ギガキャストでTPSがどう変わる!?|トヨタ モノづくりワークショップ2023 その2|

トヨタは「クルマの未来を変えていこう」をテーマにした「トヨタモノづくりワークショップ2023」をメディア向けに開催した。モノづくりのスタートアップ拠点となる貞宝工場に続いて訪れたのは明知工場。

 

ここは鋳造技術や鋳造部品の開発・試作拠点となるクルマ屋トヨタの要となる場所。新たなシャシー製造技術のギガキャストと、トヨタのモノづくり原点であるモータースポーツを通じて鍛えた匠の技を取材した。

 

【画像】次世代へ向けた取り組みと匠の技が生きる鋳造技術

ギガキャストで狙うものとは?

 

2023年6月のトヨタ テクニカルワークショップで公開された新たなシャシー製造技術であるギガキャスト。バッテリーEVなどこれまでとは異なるシャシー開発に生かされる製法で、トヨタ生産方式(TPS)に見基づき、生産効率を高めながら魅力のある製品をより安価に提供することを目指して開発中の注目技術だ。

 

ギガキャストとは、一般的にアルミの高圧・高速成型技術であるダイキャスト製法のうち、6000トン以上の型締力を持つものを言い、高圧・高速で射出するアルミ溶湯(溶けたアルミ)が2つ合わせにした金型を押し広げるのを“押さえつける力”が高いことを示す。

 

成形するサイズが大きければ金型も大きく、アルミをすばやく型内の隅々まで行きわたらせるために射出力を高める必要がある。

 

トヨタがギガキャストとして開発しているのは、シャシーを三分割したうちの前後のセクション。今回公開されたのはbZ4Xのリヤセクションをギガキャストに置き換えたもので、従来品とともに展示していた。

 

従来の製造方法では鉄をプレスしたものを溶接して組み上げていく。開発中のギガキャストと同じ部分を作るのに使用する部品点数は86で、組み上げる工程数は33となる。これをアルミ素材のギガキャストにすると、部品数は1、工程も1となり、製造時間は大幅に短縮される。

 

これにより20%の生産性向上を狙っているという。しかし、公開されたきれいな試作品に至るまでにはトライ&エラーを繰り返したという。つまり、この大きなアルミ成型品は一筋縄ではいかないというわけだ。

 

会場には2つのギガキャスト成型品が展示されていた。初成型品と改善したもので、初成型品はアルミがうまく行き渡らずに欠けていたり、シワがよっているところなどが多く見られた。

 

その不具合解消のきっかけが鋳造の匠のひと言だったという。高速射出されるアルミ溶湯が型の内部で分岐して合流する際に、型内の空気が抵抗となってしまったことが原因だったという。そこで流れを改善するためにあえて型内に柱状の柱を立てて整流をすることにしたとう。

 

そうした改善策をサポートするのが解析技術で、トヨタは内製のソフトを使用している。これにより必要とする情報を得るためのシステム構築を実現、細かく数値を変更したシミュレーションが可能で、課題解決がすばやく行えるのだという。

 

問題箇所を洗い出し、修正を加えた金型で再度成型したものでは見事に不具合を修正し、きれいなカタチに仕上がっていた。ちなみに成型品にあるくぼみは、アルミ溶湯を整流するためのものであって、肉抜きなど軽量化のための加工ではない。強度なども解析技術によって計算され、最適化が図られているという。

 

 

ギガキャストの金型交換もTPS

 

さて、トヨタが開発中のギガキャスト成形機は巨大である。そもそもクルマのリヤセクション丸々が一つの型なのだから当然であるが。

 

ギガキャストの成型方法はというと、まずリヤセクションを垂直にした状態で2つの金型をセット。型の下側にセットされた射出装置から溶けたアルミを高圧・高速でドンッと瞬間的に射出する。コンマ数秒で型内に一気に充てんするのだ。このとき、射出時は型内の空気をバキュームにより抜き取りアルミ溶湯にかかる抵抗を減らしているとのこと。

 

750℃で型に流されたアルミは冷却水(25℃程度)で250℃まで十数秒で冷やされる。金型が開くと、ロボットのアームが伸びてきて成型品を取り出し、別のロボットが次の成型のために離型剤を塗布する。離型剤の塗布量や膜厚なども品質を左右するという。

 

トヨタはギガキャストを量産ラインで稼働させた場合、金型の交換サイクルはおおよそ3000個ごと、週1回の頻度となると見積もる。ただしその交換作業にかかる時間はわずか20分。一般的には24時間はかかるというが、その違いはどこから生まれるのか。

