JR東海が特急「南紀」にHC85系を導入。運行初日の7月1日、「南紀1号」の発車に合わせ、名古屋駅で出発式が開催された。「ひだ」に続いて「南紀」もHC85系に統一され、JR東海管内の非電化区間を走る特急列車はHC85系が主力を担うことになった。

  • HC85系の特急「南紀」が名古屋駅12番線ホームに入線。315系と並んだ

HC85系は、駆動システムにエンジンと蓄電池(バッテリー)を組み合わせたハイブリッド方式を採用した特急車両。ハイブリッド方式の車両は他社にもあるが、HC85系はハイブリッド方式で国内初という最高速度120km/hを実現している。昨年7月に特急「ひだ」でデビューした後、多くの利用者の支持を集め、昨年9月に国土交通省が発表する第21回「日本鉄道大賞」を受賞。今年5月に鉄道友の会ブルーリボン賞も受賞した。

特急「南紀」は関西本線、伊勢鉄道伊勢線、紀勢本線を経由し、名古屋~新宮・紀伊勝浦間を結ぶ列車。これまで特急形気動車キハ85系により運行されてきたが、今月からHC85系へ置換えに。1989(平成元)年のデビュー以来、30年以上にわたって活躍してきたキハ85系は、6月30日をもってJR東海での定期運用を終えることとなった。

出発式で挨拶したJR東海代表取締役社長の丹羽俊介氏は、HC85系の車内デッキに設置された「ナノミュージアム」を活用し、三重県鈴鹿市の伝統工芸品「伊勢型紙」が展示されることに言及。車内で沿線の高校生による作品展示や案内放送が行われることにも触れ、「今後も沿線の皆様と連携し合いながら、沿線の魅力をつねに高め、新しいHC85系の『南紀』で多くのお客様に南紀地方をご旅行いただければ」と語った。

  • JR東海代表取締役社長の丹羽俊介氏

  • 三重県知事の一見勝之氏もHC85系に期待を寄せた

三重県知事の一見勝之氏も挨拶し、「来年は熊野古道の世界遺産登録20周年の記念すべき年です。その年に(HC85系が)外国人を含めた多くの観光客を三重県に運んでいただきたい」とコメント。HC85系に期待を寄せている様子だった。

8時2分、HC85系の「南紀1号」は出発式の出席者や関係者、多くの鉄道ファンらに見守られながら発車し、名古屋駅12番線ホームを離れ、紀伊勝浦駅へ向かった。出発式終了後に行われた囲み取材で、JR東海の丹羽社長は「HC85系の『南紀』への導入は大きな節目だと思っています」と発言。同社の在来線輸送サービスが新時代に突入したことを強く実感させる内容となった。

  • 沿線の高校生も出発式に参加

  • 「南紀1号」が名古屋駅を発車。この日は4両編成で運行された

出発式の取材後、筆者は名古屋駅から津駅まで「南紀3号」に乗車した。この日の「南紀3号」は4両編成で運行。最後尾の1号車のみ自由席車両、他3両(2~4号車)は指定席車両だった。

■駅での停車中にHC85系の強みを実感、その理由は

10時1分、「南紀3号」は名古屋駅を発車した。今回は指定席に乗車したが、筆者が利用した号車の乗車率は2~3割ほど。周囲を見回すと、パンフレットをもとに旅行計画を立てる乗客の姿も見られた。やはり観光客の数が「南紀」の命運を握っているように感じられる。

HC85系は昨年の特急「ひだ」以来、1年ぶりに乗車したが、キハ85系譲りの大きな窓も相まって、車内が明るい。普通車の座席は「明るいワクワク感」をコンセプトにオレンジ色を主体としており、「南紀」のイメージにも合っていると思う。

  • HC85系の普通車。オレンジ系を主体とした座席など、明るい雰囲気の車内空間に(2022年5月の試乗会にて、編集部撮影)

出発式で丹羽社長が言及した「伊勢型紙」は、洗面台横のデッキ部に飾られていた。2号車の妻面には、沿線の高校生による絵画作品の展示も。このように、車内の各所で沿線の特色を感じられる点も評価できる。

名古屋駅を発車してしばらくすると、近鉄名古屋線を走る特急「ひのとり」とすれ違った。「ひのとり」(80000系)のデビューは2020(令和2)年。近鉄もJR東海も令和生まれの車両が主役の時代になったことを印象づけるシーンとなった。

「南紀3号」はしばらく平野部を走る。しかし、関西本線に単線区間があるため、通過駅に進入するたびに速度を落とす。駅を通過すると再び加速し、その際、客室内の案内表示器でHC85系の駆動システムが紹介されるのだが、HC85系のデビューから1年経過したこともあってか、案内表示器に注目する乗客は見かけなかった。

  • HC85系の特急「南紀」が関西本線を走行

「南紀3号」は桑名駅、四日市駅の順に三重県内の主要駅に停車する。両駅とも乗降客は少ない。名古屋~桑名間で「南紀3号」は20分以上かかり、並走する近鉄名古屋線の急行とあまり変わらない所要時間となっている。特急「南紀」は名古屋駅と三重県のおもな都市を結ぶ列車として運転されているが、実態としては近鉄と競合しないエリアからの輸送を使命にした列車と考えられる。

ところで、HC85系が駅に停車している間、一時的にだがアイドリングがストップし、車内が静寂に包まれる。HC85系の強みを実感するシーンであり、通常の気動車では感じられない静寂性も同車両の特徴といえる。

四日市駅を出発した「南紀3号」は、河原田駅から伊勢鉄道伊勢線に入る。伊勢鉄道は国鉄伊勢線を起源とする第三セクター鉄道で、名古屋方面から津駅以南を結ぶパイパスとしての役割を持つ。それゆえに直線区間が多く、HC85系も100km/h以上で快走する。10時46分、伊勢鉄道で唯一の停車駅である鈴鹿駅を発車した。

10時59分、「南紀3号」は津駅に到着し、筆者はここで下車した。津駅でもHC85系に興味を持つ利用者を見かけ、改めて新型車両に対する関心の高さをうかがわせた。

  • 快速「みえ」はキハ75形を使用し、名古屋~伊勢市・鳥羽間で運行される

余談だが、特急「南紀」と同じくJR東海管内の関西本線や伊勢鉄道、紀勢本線などを走る快速「みえ」の今後も気になる。快速「みえ」に使用されるキハ75形も製造から30年が経過するのだが、いまのところ具体的な置換えの話は出ていない。HC85系が鮮烈な印象を与えただけに、キハ75形の後継車両も期待せずにはいられない。