に包まれた胸部の膨らみは、よりいっそうのエネルギーを発して私を打ちのめした。私は休み時間が来るたび、三年生の教室がある三回の廊下をうろうろとしていた。
 しかし、秋が来るころには学校で彼女を見かけなくなった。それまでも休みがちだった彼女が、学校にまったく顔をださなくなった。誰に聞いたか、どうやら重い病気にかかっているということだった。
 私の進路はその瞬間に決まった。
 医者になろうと思った。彼女の病気を治してあげたかった。彼女の命の恩人になりたかった。そして、なにより、診察する時に、あの服の下に隠された、彼女の、彼女の、彼女の、そんな、素晴らしい職業は、医者以外にありえなかった。

 それからは勉強ばかりしていた。高校に入ってもその想いは薄れることなく、成績も上々だった。時々休みの日に、彼女の家の近くまで自転車で行き、彼女の顔を見て帰ってきた。ほんの少しからだが細くなっていたようだが、それでも彼女と彼女の胸の美しさは、この世の中で最も圧倒的であった。
 それほど裕福でなかったが、両親の援助により東京の医大に進むことができた。私の希望は臨床医であったが、三年時に研究室から誘いがあり、入った。そこで、彼女の病気の特効薬となる薬を発見をした。
 それは全くの偶然であった。トラブルと言ってもよいほどだった。思いもよらずに生まれた薬だった。しかし、劇的な効果を生み出した。彼女の病気を根本治療の出来る唯一の薬だった。
 私は時の人となった。若き天才研究医と呼ばれ、様々な賞をもらった。ノーベル賞の候補にすら選ばれた。八十万人の人間を救った英雄と、世界中から称えられた。大学病院は私のために、教授へのエリートコースの席を用意した。
 それからしばらく、私は東京で多忙な日を過ごした。テレビにも何度か出演し、一躍有名人になった。本も書いた。新薬に関連する研究も続けた。山のような仕事をこなしていった。
 そして、やるべきことを終えた、と感じた私は、大学を出た。あらゆる誘いを蹴り、地元の町に帰ることにした。

 薬を開発して以来、初めての故郷だった。六年ぶりだった。
 私は実家に顔を出す前に、久しぶりにあのバスにのった。そして、彼女の家の近くで降りた。
 代わっていなかった。静かで綺麗な住宅街だった。そこで、彼女に出会った。
 涙が出るほどの美しさだった。彼女も、そして彼女の胸も、相変わらず、いや、以前に増して、光り輝いていた。
 彼女はベビーカーを押しながら、赤ん坊に笑顔で話しかけていた。赤ん坊は、彼女の声を聞いて、きゃっきゃと喜んでいた。彼女が私の横を通り過ぎるとき、私はどんな顔をしていたのだろう。母親となった彼女の姿は、美の結晶であった。
 振り返ると、彼女も私を見ていた。そして、彼女から話しかけてきた。
「あの有名なお医者様ではありませんか?」
 そうだと答えると、彼女は顔をほころばせた。ここの出身であることが、町の誇りだと言った。実は自分もその病気で、薬に助けられた身であり、心から感謝していると言った。私のおかげで、ようやく幸せをつかむことが出来たと言った。どの言葉にも、感謝と尊敬の念が深く込められていた。
 彼女は会釈をすると、またベビーカーを押しながら去っていった。私は後姿を眺めながら、彼女の残していったあの香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
 君にひとつ、こんな話をしよう。

 冬の夜空。
 北にあるカササギ座の、くちばしから羽までの距離を三つ分数えたところに、トゥワの星がある。
 あの星から毎年一度、ぼくらの住むこの星、ファライパヮに向かって一艘の船が出る。

 宇宙の海の波は高く、風は強い。
 一度として船は、ファライパヮにまでたどり着いたことはなかった。
 強風に押し戻されたり、波に飲まれ転覆したり、必ず船はトゥワに戻ってしまう。
 それでも毎年必ず、一人の男が船に乗り、ファライパヮに向けて出港する。
 遠い昔約束した、果たされることのない願いを乗せて。

