ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。

それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。

そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。

* * *

駒込で午後の4時からという、場所も時間もなんだか珍しい打ち合わせに間に合うために、朝から必死で原稿を書いていた。

それがひと段落し、ひとまず駒込駅へ向かってしまって、着いたのが午後2時半ごろ。朝も昼もうっかり食べ逃しているから無性に腹が減っている。ランチタイムというにも微妙な時間だけど、なにかぐっとくる店はないだろうか。と、しばらく街を徘徊していると、ある横道からふわりと、なんともたまらないだしつゆの香りがただよってきた。本能のままに角を曲がると、そこには「一◯そば」という、小さな路麺店(椅子ありも含む立ち食い系そば屋の総称)があるのだった。

「一◯そば」 「一◯そば」

駅前ではなくて、どちらかというと地味な立地。でありながら、この時間に行列ができている。かなりの人気店なんだろう。僕は行列は苦手だけど、こういう店ならば開店も早いだろうし、なによりもう、この店への興味がすでに高まりすぎている。よし、ここで遅いランチをとることにしよう。

入口横メニュー  入口横メニュー
入店を待ちながらメニューを見ると、かけそばが270円、もりそばが300円と、相当にリーズナブルな路麺店価格。さらに「普通」の他に「小盛り」「大盛り」があるのが嬉しく、小盛りのかけそばならば、なんと140円だ。定食屋のサイドメニューならいざしらず、外食で主食が140円で食べられる店って、なかなかないんじゃないだろうか。

なんと良心的なんだろう  なんと良心的なんだろう

さらにメニューを見てゆくと、路麺店には珍しく、田舎そば風の「太蕎麦」もあって、それにでっかいゲソ天をのせた「ジャンボゲソ太蕎麦」が名物らしい。これしかない! と、心に決め、5分ほど待って入店。

これしかない  これしかない

ところがいざジャンボゲソ太蕎麦と注文すると、「すみません、もう終わっちゃったんです」とのこと。どうやらランチ帯だけ営業する店らしく、僕がやってきたのがそもそも営業時間ギリギリだったのだ。残念。となれば、表のメニューのいちばん上に、これまた名物とあった「とり天」そばかな。さらに、なんだか今日は無性に腹が減っているから、壁に貼ってあるメニューから、かき揚げ様の「スタ天」も追加してしまおう。もちろん、太蕎麦で。

「とり天そば(冷)」(500円)と「スタ天」(170円)  「とり天そば(冷)」(500円)と「スタ天」(170円)

おお、これは大迫力。巨大な天ぷらふたつとたっぷりのねぎで、麺がまったく見えない。それらの具材をいったんかきわけてみてご対面する、太麺のそばが、想像以上の迫力で思わずテンションが上がる。

ふ、太い!  ふ、太い!

具材や麺に自信があり、それを味わわせるためだと思われる、あっさりめできりっとしたつゆ。それを絡めてそばをすする、というよりは、箸でつかんで口のなかに押し込むと、路麺店どころか田舎そばを売りにする専門店でも味わったことがないくらいの、わっしわしの食感が口中で踊る。これはいい! 最強のエンターテイメントそばだ。

スタ天&とり天  スタ天&とり天
さらに天ぷら。まず、名物のとり天がうますぎる。ケンタッキーのチキンをふたつつなげたくらいの巨大さでありながら、サクサクの衣のなかの鶏肉は、ふわふわとやわらかい。そこに、絶妙な塩胡椒風味が効かせてあって、これだけでごはんのおかずにも酒のつまみにも最高に違いない。そんな天ぷらを、極太そばと合わせて食べる楽しさ。

スタ天は「スタミナかき揚げ」の略称で、具材は、にんにくの芽、にんにく、鶏肉、玉ねぎ、にんじんだそう。にんにく風味がこれでもかと香るザクザクのかき揚げに、珍しく鶏肉まで入っている。とり天とかぶりはしたが問題ない。なぜなら、もうめちゃくちゃにうまいから。 個人的に、そして職業的に、酒のない外食というのは珍しいけれども、そんなことも忘れて夢中で食べつくした。

味変に唐辛子  味変に唐辛子

卓上に輪切りの鷹の爪があるのにもこだわりを感じて、辛党の僕にはそれがまた嬉しい。途中でたっぷりとかけて味変し、思わずつゆの一滴残らずまで飲み干してしまった。 路地裏にひっそりとある路麺店でありながら、驚きと感動の連続だった名店「一◯そば」。こういう出会いがあるから、知らない街を歩くのはおもしろい。 ぜひまた早い時間に訪れて、ジャンボゲソ天を味わってみなくては。

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パリッコ

パリッコぱりっこ

1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。
著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。2022年には、長崎県にある波佐見焼の窯元「中善」のブランド「zen to」から、オリジナルの磁器製酒器「#mixcup」も発売した。
公式X【@paricco】

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