近年、この時期に各地で豪雨災害の発生が多くなった。今夏も「令和2年7月豪雨」と命名された集中豪雨により、九州全域をはじめ、中部地方でも山間部を中心に被害をもたらした。鉄道にも影響を与え、長期間にわたる不通が見込まれる区間もある。

  • 東海道新幹線新富士駅で豪雨を想定した異常時対応訓練を実施。列車2編成を並べ、渡り板と新富士駅の中継台を活用して訓練が行われた

そんな中、JR東海は7月16日深夜から7月17日未明にかけて、豪雨を想定した東海道新幹線の異常時対応訓練を行った。実車を使って訓練が行われ、豪雨によって新幹線の列車が途中駅で停止し、通過線(本線)とホームのある待避線(副本線)に同時に列車が停まった際、通過線上の列車の乗客をいかに安全に避難させるかという内容だった。

訓練が行われた当日も天気が悪く、開始時は雨こそ降っていなかったものの、いつ降り出してもおかしくない状況だった。豪雨の中、通過線・待避線のある駅で、乗客、それも障がいのある乗客の安全も守りながら、いかにすばやく避難するか。それが今回の訓練の課題となった。

■新富士駅に設置された「中継台」を活用

訓練を行う列車は、静岡駅の5番線ホームから上り列車として発車する。駅の案内では「回送」と表示され、その後に静岡駅22時59分発の「こだま762号」(三島行)が表示されていた。この「回送」の列車に乗ることになる。使用車両はN700系。ホームでは乗客役のJR東海社員が列を作って待っていた。

  • 訓練の使用車両はN700系

  • 静岡駅で待機する乗客役のJR東海社員

  • 11号車の乗降扉は他の車両より広くなっている

11号車の扉が開き、報道関係者らが乗り込む。11号車は車いすの人でも利用できる多機能トイレが設置されるなど、バリアフリー設備の整った車両である。

22時57分ころ、列車は動き出した。車内アナウンスにて、熱海~小田原間で激しい雨が降っているため、速度を落として走ると案内があり、英語によるアナウンスも行われた。ちなみに、英語アナウンスはすでに録音されたものだという。

やがて再び車内アナウンスが入る。熱海~小田原間が運転見合わせとなり、乗車している列車も新富士駅で運転を見合わせるとのことだった。窓から見える外の景色は暗い。もしこのような場面が現実にあったなら、利用者は不安を覚えるだろう。

23時8分ころ、列車は新富士駅の通過線上で停止した。その後、「こだま762号」が新富士駅に到着し、23時11分に発車するまで、しばらく待つことになる。

  • 乗客役のJR東海社員は12号車に

  • 列車が新富士駅に着く

  • 設備保守担当者も待機している

ところで、なぜ新富士駅で訓練が行われたのか。新富士駅には、渡り板さえあれば停車中の列車を介してホームへ行き来できる「中継台」というものがあり、これを利用することで、通過線上の列車から駅に停車中の列車へ、そしてホームへ移動できる構造になっているからである。新富士駅の中継台は計4カ所あるとのこと。東海道新幹線では新富士駅の他に、掛川駅や三河安城駅にも中継台がある。

今回の訓練では、新富士駅のホームに、対応にあたるJR東海社員らが待っていた。通過線上で停止した列車は、停止位置を調整するため、少しずつ動く。その間に中継台が見えた。鉄製の頑丈そうなものだった。

  • 車内から見た新富士駅の中継台

  • ドアコックを開ける

  • 中継台との間に渡り板を置く

23時27分ころ、新富士駅のホームに列車が入ってきた。列車が2本そろったところで、訓練開始となる。

■頑丈な渡り板、障がい者も不安にさせない

今回の異常時対応訓練は、一般の乗客だけでなく、車いすの乗客、視覚障がい者の乗客、重い荷物を持った乗客がいるとの想定で行われた。

渡り板は中継台を介して2枚使用する。長さ175cm、幅75cmの板で、300kgまで対応できるため、一般的な人なら同時に4人程度立つことが可能。難病の人が利用する電動・多機能な重い車いすも、渡り板の上を問題なく移動することができる。

列車内の多目的室から渡り板とロープを出し、ドアコックを手動で開ける。折りたたんであった渡り板を開き、通過線上の列車と駅に停車中の列車との間に2組を展開し、安全のためにロープを乗降扉の手すりにかける。

まずは報道関係者らが渡り板の上を歩く。板はたわむこともなく、びくともしない。中継台は安定したホームのような硬さだ。再び渡り板の上を歩いても、危機的な状況で避難している際の不安を感じさせない。それほどに丈夫な板である。

続いて、乗客役のJR東海社員が避難する。車掌やパーサーが案内する中、一般の乗客は渡り板を歩いて移動し、無事にホームに降り立つ。重い荷物を持った人も、渡り板の上でスーツケースを押しつつ、ホームへ移動する。

  • 安全のためにロープを張る

  • 乗客役の社員たちが続々と避難する

  • 車いすでの移動は車掌に支えられる

  • 後ろ向きに降りていく

  • 重い荷物を持った人も無事にホームへ

  • 訓練を終えた後の渡り板

視覚障がい者役の社員は誘導を受け、白杖を左右に動かし、状況を確認しながらホームに降り立った。車いすの乗客役の社員も、車掌が安全確認を行いながら車いすを押され、駅に停車中の列車に入ったところで後ろ向きに方向転換し、車両とホームの間の板を下り、避難を完了した。

■JR西日本車両も含め、全車両に新しい渡り板を備える

訓練の後、取材に応じたJR東海新幹線鉄道事業本部の運輸営業部長、近藤雅文氏は、「災害などの対応能力向上をめざし、今回の訓練を行いました」と話す。渡り板などの設備はJR西日本所属の車両も含め、6月末までに整備したとの説明もあった。

新富士駅で訓練を行った理由にも触れ、「新富士駅は本線と副本線が離れているから」と説明した。そういう駅だからこそ、今回の渡り板などを使用した複雑な訓練に適していたといえる。

災害の際、駅間に列車を停車させないことは、JR東海の基本方針である。東海道新幹線の新型車両N700Sでは、バッテリーで自走することも可能だ。ただし、最新の車両でなくとも、どんな乗客であっても安心して利用してもらうことが必要である。

こうした取組みを日々積み重ねることで、どんな状況であっても誰でも安心して東海道新幹線に乗ってもらえるように努めていることがうかがえた。