 ある年、また男は船を出した。そして同じように波に飲まれて、トゥワの星に流し戻されてきた。
 この年は、運が悪かった。男を守ってくれるはずの救命具が上手く働かず、男は瀕死の状況で海岸に流されてきた。
 男は死にかけながら、海岸で、遠く光るファライパヮを眺めた。
 そこに一人の少女が現れた。海岸で美しい貝を拾い集め、売って暮らしている少女だった。
 彼女は男を自宅へ連れて帰ると、献身的な看病をした。そのかいあって、男は何とか一命を取り留めた。
 彼女は男に、なぜ毎年ファライパヮへ船を出すのか聞いた。男はベッドで静かに語った。

 昔、トゥワの星とファライパヮの間で戦争があった。
 激しい戦争だった。多くの人が亡くなり、文明が滅び、何もかもを奪い去ってしまう、恐ろしい戦争だった。
 ファライパヮにはある恋人が住んでいた。とても仲の良い恋人だった。二人は将来結婚することを誓っていた。
 だけど、男がトゥワの星に働きに行っている間に、戦争が始まってしまった。
 二人は離れ離れになってしまい、会うことができなくなってしまった。
 星の間を行く技術は戦争によって失われてしまい、誰も星を渡ることはできなくなってしまった。
 だから男は、ファライパヮに帰らなければならなかった。
 一人船を作り、一年で一番波の低い冬のこの季節、男は毎年ファライパヮに向けて船を出す。
 男の胸で輝く首飾りは、婚約者からの贈り物だった。美しい、ファライパヮでしかとることのできない鉱山の小さな欠片。

 男は命を取り留めたが、傷は深く、動くことができなかった。
 彼女はいつまでいてくれてもかまわないと言い、貝を拾って売りながら、男の看病を続けた。
 男は毎日、ファライパヮの話を彼女に聞かせた。
 七色に輝く川。球形の家。涙を流す白鳥や、音のない音楽。
 少女はその話を聞くのが楽しくて楽しくてしょうがなかった。

 一年がたち、傷が癒えた男は、再びファライパヮに向けて船を出す。
 「今度は必ずたどり着く。そしてもう一度この星に、彼女と一緒に遊びにくるよ。待っていて」
 少女はうなずき、男を見送った。遠く煌くファライパヮに向け、男は一人船を出した。

 ある日、男は死んでいた。
 海岸で静かに、眠るように死んでいた。
 手には首飾りを握り締め、遠くファライパヮの方を見つめているように、一人海岸で死んでいた。
 少女は遺体を棺に納め、高い丘に埋めた。そこからの眺めは素晴らしく、遠い星の光がふるふるとよく見えた。
 少女は首飾りを握り締め、遠い星、ファライパヮに向けて、男の約束を遂げるため、一人船を出す。

 冬の夜空。
 北にあるカササギ座の、くちばしから羽までの距離を三つ分数えたところに、トゥワの星がある。
 あの星から毎年一度、ぼくらの住むこの星、ファライパヮに向かって一艘の船が出る。


 ***


「へぇ、素敵な話だね」
「ああ、いい話だろ、気に入ったか?」
「うん、気に入った」
「実はこの話、続きがあってなぁ」
「あ、聞きたいな、教えてよ、父さん」
「ファライパヮに住んでいた約束の彼女は、別の男と結婚しちゃってたんだ」
「えーっ!そんな」
「そして、その男が俺」
「ん、何それ?」
「わはははははは」
「何だよー、嘘なの?って、誰かお客さんが来たみたい。ちょっと出てくるね」
「おう」

「…父さん」
「何だ?」
「何か…、トゥワから来たって言ってるボロボロの服を着たおばさんが、首飾りを渡したい女性がいるんだけど、知らないかって…」
「おーい、母さん、お客さんだぞー」
「ちょ、えっ、待って!」
「こちら最強の矛。ありとあらゆるものを突き通します」
「ほほぉ」
「こちら無敵の盾。どんなものでもはじき返します」
「ははぁ」
「買いませんか?お買い得ですよ」
「じゃあさ、ちょっと聞いていい?」
「何です?」
「その矛で、その…」
「盾を突いたら、どっちが勝つ!?とか言うんだろう!アホじゃないの!鬼の首とったように!」
「…!?」
「馬鹿か!言葉尻捕らえて、勝ち誇ったように、もう見てらんない!クソか!カスか!」
「その矛ください」
「500000円です」
「はい」
「どうも」
「やーっ!!」

