プーチン露大統領は、元FOXニュースの司会者のインタビューを受けた、これは情報戦の一環なのか......(写真:SPUTNIK/時事通信フォト) プーチン露大統領は、元FOXニュースの司会者のインタビューを受けた、これは情報戦の一環なのか......(写真:SPUTNIK/時事通信フォト)
ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。この連載ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT OpenSourceINTelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索していく!

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2月8日、プーチン露大統領が、元米FOX TV司会者のタッカー・カールソンのインタビューを受けた。そこでプーチンの放った言葉は、地球の未来を左右するかもしれない。

――佐藤さんから頂いたプーチンのインタビューのロシア語を日本語に丁寧に翻訳した資料を読みました。

プーチン大統領は、『私の理解ではあなたはかつて、その組織で働きたがっていました。CIAがあなたを雇わなかったのは幸いだったかもしれません』と、カールソンがCIAに就職しようとして落ちた事実を調べてあった。怖いインタビューでした。プーチンがこのインタビューを受けた目的はなんですか?

佐藤 カールソンは非常にトランプに近い人です。だから、米大統領選が盛況となり、しかもウクライナ戦争開戦2周年を迎える直前に、プーチンはトランプが大統領に当選する可能性を踏まえて必要なシグナルを出してきたということです。

――そのシグナルとは何ですか?

佐藤 戦局がロシアにとって有利な状況にあるいま、プーチンはこの戦争を手仕舞いする可能性を模索し始めたんです。一言で言うと「交渉を始める用意がある」と。そして、それは2022年の「イスタンブール合意」に戻らなければならないということです。

――イスタンブール合意は、22年3月末にトルコの仲介で、ロシアとウクライナが直接対話した和平合意ですね。そのイスタンブール合意が駄目になった理由を、プーチン大統領はこう言っています。

「私たちはイスタンブールでウクライナと交渉し、合意しました。しかも、交渉グループのトップであるアラハミー氏は、(中略)今でも与党の派閥のトップです。彼はまた、ラーダ(国会)で大統領の派閥を率いています。この文書にも署名しています。

<私たちはこの文書に署名する準備ができていたが、当時の英国首相ジョンソン氏がやってきて、ロシアと戦争したほうがいいと言って、私たち(アラハミー氏たち)を説得した。ロシアとの戦いで失ったものを取り戻すために必要なものはすべて与えてくれる。そして我々はこの提案に同意した>。いいですか、アラハミー氏の発言は公表されていました。彼はそれを公言しました」

ジョンソン元英国首相の横やりが入り、和平は成立しなかった。これはなぜですか?

佐藤 ジョンソン元英首相が4月9日に首都キーウへ予告なしにやって来て、「戦え」となり潰れた話ですね。英国にはこの戦争を続ける事に利益があったわけです。それは、英国が考える"世界秩序"に貢献すると思ったからでしょう。

――その世界秩序とは、米国とは違うモノですか?

佐藤 大体一緒です。やはりNATOの中で主導権を握っているのは米国。そして英米同盟ですから。この戦争の継続に英米が強い関心を持っていたということですよね。

――ただ、その英米の米の強い関心はいま薄れて、軍事支援がかなり少なくなっている。

佐藤 そうですね。

――で、ここもビビりました。

「カールソン:誰がノルドストリームを爆破したのですか? 
 プーチン:もちろん、あなたです(笑)。 
 カールソン:あの日は忙しかった。私はノルドストリームを爆破していません。 
 プーチン:あなた個人にはアリバイがあるかもしれませんが、CIAにはそんなアリバイがありません」

「もちろん、あなたです」と眼前でプーチンに言われたら、そりゃ震えますよ。

佐藤 ですね(笑)。そしてその時に、なぜプロパガンダ戦をやらないか聞いたところ、米国とそれをやったら不利だからとやらないと言っています(笑)。

――ここですね。プーチン大統領は、こう言っています。

「プロパガンダ戦争でアメリカに勝つのは非常に難しいです。なぜなら、アメリカは世界中のメディアと多くのヨーロッパのメディアを支配しているからです。ヨーロッパ最大のメディアの最終的な受益者はアメリカの財団です」

それでも、プーチンは余裕なんですよね。

「結局のところ、爆破されたのは『ノルドストリーム1』だけではありません。『ノルドストリーム2』は被害を受けましたが、1本のパイプは健在で、ヨーロッパへのガス供給が可能です。準備はできています」

