『下剋上球児』「夏に一勝」の行方は?黒木華“山住”が球児からもらった通知表

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『下剋上球児』「夏に一勝」の行方は?黒木華“山住”が球児からもらった通知表

生徒には、毎学期、通知表が渡される。ならば、先生にくだされる通知表とはなんだろうか。

きっとあの嘆願書が、南雲脩司(鈴木亮平)への通知表だ。そこに並ぶ、見覚えのある、たくさんの名前。彼/彼女らにとって、南雲はやっぱり“先生”だった。

日曜劇場『下剋上球児』(TBS系、毎週日曜21:00~)第6話。「夏に一勝」を懸けた忘れられない試合が幕を開けた。

誰かのためにという想いが、底力を引き出す

テレビの前で、思わず拳を振り上げた。9回裏、4-3。同点のランナーが2塁に出たところで、バッターボックスに立ったのは、山住香南子(黒木華)の横浜青隆高校時代の教え子・椎野陽大(松本怜生)。ザン高野球部に挑発的な態度をとる因縁の相手だ。

一打同点のピンチ。椎野のピッチャー返しをショートの富嶋雄也(福松凜)がキャッチ。椎野をアウトにとり、飛び出した2塁ランナーも挟殺。ザン高は、目標の「夏に一勝」をなし遂げた。

12年ぶりの1回戦突破。その勝利を、球児たちは誰も一瞬信じられていないようだった。山住が叫び、南雲が吠え、応援席が歓声で湧く中、球児たちだけが目を丸くして、お互いの顔を見合い、ようやく勝利を実感し、抱き合い、喜びを分かち合う。

ここまで長い道のりだった。去年の敗北と共に南雲は部を去り、彼らは指導者を失った。それでも、山住のもとで練習に励んだ。毎日勤勉だったわけではない。時にはサボることもあった。山住から言われた食事指導を守らないこともあった。

だけど、逃げ出す者は誰一人いなかった。地区大会初戦。彼らは本気だった。胸にあった想いは、2つ。ここで一勝して、南雲に戻ってきてもらうこと。そして、この1年間支えてくれた山住に勝利をプレゼントすること。

不思議だけど、人って自分のためだけでは頑張りきれなくて。挫けそうなとき、あと一歩の力が及ばないとき、奮い立たせてくれるのは、底力を引き出してくれるのは、誰かのためにという想いだ。あのとき、彼らはみんな、自分のためだけじゃない、南雲のために、山住のために戦っていた。想いが、彼らを強くした。

1年前の悔しさを、犬塚は自分の力で乗り越えた

それだけじゃない。1年前の悔しさが、歯を食いしばる力になった。エースの犬塚翔(中沢元紀)だ。去年は8回で打ち崩された。甘くなったボールをスタンドに返され、無念の途中降板となった。9回表、同点のチャンスで迎えた最後の打席もあとわずかでスタンドに届かず、レフトフライに終わった。あの敗北は、エースとしての地力の差。犬塚はずっと自分を責めていたのかもしれない。それが、エースナンバーを背負う者の責任なのだ。

だからこそ、この試合だけは最後まで投げ切りたかった。ラストの9回は、犬塚の執念だ。犬塚は、自分の力で過去の自分を超えたのだ。

キャッチャーからショートにポジションが変わった富嶋もそうだ。あそこで富嶋がライナーを止められていなかったから、試合の流れは変わっていた。敗北の涙を流していたのはザン高だったかもしれない。富嶋がいたから勝てた。日沖壮磨(小林虎之介)の加入で正捕手の座は譲ることになったけど、決して彼の3年間は無駄じゃなかった。真面目な富嶋だから生まれたナイスプレーだった。

試合に挑むナインの顔つきは真剣で。勝利に歓喜する笑顔は自然で。何度つくりものだと言われても信じられない。この世界のどこかにザン高野球部はいて、本物の試合をそのまま見せられているような錯覚に陥ってしまう。