 がきーん。

「!?」
「ばーか!盾の方だけ本物だよ!ばーか!」
「まてーっ!」
 別に新幹線を使っても良かったのだけれど、今月は何かと入り用だし、何よりも一度乗ってみたかったという理由で、帰省していた地元から東京へ戻るための交通手段に、夜行列車を使ってみることにした。
 寝台に寝転び、暇つぶしのためにキヨスクで買った推理小説を読んでいると、主人公が父親と酒を飲み交わす場面が出てきて、ふと父の顔が思い出された。
 昔は活動的で豪放だったが、今ではずいぶん落ち着いてしまったように感じる。あれが老成ということなんだろう。四十代のころはバルザックなどに心酔していたようだが、今年は、寝る前に読むための本を入れておく、ベッドの横に置いてある小さな本棚には、良寛の詩集なんかが収まっていた。
 彼ももうすぐ、定年だ。
 電車の振動と駆動音が、眠気を誘う。小説をトランクの中にしまい、眼鏡をケースに入れた。
 今、電車はどのあたりを走っているのだろう。ああそうか、何かが足りないとおもったら、夜行列車では、暗くて富士山が見えないんだ。
 新幹線に乗るときは、右側の座席に座れば、新富士駅につくころには、窓から大きな富士山が見える。ふもとの建物がゴマ粒のように小さく、あの一粒一粒の中でも、いろんな人が、いろんな人生を過ごしているんだろう。流れていく景色の中、小学校のグラウンドで、子供たちが走り回っているのが、一瞬見えたりもする。
 夜行列車はそれがないんだ。他人に思いを馳せることができないから、思考は頭の中へとどんどん潜っていく。父のこと、母のこと、昔の自分、故郷……。

「まもなく、思い出の街…。思い出の街…」
 車内アナウンスの音で目が覚めた。眠っていたようだ。列車は既に思い出の街に着いていた。荷物を持ち上げて、列車を出た。

 駅を出て最初に出会ったのは、なつかしのあの娘だった。

「やぁ…。なつかしのあの娘じゃないか。久しぶりだな。元気にしていたかい?」
「久しぶりだね、元気よ。あなたも幸せに過ごしてる?」
「いやあ、どうかな。最近はいろいろあるから。でも、君に会えて、少し元気が出てきたよ」
「そう、よかったわ。でもあなた、こんなところに来ていていいの?」
「なんでだい?この街は景色もいいし、空気もおいしいし、みんな、僕に優しかった人ばかりじゃないか」
「そう…。あなたがいいなら、それでいいわ。じゃあ私、もう行くわね」
「ああ、さようなら。達者でね」

 なつかしのあの娘と別れてしばらく行くと、過ぎし日の彼に出会った。

「おお、過ぎし日の彼。どうしていた」
「ああ、久しぶりだね、元気でやっていたよ。君はどう?」
「そうだな…。なんだか近頃は落ち込んでいたような気もするけれど、久しぶりに君に会って、少しやる気が出てきたかな」
「それはなによりだ。にしても、君、こんなところにいていいのか?」
「何を言うんだ。ここはこんなに爽やかだし、僕が大好きだった人たちばかりいる場所だよ」
「そうかい。まあ君がそういうなら、いいんだろうさ。じゃあ僕はそろそろ行くよ」
「そうか。さようなら。またどこかで」

 過ぎし日の彼と別れてまたしばらく行くと、昔の飼い猫を見つけた。

「昔の飼い猫じゃないか。てっきり僕は、君はもう」
「こんにちは。お久しぶりですね。お元気でしたか?」
「そうだなぁ、君を飼っていたころは、なんだか何もかも輝いていたような気がするけど、今はそうでもないよ。でも、また君に出会えたし、違ってくるかもしれない」
「そうですか。それはよかった。でもあなた、こんなところに何をしにきたんです?」
「何をしにって、ここは僕が一番いたい場所なんだ。暖かで、僕が大切にしていたものばかりさ」
「そうですか。あなたがそういうのなら、いいんでしょう。では、僕はそろそろ」
「そうかい?じゃあさようなら。変なものを食うなよ」

