『VIVANT』林遣都から役所広司へ、明かされた乃木卓=ノゴーン・ベキの半生

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『VIVANT』林遣都から役所広司へ、明かされた乃木卓=ノゴーン・ベキの半生

いよいよ誰が正義で、何が悪なのかわからなくなってきた。

テントの幹部の地位に上りつめた乃木憂助(堺雅人)。その先で待っていたのは、テント創設の裏に隠された父の物語。

日曜劇場『VIVANT』(TBS系、毎週日曜21:00~)第9話は、ノゴーン・ベキ(役所広司)の“エピソード0”というべきストーリーだった。

テントは、卓が自分の家族に果たせなかった夢を叶える場所だった

警察官だったベキ=乃木卓(林遣都)はなぜテロ組織のリーダーとなったのか。ふたりの息子を前にベキは40年前の真実を語り出した。

バルカ共和国の内乱を阻止すべく、農業使節団と偽り、諜報員としての任務に就いた卓。現地の人々と信頼を築き、荒地を農地に変えた卓は“緑の魔術師(ノゴーン・ベキ)”と親しまれるようになった。

妻・明美(高梨臨)との間に子も授かり、幸せに包まれた人生を送っていたはずだった。だが、スパイである卓に穏やかな日々は続かない。諜報員であることを勘づかれた卓は、武装勢力の標的となる。日本の公安に助けを求めるも、目の前で見捨てられ、囚われの身に。息子の憂助はさらわれ、執拗な拷問に遭った末、明美は命を落とした。

バトラカ(林泰文/17歳時:今井柊斗)の助けにより一命を取り留めた卓は、離れ離れとなった憂助を必死に探し続けるが、4年に及ぶ捜索の末、憂助と同じ年頃の子どもが死んだと知り、絶望の底に突き落とされる。

そんな中で出会ったのが、まだ生まれたばかりのノコル(成人後:二宮和也)だった。残された命をこの子を守るために使おう。再び命の火を灯した卓は、バトラカと力を合わせ、武装化。その腕前が評判を呼び、周囲の村から護衛の仕事を請け負うようになり、テントと名をつけ、組織を拡大させていく。

だが、決してテントの目的は侵略ではない。幼い子どもたちを守り、大切な者同士が家族として肩を寄せ合い生きる場所をつくること。テントは、卓が自分の家族に果たせなかった夢を叶える場所だった。孤児院を運営するのも、別れた息子の面影を重ねていたからだろう。ノゴーン・ベキは、極悪卑劣なテロ集団の首謀者ではなかった。

「敵か味方か、味方か敵か。」が本作のキャッチコピーだが、おそらくこの第9話を観た多くの人がベキ側に“寝返った”気がする。それほどベキの半生には惹きつけられるものがあった。

学帽の似合う線の細い美丈夫が、海を渡り、髭を生やし、井戸を掘り当てたことを顔をくしゃくしゃにして大喜びする。2年に及ぶ滞在生活ですっかり顔は日に焼け、泥が似合うようになった。バルカの人々から「ノゴーン・ベキ」とシュプレヒコールを受け、照れくさそうに相好を崩す豊かな目尻の皺はいかにも人が良さそうで、生まれたばかりの子を抱く目は幸せに満ちていた。

ダイジェスト的なシーンの積み重ねであるにもかかわらず、乃木卓の生きた人生が確かに視聴者の胸に降り積もる。だからこそ、妻と子を失った後の変貌に息が止まる。

妻を死に追いやった武装勢力の一員を睨みつける目は、心をなくした獣のように鋭く光り、銃で撃たれて倒れ込んだときの白目は、まるでその肉に本物の銃弾が撃ち込まれたかのようにリアルだ。

