春先から噂になっていたスペシャライズドのレーシングバイク『Tarmac(ターマック)』がついに姿を現した。世界選手権3連覇をはじめ輝かしい戦績を残した「SL7」をベースに開発された『SL8』は、次世代高級バイクの方向性を示すことができたのか?

  • 前に張り出したノーズコーンがSL8のアイコンだ。

『ターマックSL8』はスペシャライズドにとって、ブランド最強の銘柄であり、最新のレーシングテクノロジーとの融合である。SL7に課された進化の方向性も過去のモデルと同様に「エアロ」「軽量化」「ライドクオリティ」の3つ。そしてSL7比で…

・距離40kmの走行で16.6秒速い
・115g軽い685g(56㎝)
・スムーズさ6%向上

以上を実現した。

軽量モデルのAethos(エートス)と、廃版になったエアロモデルVenge(ヴェンジ)のアドバンテージを吸収し、最高性能を追い求めた結果がSL8である。さすがにエートスの重量をしのぐことはできなかったが、ついにヴェンジをしのぐエアロ性能を手に入れた。

現状、SL7もライバルの後塵を拝していないが、進化を続けるのがレーシングバイクである。一方で、あまり変わり映えしない。それが第一印象でもあった。

  • 『S-Works Tarmac SL8』。

■さらに磨きのかかったハンドリング

走り出すとすぐに変化が小さくないことに気がつく。たとえばハンドリング。ターンインは鋭く、左右にハンドルを切ったときのレスポンスも早いので、車体がクッ・クッと内側を向く。フロントブレーキをかけたときのフォークの反応をみても、ブレード、クラウンなど部分的な弱さは微塵もない。

SL7のハンドリングも高い評価を得ているが、SL8では16%ほどフロント回りの剛性が向上しており、シャープさが増している。

高速から一気に減速し、フロントフォークに負荷のかかるヘアピンコーナーを抜ける。そんなシチュエーションでは抜群の性能を発揮する。ブレーキはガツンと減速し、前輪は狙ったラインをトレースする。まるでライディングテクニックが上がったような気持ちになれる。高性能なバイクは増えたが、SL8は頭ひとつ抜けている。

しかも乗り心地も悪くない。突き上げてくる振動のボリュームは大きくても、振動の収束が早いのだ。想像してほしい。道が悪くて次から次へと凹凸を越えると、ハンドルは振動し続ける。当然、乗り心地は悪いし、コントロールしにくいからハンドリングも悪い。逆に収束が早ければ、路面の状況をつかみやすく、乗りやすいというわけだ。

  • フロービズの緑色部分が空気を受けている。

■史上最強エアロバイク…だけじゃない

スペシャライズドは会社に風洞実験室を持ち、エアロは得意中の得意分野である。上の写真はF1でも使われているフロービズを使用し、一体型ハンドル(Rapide Cockpit)や、ヘッドチューブ前部を伸ばして整流効果を高めたデザインの効果をアピールしている。

ただ、空力効果だけを取り出して体感しにくい性能なので、ペダルを止めて自由落下しているときに「おっ、これは速いんじゃないの」程度しか感じられない。公表された数値を見ると距離300㎞で争われるクラシックレース“ミラノ〜サンレモ”で128秒ほど速く走れるそうだが、短い距離で速度域が低い我々が効果を強烈に感じるわけない。

  • SL7のシートポストと同寸のシートチューブ。それだけ薄く、細くなっている。

空力の性能向上を体感するのは難しくても、全体的にスリムになっているのは見れば分かる。従来はバッテリーをシートポストに内蔵していたが、SL8はシートチューブ内に収める。これはシートポストが薄くなったためで、ボトルケージ台座上側のボルトをオフセットさせるほどギリギリまで攻めた設計がなされている。

重量は115gも軽くなっており、細くなったシートステーを始め、ボトムブラケット周りやダウンチューブなど全体的にスリムになった。それでも剛性は高くなっており、重量剛性比にして33%ほど向上しているという。ヘッドチューブのボリュームが増し、同じ素材を使っていると考えると、繊維を積層する技術が大きく進歩し、素材の量を減らしているのは想像に難くない。

軽く、剛性が高くなっているのに乗りやすい。サドルで計測するコンプライアンスは6%向上しているというが、快適性の向上は数字以上に感じる。ターマックを開発するにあたって、スペシャライズドは要求性能を事前に設定し、開発初期に問題の洗い出しが可能なフロントローディングという手法を採り入れた。

下のグラフは要求性能と達成率を表しており、下の数字が積層などを見直した設計回数である。

  • プロトタイプの製作回数は53回。有限要素法や数値流体力学などを駆使して設計された。

この表から分かるのは、重量減に関しては初期の段階でクリアしている。これはエートスで培ったノウハウがあったため、早々に目標をクリアしている。50回目の試作段階ではパートごとの目標を達成しているが、ヘッドチューブとBBの剛性が最後に伸びると、フレームのパフォーマンスも伸びている。

また、軽量化よりも全体のバランスを重視しているのが読み取れるし、リアエンド部の剛性がなかなか目標に達しなかったようだ。

かくして、他のジャーナリストからも評判が良かったのはトラクション性能の向上だ。立ち漕ぎをしたときの反応性が良く、最後のひと踏みが伸びる。エートスを開発したときのノウハウが活きているのは間違いないが、エートスとは世代の違いを感じる。

ヨーロッパのトップ選手が求める性能は、我々のようなホビーライダーにとってオーバーエンジニアリングだ。しかし、必要以上の性能があるから贅沢だとも言える。

SL7だって性能的には必要十分以上だが、購入にためらう部分があった。SL8が旧型とは比べものにならないほど性能が向上したとは言わない。だが、受験にたとえるなら、数点の違いしかないものの、そこの間に合格ラインがある。そんな差がある。

デュラエース仕様で179万3000円、スラム・レッド仕様が173万8000円。もちろん安いとは言えない。しかし、アメリカ本国では1万4000ドルが正価であり、1ドル146円で換算すると204万4700円である。実は世界でもっとも安くSL8が販売されているのが日本であり、本国よりも25万円以上も安い。

そして、どれだけの価値があるかは、正式な発売を前にしているのに、すでにウエイティングリストは長くなっていることがSL8の立ち位置を物語っていると言えるだろう。

文・写真/菊地武洋