 昔の飼い猫と分かれてさらに行くと、遠い日の夢を見つけた。

「ああ…!遠い日の夢だ。こんなところにあったなんて」

 ようやく遠い日の夢を見つけることができた。昔、あれほど手に入れたいとおもっていたものを、ついに見つけることができたのだ。これほど素晴らしいことが、あるだろうか。

「さっそく、遠い日の夢を見てみよう」

 遠い日の夢を、ゆっくりと開いた。すると中からは、様々なものが出てきた。
 それは運転手だった。それはスポーツ選手だった。素敵な庭付きの家が出てきた。優しい奥さんも出てきた。かわいい息子と、大きくてふさふさした飼い犬も、出てきた。
 それらは星のようにきらきらと輝きながら、シャボン玉の中に映し出され、ゆっくりと上っていき、不思議と割れることなく、そのまま、高く、高く、そして、ついには見えなくなってしまった。

「そうか…。そろそろ、帰らないといけないな」

 駅へ戻り、列車に入った。
 夜行列車はゆっくりと動き出す。
 ふと窓の外を見ると、なつかしのあの娘と、過ぎし日の彼と、昔の飼い猫が、笑顔で見送りにきてくれていた。

「ありがとう、ありがとう、また時々、来るよ」

 手を振って彼らと別れた。
 涙が出そうになったが、ぐっとこらえることにした。だって彼らには、きっといつでも会えるんだ。ずっと年をとってからでも、彼らはあそこで待っていてくれる。

