【20歳の群像】第9回 カフカ

2014/6/6 12:33 ドリー(秋田俊太郎) ドリー(秋田俊太郎)

カフカ全集〈第4巻〉田舎の婚礼準備,父への手紙 (1959年)

 カフカといえば「変身」をあげる人が多いんだけど、ボクにとってカフカといえば「父への手紙」なんだ。これはとてもグッとくる作品で。どういう話かというと、カフカがオヤジに向かって「ボクはお父さんが嫌いです」ってずーっと抗議してるって手紙なんだけど、夢を追う人間がかならず通らなければならない親との対決、というのがテーマで、これがまた泣けるのである。

 カフカは生涯サラリーマンで、知名度もなく、無名だったとされている偉人なんだ。

 働きながらモノを書いていて、25歳にははじめて自分の書いたものが活字になり、本も何冊か出してる。

 でもいつまでもオヤジの存在がカフカの人生を牛耳っていて、どういうオヤジかというと、シンプルに「怖い」のである。父権主義まる出しのオヤジで、わしの目の黒いうちは・・・とか言いながらちゃぶ台ひっくり返してきそうな古風な性格で。カフカとは正反対。だからあるときカフカが意を決してオヤジへ「物申す!」みたいなノリで抗議文を送るんだけど、もうビクビクしっぱなしなんである。

 冒頭からいきなり「あなたがねずみとかだったらよかったけど、父親とかやばいです。怖すぎます」って、もう弱腰全開で。

 いまからいろんなこと言いますけど、別にお父さんに責任があるとかそういうことじゃないんです、どっちが悪いとかそういうことじゃないと思うんです。お父さんはもともと親切でやさしい人なんです、とかいって、おだてながら、責任の所在をあいまいにして、オヤジが怒らないように細心の注意をはらうビビりまくりのカフカなのである。

 ぼくの様なとるに足らぬ人間が・・・(p318)

 とかいってたり・・・抗議文なのにこの「自虐性」「腰の低さ」
 クリエイティブ繊細系男子のカフカの真骨頂である。

 ところがオヤジはたたき上げの商売人で文学性のかけらもない生粋の肉食系男子。カフカが本出しても知らん顔。どこにも共通項がなく、合うはずがない。しかし同じところにいれば、かならず繊細系男子は肉食系に食われてしまうのも自然の摂理。カフカは子供のときからオヤジに食われ続けてきた。子供のときに水がほしいと泣いたら、外に放り出され、それ以来、トラウマになって、カフカは何年もオヤジ恐怖症に悩まされることになるんだ。

 トラウマになったんだよ!と抗議するカフカ。しかしここでもカフカの腰の低さが炸裂する。


 ぼくはそれがまちがっていたと言うのではありません。(P301)

 ぼくたち二人のどちらにも罪はないのだということも、多分ここで一番はっきりしましょう。(p339)

 
 もうこれが抗議かと思うと、泣けてくるだろ。哀しすぎる。弱すぎる。

 しかし、このコブシを振り上げたり、ひっこめたりする姿に、クリエイティブ繊細系男子のめいいっぱいの抗議する意思を感じて、深く胸を打たれるんだ。
 

 あなたの気に入らないことを、ぼくがやりはじめたとします。そんなことができるものかといって、あなたは脅かします。ところが、あなたの意見に対する尊敬は絶大なものですから、もちろん少したってからのことですが、失敗は防ぎきれないということになるのでした。ぼくは自分の行動についての自信を失いました。


 肉食系の父親からの恐怖にとらわれ、自己評価が低くなってしまったカフカ。

 夢をひたむきに追うものは、かならず親と対決せざるをえないのだが、カフカはそれを36まで先延ばしにしてきた。いつかは向き合わなければならない親問題。

 夢を応援してくれる親なんて、めったにいない昨今、本書はそんな親との関係性を見つめる上でもひじょうにためになるし、クリエイティブ繊細男子が、勇気を出して肉食系に立ち向かっているというこの勇士、カフカのビクビクおどおどっぷりを、とくと見てほしいものである。

 少なくともボクは泣いた。