米国などから高いLNG(液化天然ガス)を買わずとも、いつでも適正価格で売りますと。戦争開始直後、欧米はロシアに対して徹底的な経済制裁したけど、効いてないようです。

「人民元での決済は約3%でした。今はルーブルで34%、人民元で同程度の34%と少しを決済しています。

なぜアメリカはこんなことをしたのでしょうか? 傲慢としか言いようがありません。おそらく、(ロシアの)すべてが崩壊すると思っていたのでしょうが、何も起こりませんでした」

何も起こらなかった、と。 

佐藤 そうですね。

――米国民に対して、プーチンはカールソンを通じてこう言葉を投げかけます。

「ウクライナは今日、確かにアメリカの衛星国です。それは明らかです。本当に、誰かに悪態をついたり侮辱したりするような言い方にはしたくないのですが、私たちは何が起こっているのか理解していますよね?

720億ドルという資金援助が行われ、ドイツが2位、他のヨーロッパ諸国も数百億ドルをウクライナに提供しています。武器も大量に流れています。

ウクライナの現指導部に言ってください。『聞け、座って交渉しよう。愚かな大統領令や命令を取り消して座って交渉しよう』と。私たちは拒否しませんでした」

佐藤 ロシアと交渉して、ウクライナ戦争を終結させることが米国の国益に適うとの見方をプーチンは示しました。明らかにトランプが次期米大統領になることを考慮した戦略的発言ですよね。

――"トラ&プー"世界への布石ですね。トランプ相手が相手だと、交渉開始は来年1月11日以降になります。すると、もしかしたら、ウクライナは首都を露軍に攻撃されて陥落するかもしれない。

今、休戦した方がいいのではないですか? そもそも、そのウクライナとの休戦協定は何を合意したのですか?

佐藤 中立化と非ナチ化です。その条件が担保されるならば、開戦当初の2月24日の線まで下がると。

――それ、今のウクライナには有利な条件ではないですか。このカールソンの取材のオファーに、プーチンはなぜ乗ったのですか?

佐藤 彼はFOXニュースをトランプ寄りだという理由で辞職に追い込まれました。この取材が実現したのは、カールソンがプーチンに近いということではなくて、お互いに役に立つので使っているということです。

――小さなWin-Win関係がここに成立しているということですか?

佐藤 そういうことです。

――米国民は「プーチンは結構いいやつなのでは」などと思うようになってますかね?

佐藤 むしろ「カールソンは裏切り者だ。敵の媒体に何で出ているんだ?」となっています。だから、入り口の議論だけで、中身まで入っていません。「どうせ、嘘つきの言うことを聞いてもしょうがない」というのが米国の標準的なスタンスです。

――トランプとバイデンの選挙戦と同じですね。入り口論だけで、中身を見ない。

プーチンのこの言葉がいいですね。

「なぜアメリカ兵がウクライナで戦わなければならないのか理解できません。そこにはアメリカからの傭兵がいます。(中略)これがアメリカに必要なのでしょうか? 何のためにですか? 国の領土から何千キロも離れています! もっと他にすることはないのでしょうか?

国境問題、移民問題、33兆ドルを超える国家債務の問題があります。やることがないから、ウクライナで戦わなければならないのでしょうか?」

遠いウクライナ国境で頑張るより、もっと近いメキシコ国境をなぜちゃんとやらないの?と言っている。トランプ支持の米国民ならば、その通りだと思いますね。

佐藤 その意味において、プーチンは完全に米国の内政を見ています。プーチンは、このインタビューで世論全体に影響を与えるという発想ではなく、対象は政策意思決定者、いわゆる政治エリートに対するメッセージとして発言しているのです。

次回へ続く。次回の配信は2024年3月15日(金)予定です。

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佐藤優

佐藤優さとう・まさる

作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞

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小峯隆生

小峯隆生こみね・たかお

1959年神戸市生まれ。2001年9月から『週刊プレイボーイ』の軍事班記者として活動。軍事技術、軍事史に精通し、各国特殊部隊の徹底的な研究をしている。日本映画監督協会会員。日本推理作家協会会員。元同志社大学嘱託講師、筑波大学非常勤講師。著書は『新軍事学入門』(飛鳥新社)、『蘇る翼 F-2B─津波被災からの復活』『永遠の翼F-4ファントム』『鷲の翼F-15戦闘機』『青の翼 ブルーインパルス』『赤い翼アグレッサー部隊』『軍事のプロが見た ウクライナ戦争』(並木書房)ほか多数。

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