 夜行列車は思い出の街を離れ、僕は東京へ帰った。
うりーぷか第一作目の元ネタ。
磯野風味が使うようなので、一時的にうp。
消すかも。

男1:山口。疲れてイライラしている。自分勝手。
男2:小林。体力があり、山口の横にいることで逆に冷静。

 二人の男が長い長い階段を歩いている。
 疲れた様子で男1が口を開く。
男1「なぁ……」
男2「…なんだ?」
男1「もう、ずいぶんになるよなぁ」
男2「あぁ…そうだな。もう、かなり歩いた」
男1「だよなぁ…。まだなのかなぁ」
男2「わからんよ、そんなのは」
 間。
男1「…だって、3時間は経っただろ?」
男2「ん…、そうだな、そのくらいは経ったかも知れない」
男1「こんなに長いもんなのかね」
男2「わからん。相場を知らないからな」
男1、ややいきり立って
男1「それにしたって、異常だろ、この長さは」
男2「異常かどうかもわかるもんか。初めてなんだから」
男1、声のトーンが戻り
男1「まぁ…そうだよなぁ。初めてだしなぁ」
男2「そうだよ、二度経験するやつなんかいないだろ」
男1「…そりゃそうだ。二度、死ぬ奴なんかいない」
男2「ああ、死ぬのは一度きりだ」
 間。
男1「死んだ人は、みんなこの階段昇ったのかなぁ…」
男2「どうなんだろうな。少なくとも、俺たちが死んでから、この階段までは一本道だったよな」
男1「ああ、そうだったよなぁ」
男2「ああ」
 間。
男1「…それにしても、なんだかイメージと全然違ったなぁ」
男2「全くだ。こんなに殺風景だとは思わなかった」
男1「天使も、神様も、閻魔大王もいないんだものな」
男2、やや笑って
男2「まさか、看板がひとつ立っているだけだとはな」
男1「二人で一緒に死んで、よかったかもな。一人じゃこの道はさびしい」
男2「そうかもな。でも、俺たちだけってことは、相手は大丈夫だったんだな」
男1「だってこっちは軽自動車だけど、あっちはダンプだし」
男2「どうなったんだろうなぁ、俺のワゴンR。ぐちゃぐちゃだろうなぁ」
男1「ETCつけたばっかりだったのにね」
男2「はは、まあ今更どうでもいいけどな」
男1「本当だ、ははは」
 やや長めの間。
 男1、忘れていた疲れを思い出して
男1「にしても……、疲れたなぁ……」
男2「『階段を上りきったら天国。途中で休んだら地獄行きです』、か…」
男1「不親切な看板だよ…。天国と地獄がどんな場所かくらい、書いておいてくれれば、やる気も違うのに…」
男2「まさか、こんな体力勝負の審判だとはな」
男1「それに…それにしたって、長すぎやしないか…この階段は」
男2「…まあ、地上会のそれに比べれば、確かに異様な長さだな」
男1「もう、足が思うように動いてくれないよ…」
 男2、驚き、たしなめる様に
男2「ばか。休んだら地獄行きだぞ」
男1「もう…、十分地獄だよ」
男2「いいから、休むなよ。頭を使うと余計に疲れるから、歩き続けるんだ」
男1「………」
 長めの間。
男1の声には、疲れで息切れが混じる。
男1「…大体さ、天国ってのは、そんなにいい場所なのかな」
 男2、あきれた風に
男2「知るかよ…。天国と地獄なんだから、地獄よりはいい場所だろう」
男1「もう、へとへとなんだ…。地獄でもいいから、休みたい…」
 男2、叱るように
男2「おい、何を馬鹿なことを言ってるんだ、今乗り越えれば、後は天国だぞ」
男1「今も後も…、10秒後だって歩いていられるかわからないのに…」
男2「止まるなよ。いいか、おい、止まるなよ」
男1「もう……いいよ、俺…。一人で行けよ、お前…」
男2「何言ってんだよ、歩けよ」
男1「………」
 間。
 男1、何かに気づいたように
男1「…もしかして、おかしいんじゃないのか?」
男2、またか、と呆れたふうに
男2「何がだよ」
男1「天国って言うのは、もっと、華やかで、優しくて、そういう場所だろ…?」
男2「だから、試されているんだろ。苦労に打ち勝った人だけ、天国に行けるんだ」
男1「限度があるだろ。お年よりは子供は、こんな階段昇れないだろ?」
男2「それは……、人によって長さがかわる、とか…」
男1「じゃあ、何で俺とお前が、同じ階段昇ってるんだよ。お前は中学からバスケ部、俺はずーっと帰宅部だ」
男2「ん……年齢で決まるとか」
男1「絶対おかしいぞ、これは…。もしかして、逆なんじゃないのか」
男2「逆?」
男1「そうだよ、こんな、肉体の限界を超えてまで、欲張って天国に行こうとする奴は、逆に地獄へ落とされるとか、そういうことがあるんじゃないのか」
 男2、焦るように笑いながら
男2「何…、何言ってんだよ」
男1「そうだよ。おかしいよ。天国ってのは、美しくて欲望とかのない場所だろ?『天国に行って幸せになりたい、なんとしても地獄を避けたい』とかいう、みっともない欲望を抱えながら、むらむらしながら、こんな長い階段を必死になって昇って、本当に天国にいけるのか?」
 男2、少し怒りをこめて
男2「わ…わかるかよ、そんなこと」
男1「人間って言うのは、身の丈にあった幸せをつかんで生きていくものだろう。今、自分がいる場所で、自分に合った幸せ探すものだろう。度を越えた努力をして、死ぬ気で幸せをつかむなんて、何か違わないか?」
男2「そりゃ…そうかもしれないけどさ」
男1「…むしろ、こういうのじゃないのか? どうしても天国に行きたい、とかいう、だらしない欲望を捨てて、地獄でも地獄なりの幸せを見つけよう、って悟った人に、『それによく気がつきましたね!』って、本当の道が開けるとか…!」
 男2、焦りと怒りをまじえた声で
男2「何、わけのわかんないこと言ってんだよ」
男1「俺は…、休むぞ。もう、疲れたんだ」
男2「馬鹿、お前」
男1「じゃあな…。お前はいつまでも、そうやって階段を歩き続けろよ。…もしかしたら、ここが本当の地獄なのかもな。ありもしない天国を探して、歩き続けなければならないという、苦しみの地獄…」
男2「止まるな、止まるなよ」
男1「仮に、止まった先が本当に地獄だとしても、俺はそこで、自分の幸せを見つけてみせる。それが人間ってもんだ」
男2「もう、すぐにゴールなのかもしれないぞ。後少しで…!」
 男1、悟ったような笑顔で
男1「じゃあな…。元気で」
 男1、立ち止まる
男2「馬鹿野郎!」
 男1が立ち止まると同時に、足元が崩れ、男1、奈落へと落ちてゆく。
男2「お前がいなくなったら…俺は一人で……どうやって………(だんだんトーンが下がる)」
 長めの間。
男2「あいつの顔…、幸せそうだった」
男2「あれは、安堵と悦楽の表情だ…。救われた喜びに、満ちていた…」
男2「あいつはどこに行ったんだろう…。地獄だろうか、それとも、本当に天国に行ったんだろうか…」
男2「幸せになれるんだろうか…」
男2「ああ、俺の足も、もう、限界だ…。俺も、ここまでか…」
男2「…でもいい、あいつと同じ場所にいけるなら…」
 男2が諦めかけたその時、目の前がぱぁっと光り、美しい羽を生やした女性が現れる
女性「うぇるかむとぅーざ、へぶ〜〜〜ん!」
男2「…あ…あんたは」
女性「天使ですよ〜。羽はえてるし、わかりません?」
男2「天使…?じゃあ、ここは…」
女性「おめでと〜ございま〜す!よく登りきりました〜!あなたは天国にたどりつきましたよ〜!」
男2「な…なんだって。じゃああいつは…」
女性「あら〜、残念。もう一人のかたは、地獄へ行っちゃったんですねぇ〜」
男2「やっぱり、休んだら地獄、なのか…!?」
女性「看板にそう書いてあったでしょ〜?}
男2「だって、あいつと俺じゃ、体力も違うし、同じ階段じゃあ、おかしいじゃないか」
女、きゃらきゃら笑いながら
女性「そんな、いちいち一人一人のために作れるわけないじゃないですか〜」
男2「そんな……、地獄は、地獄はどんな場所なんだ」
女、わざとらしくおどろおどろしい声で
女性「地獄はそれはそれはひどい場所ですよ〜。厳しくて辛くて恐ろしい、いいことなんか何もない、まるで地獄のような場所なのです〜」
男2「そんな…」
女性「それに比べて、天国は最高です〜!美味い料理に旨い酒。娯楽も女も最高級。年もとらないし、病気も怪我もありません!まるで天国みたいな場所ですよ〜!」
間。
男2「俺、…地獄に行くよ」
女性「彼を追って、ですか?罪悪感ですか?いいんですか〜?保障つき、絶対に、200%後悔しますよ〜?地獄は建設的な考えが持てるような場所じゃないですよ〜?噂では、永遠に『死にたい』と願い続けるような状況だとか〜」
男2「………」
女性「天国は、何でもできますよ〜?あなたの思うがままですよ〜?すべてが自分の理想通りになるんですよ〜?究極の快楽の結晶地です〜。あらゆる人間の理想郷です〜」
男2「………」