憂助が生きていることだけを信じて荒野を彷徨うそれはもはや狂気すら漂い、やつれた頬に大きな瞳だけが一縷の望みのように光るから、余計に痛ましい。

そして、息子の消息をやっと掴んだと思いきや、その死を知らされる。天国から地獄へ。最後の希望を断たれた卓の目は、生きている人のそれではなかった。

息を呑んだのは、生きる意味を失った卓にバトラカが食事を供するシーン。もう気力さえ尽き果てているのに、瞳だけがいやに美しい。それは、見上げた星々の光を反射しているようにも見えるし、夜空に亡き妻と息子の姿を映し出しているようにも見える。だから、瞳だけが光って見えるのだろう。心臓はまだ動き続けていても、心はもうここにないことを、林遣都が星のような目で表現する。

そこから再び這い上がり、銃を構えたときの鋭利な眼差しにもぞくりとさせられる。その冷え切った目には、自分たちを見捨てた日本に対する復讐心が青い炎となって揺らめいていた。

最低限の台詞と出番だけで、卓の半生を雄弁に語った林遣都の演技と、激しい心の揺れ動きを抑えながら、淡々と自らの歩みを振り返った役所広司の語りによって、約30分ほどの回想ながら、ノゴーン・ベキの人物像が一気に鮮明となる。結果的に、阿部寛二階堂ふみといった主要人物の出番が一切なかったにもかかわらず、集中力を切らせることなく視聴者を最後まで惹きつけた。最終話に向けて、大きなピークポイントをつくった回だったと思う。

ベキは本当に日本に復讐するつもりはないのか?

だが、物語そのものはまだ先が見えない。テントが極秘裏に進めていたフローライトの採掘計画が、政府側に漏れた。ノコルは憂助に疑いの目を向け、黒須駿(松坂桃李)と共に吊るし上げにする。ベキの詰問に、憂助は別班の任務でテントに潜入したことを認めた。この事態を憂助はどう切り抜けるのか。すべては最終話に託された。

最終話に向けての大きな謎は2つ。1つは、フローライトの採掘を政府側に漏らしたのは誰かということ。憂助がスパイとしてテントに潜り込んだことはその通りだろうが、情報を売ったかどうかはまだわからない。他に裏切り者がいてもおかしくはないだろう。

もう1つは、残りの別班メンバーが生きていたことをテント側に密告したのは誰かということ。あれだけの映像を撮れるということは、病院内部にテントのモニターがいるということだろうか。となると、最も怪しいのは柚木薫(二階堂ふみ)となる。突然憂助に好意を持っている素振りを見せたり、薫の言動はどうにも信用ならない。一方で、死の砂漠を横断する中遭難するなど、モニターだとしたらあまりに危険な橋を渡りすぎている面もあり、今ひとつモニターだと断定するだけの決定打に欠けている。仮に薫がテント側の人間だとしたら、なぜテントに加わったのか。もしかしたら彼女も孤児院で育ったのかもしれない。いずれにせよ私たちがまだ知らない一面を隠しているような気はする。

ベキは、日本に対する報復の気持ちはないと言ったが、その言葉を額面通りに受け取っていいかはわからない。4年ぶりに帰った家で、卓は家宝の日本刀を抜いた。その目は、はっきりと復讐を決意していたように思う。そこからの平穏な日々で憎しみの棘が抜けることもあるかもしれないが、だとしたら物語的に考えても明美に「復讐して」なんて言わせないように思う。あれは、卓にとって生きるよすがとなった言葉だ。テントは、やはり日本にテロを仕掛けようとしているのではないだろうか。

また、回を重ねるごとに出番が減り続けている野崎守(阿部寛)の存在が気になってしょうがない。阿部ちゃんのウィンクが見られなきゃ、もはや『VIVANT』ではないではないか。最終話で阿部ちゃんはウィンクをしてくれるのか。ある意味、別班とテントの決着よりも気になる問題だ。

いずれにせよ、日本の連ドラの枠を超えたスケールで魅せ続けてくれた『VIVANT』が最後にどう風呂敷を畳むのかは、多くの連ドラファンの注目の的。はたして『VIVANT』は日本のドラマ制作の常識を変える一作となりうるのか。その審判は、来週下される。