だから、テレビの前で南雲と同じように、つい拳を振り上げてしまった。夜中に「よし!」と声をあげてしまった。拳に食い込んだ爪の痕は、熱戦の証。視聴者さえも観客席の一員に変えてしまう力が、『下剋上球児』にはある。

そして何より感動したのが、球児たちがベンチに引き上げるシーン。彼らはいの一番に「山住先生!」と声をあげた。南雲ではない。この一勝は、今まで一緒にやってきた山住に捧げる一勝だったのだ。僕は、それがうれしかった。

確かに南雲に比べたら頼りないかもしれない。ノックもできないし、采配にも迷いが出る。山住自身、球児たちが心のどこかで自分より南雲を頼りにしていることは感じていただろう。自分の力不足を、卑屈に思う日もあったかもしれない。

それでも、山住がいなければ、彼らはここまで来ることができなかった。自分たちがグラウンドに立てているのは、山住がいるから。そのことを、球児たちがいちばんよくわかっている。だから、真っ先に山住の名を呼んだ。

もしも先生に通知表があるならば、山住に渡された通知表はあの瞬間なんだと思う。どんなに他の高校が笑っても、ザン高野球部の監督は山住。通知表を開いたら、威厳は2だったり、統率力は3だったりするかもしれない。でも、絆の深さは間違いなく5だ。

部活の価値は、甲子園に行くことだけじゃない

そんな試合の陰で、球児たちの横顔もまた瑞々しく描かれた。南雲の処分軽減を求める嘆願書。発起人は、楡伸次郎(生田俊平)だった。やる気にムラがあり、何を考えているかよくわからない楡だけど、楡は楡なりに南雲を慕っていた。根室知廣(兵頭功海)だけを特別扱いしていることにちょっと不満そうだったのも、楡のやきもちだろう。可愛らしいやつだ。

だが、ちょっと危なげなところも。予告を見る限り、次回は楡が波紋を招くことになるようで、目が離せない。

一方、引っ込み思案だった根室にも変化が生まれている。南雲のアドバイスでサイドスローからオーバースローへ。犬塚にフォークの教えを乞うなど、今まで以上に前のめりになっている。試合のときも、犬塚の背番号「1」に特別な視線を向けていた。芽生えはじめたエースナンバーへの憧れ。今後は、犬塚と根室がエース争いを演じることになりそうだ。

さりげなくグッと来たところと言えば、南雲に勝利を報告するシーン。みんなが会心の笑顔を見せる中、唯一顔をクシャクシャにして泣いていたのが野原舜(奥野壮)だった。部員の中でも一際チャラついた性格で、椿谷真倫(伊藤あさひ)にスタメンを奪われたときは試合をすっぽかすなど、南雲や山住にいちばん悪態をついていたのが、野原だった。

そんな野原が泣いていた。もともとは幽霊部員で、きっと何かに一生懸命になることなどない人生だった。なんだったら一生懸命になっている人を笑う側の人間だった。それが、今では自分が泥まみれになって白球を追いかけている。彼はこの3年間で知ったのだ、一生懸命になることの素晴らしさを。現時点で3年生である以上、野原の野球部生活が長くないことはわかっている。彼に、甲子園の「下剋上」は訪れない。それでもきっと野原の3年間に後悔はないだろう。

野原だけじゃない。すでに卒業しているにもかかわらず、まるで自分たちのことのように「夏に一勝」を喜んでくれた日沖誠(菅生新樹)らOBも同じだ。部活の価値は、甲子園に行くことだけじゃない。勝っても負けても、夢に届いても届かなくても、そこで自分が何を得たか。どれだけ強い自分になれたか。野原も誠も決して夢敗れたルーザーではない。自分だけの勝利を掴んだウィナーだ。

部活は、教育の一環。だから、高校野球は美しい。そして、笑って、怒って、時にはへこたれながらも、土埃にまみれ、眩しく輝く彼らの姿に、僕たちも人生で大切なことをたくさん教えてもらうのだ。