 俺は今、天国で快楽まみれの生活を送っている。
 地獄に落ちたあいつを思うと、時々胸が痛むけれど、そんなことはここでは一瞬で忘れられる。
 地獄はどんな場所だろう。俺はここから永遠に出たくない。ここは最高だ。ここは天国だ。

 ああ、気持ちいい。気持ちいい。気持ちいい。
「大体ね、何につけても僕を悪者にするのは、はっきり言って責任逃れ以外の何者でもないと思うわけですよ」
「はあ…」
「何が頭にくるってね、節分はとりわけ腹立たしいですよ。子供から老人まで、まるで素敵なイベントでも楽しんでる様な顔をして、僕に豆を投げつけて来るわけですからね」
「そう…ですね」
「大体昔からこの国じゃあ、何かよく分からないことがあると、やれ鬼だ鬼だと僕のせいにして」
「いや、本当に…」
「地獄には鬼がいるだとか、死ぬと鬼になるだとか、桃太郎でもこぶとり爺さんでも、鬼は悪者扱いですよ」
「すいません…」
「果ては、鬼畜だの、殺人鬼だの、鬼門だのと、何か悪いイメージがあれば、全部僕のせいですよ」
「はい…」
「そういうね、鬼の気持ちを慮らずに、何から何まで悪いことは他人のせいにするという姿勢の方が、よほど劣悪だと僕は主張したいわけですよ」
「まったく、まったくその通りです」
「これでもね、元は神様の眷属なんだからね、もっと畏敬の念を持って、尊ぶべきだと僕はそう言うんです」
「反省しきりです」
「口じゃあみんなそうやって反省したようなこと言いますけどね、本当に態度を改めてくれるのか、って話ですよ。どうせ節分がきたら、あなたまた私に対して豆を投げるんでしょう」
「いえ、来年の節分は、絶対にそのような…」
「ひーっひっひっひ!来年!来年だって!耐えられない!」
「………」
「来年の節分!来年の話してる!ひー!おなかが痛い!がははははは!」
「………」

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