 

その答えは、金型の分割。ギガキャストの大枠となる汎用型と、部品に合わせた専用型を作り、専用型だけを交換する仕組みで、TPSに基づき以前から採用している技術を転用したものだ。トヨタの説明によると汎用型がCDプレーヤーで、専用型がCD。成形型という情報を持つCDを交換するだけで、型締やアルミ溶湯の射出装置などと組み合わせるCDプレーヤーはそのまま活用する。そうすることで、コンパクトかつ最小限の型交換が可能になっているというのだ。

 

さらに、量産時には10分での型交換を目指すというから、これからどんな改善を施すのか気になるところだ。

 

ちなみにこの金型の分割方式は、それぞれの金型の組み付け精度の高さも重要なポイントとなってくるという。それも高度に管理し、汎用型と専用型の寸法は1/1000の精度で、水冷用の管をつなぐジョイントの位置関係なども含め管理することで成し得る技だという。

 

本当にコストは下がる?

 

さて、一般的にアルミの鋳造部品はスチールの板金プレス+溶接品に比べ割高になるイメージがあるが、ギガキャストの採用により、コストも抑えられるとトヨタは説明する。

 

鉄からアルミに置き換わることで原材料費はアップするが、板金プレスの製造工程や溶接工程がなくなることでコストをカット。さらに再生アルミを活用することでさらなるコストカットを図る。ただし、現在の開発においては純アルミ(インゴット)を使用しているため、不純物の混入リスクのある再生アルミは安定した品質を保てるかは現状わからないという。今後、再生アルミを使用した試験なども実施していくそうで、これらを踏まえて、まずは板金プレス同等のコストを目指すとしている。

 

ギガキャストはクルマの未来を見据えたトヨタのモノづくり改革のひとつの実験段階である。すでに試験車両に組み込んで走行試験なども実施しているそうだが、分割構造の結合方法を含めた剛性や、それに伴う操縦安定性、衝突安全性などもこれからだというので、その進捗状況についても今後、注目して待ちたいところだ。

 

モータースポーツの知見と匠の技が量産品に生かされる

 

今のトヨタの鋳造技術として、ギガキャストに注目が集まるが、量産品ではない分野であるモータースポーツを支える鋳造技術にも、トヨタの高い技術力と匠の技が注がれている。

 

エンジンブロックの主要部品はアルミ鋳造製品が主流となっていて、量産品では性能はもちろん耐久性や生産性などの効率も求められる。対するモータースポーツの分野では、ここ1発の性能や、極限域での過酷な使用条件など、量産品とは違った尺度で製品を開発。そして改良を繰り返すことがほとんどで、一度作った型が使い続けられるわけではない。そういった少量生産の鋳造部品の開発や製造を明知工場で行っている。

 

設計変更により新たな型がカタチとなるのには機械加工で40〜50日かかるというが、それでは時間がかかりすぎる。

 

そこで生かされるのが匠の技。新たな要求にすばやくするため、金型ではなく砂型を使う。その砂型の原型となるのが木型で、トヨタでは卓越した技能を身につけた匠によって型がおこされる。手加工とすることで型の製作期間は5〜10日に短縮できるという。

 

モータースポーツ用のエンジンは、高性能実現のための構造的な要求に応え、複雑怪奇な型を製作する。エンジン内部構造となる空洞を作り出す中子(なかご)と呼ばれるパーツは、砂型がカタチを保持できるギリギリの寸法だったり、設計どおりに中子を組み込むために、部品を細かく分割したりと、量産では絶対に無理なものも作り上げるのが、匠の技なのである。会場に展示されたNASCARのエンジン上部の部品では30点ほどに分割した中子が組み込まれるというから驚きだ。CAE(コンピューター解析)ではわからないところも、匠の知見や技が生かされているのだ。

 

モータースポーツで鍛え上げたエンジンの製造技術や知見は量産エンジンにも生かされているという。その一例として、2.5Lダイナミックフォースエンジンの冷却路の分割構造であるという。量産ラインでは金型の分割点数をなるべく減らすことで生産効率やコスト低減を図るが、高性能化が得られることと量産性との折り合いをつけて実現したという。

 

砂型による鋳造は機動力に優れ、それを支えるのが木型職人だが、現在では全盛期の1/4ほどの人数しかいないのだという。人が支えるモノづくりの現場への危機感はこういったところにも表れているといえる。高い技能の会得は一朝一夕では成し得ない。匠の技の継承がうまく行われることを願うばかりだ。

 

〈文=ドライバーWeb編集部・兒嶋〉