世間を騒がせた大手飲食チェーンでの迷惑動画事件では、投稿者だけでなく企業側も重大な損失を被ったことは記憶に新しいところ。採用においても、企業は候補者の人間性やネットリテラシーに、よりセンシティブになっています。この連載では現役の調査員が、採用調査や問題社員のリスク調査といった「企業調査のリアル」をお伝えします。

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「これはヤバいぞ……」思わず調査員がつぶやくほど、O田氏のTwitterには、関係者が見れば自分たちのことだと一目でわかる内容が溢れています。休職中のO田氏の言動に不審な点が見られ、会社や取引先に対する中傷など問題行動が懸念されるという理由でSNS調査を依頼してきた上司の勘は当たっていました。

突然の休職、引継ぎのない残務処理に大わらわの同僚が見つけたものは

O田氏の勤務先は、その業界では大手の製造業で、O田氏は入社3年目の社員です。入社後、営業2課に配属されましたが、2課の営業先は叩き上げの自営業など「一見、荒っぽく、親密な関係を築くことで深い信頼を得られれば、非常に協力的であり、大きな契約も取れる」といった性質の顧客の割合が高いという特徴があります。

無口でおとなしいO田氏の営業成績は最下位ではないものの下から数えたほうが早く、2年目に入ってから、体調不良を理由に時々欠勤するようになりました。本人の希望に加え、上司のM沢氏の「淡々としていて感情が読み取れず、取引先の懐に入り込んで関係を築くことが難しいようである。しかし真面目で黙々と作業を行うことは得意であることから、本人が希望する管理部門での活躍が期待できる」という判断もあり、経理部に異動しました。経理部では顧客から怒鳴られることも、月末に数字が取れず上司や先輩からチェックや指導を受けることもなく、穏やかに日々を過ごしているように見受けられました。ところが年明け、突然体調不良を理由に欠勤し、その月に心療内科の診断書を添えて休職を開始したのです。

診断書にはある診断名と、「これ以上の悪化を防ぐために当分の間、休職したほうがいい」という医師の所見が書かれていました。年度末を前に休職されるのは、職場としては痛手でありますが、メンタルの健康は大切であることから現上司T橋氏は快諾、O田氏の担当業務を他のメンバーで分担することにしました。突然の休職であったことから、書類、資料、進捗状況が不明な点もあり、同僚がコンタクトを試みたのですが、連絡がなかなか付きません。やむをえず、O田氏のデスクやファイルに手を伸ばした同僚が見たのは、「クソが」「制裁」などと殴り書きされたメモやノートでした。

同僚は冷静な人物で、必要以上に騒いだり、他のメンバーに言いふらすこともなく、上司にのみ、そっとそれらを見せました。T橋氏が、この件についてどう対処するべきか考えあぐねていたところ、O田氏の前上司であるM沢氏からT橋氏に「久しぶりに一杯行かないか。ちょっと聞きたいことがあるんだ」と電話があったのです。そこでM沢氏から告げられたのは……。

取引先の「これ、お宅の社員じゃないよね?」の一言に震えあがった上司

営業2課には数人、優れた営業成績をおさめる花形営業マンがいます。そのうちの1人であるT田氏はO田氏の1年先輩に当たります。彼が、可愛がってもらっている取引先の奥さんからこう耳打ちされたというのです。「変なことを言うと思われるかもしれないけれど……これ書いてるの、あなたの会社の人じゃないわよね?」奥さんが見せてくれたウェブサイトはTwitterの書き込みを転載しているサイトで、そこには次のような見るに堪えない罵詈雑言が並んでいました。

「うちのバカ会社の新製品を担当する営業2課はマジ糞の犯罪汚職集団デス」「ハゲが進行中のM沢は会社のカネでキャバ嬢のパパをやってるキモオヤジ」「今日も元気に賄賂で成約ですか、そうですか。経理は何でもお見通しなんだよ、バーカ!タレコんじゃおうかなw」「何が営業のエースだ! T田は営業先の事務員と社長の嫁はんに色営業。ホストかよ。」「なんだ、10万円の〇〇代って?自分たちの特上しゃぶ代ですか?ノーパンしゃぶしゃぶかな?www」「こんな経費精算通す経理もクズ!まず役員が『違法は許されないが脱法は違法になるまでは無罪』なんて発言してるくらいだからな。」

M沢氏とT橋氏は顔を見合わせました。このまま、放置しておくことはできない。会社に大きな損害をもたらす可能性が高い。そう意見が一致した二人は、総務部長と相談した上で、当社に早急に徹底的なSNS調査を行うよう依頼したのです。

3年間で5万件超のツイート、歪む正義感

件の書き込みから、O田氏のTwitterを特定することは非常に容易でした。他のSNSやブログも見つかりましたが、それらは学生時代以降更新されていませんでした。Twitterの裏アカウントを探す必要もなく、なんと3年間で5万件超のツイートが、見つかったO田氏のアカウントでされていたのです。投稿の日時やタイミングなどから、就業時間中にも書き込みされていたことが特定され、また匿名掲示板にもいくつかほぼ同じ文章での書き込みがありました。

内容は、前上司、前同僚、現上司、現同僚、役員など社内の個人に対する誹謗中傷から、取引先への侮辱的な発言、新製品の情報漏洩、会社そのものの体制批判など多岐にわたりますが、「M沢」といったように見る人が見れば誰のことか明らかな書き方をしているのが特徴です。また、自社の業種、規模、所在地など、ある程度、知識のある人であれば、容易に社名を特定できる情報が書かれていました。実際に、賞与や新製品などについての書き込みには、同業者と思われる人からのコメントも見受けられました。

さらに、取引先との接待、出張、交通費精算、会食などに対し、「使い過ぎ、着服、袖の下」と決めつけ、断罪したり犯罪者呼ばわりしたりする傾向が見られ、会社の信用失墜につながる恐れが多分にあります。会社側はこれを問題視し、経費使用に違法性がないか改めて精査したところ、2課の経費使用は常識的かつ合法的な範囲内であると認められました。

O田氏なりの正義感から出た糾弾なのかもしれませんが、一個人の偏った判断で会社や社員、取引先の名誉を棄損することは許されないことです。また歪んだ正義を主張する人の相当数が、逆恨みも含めた怨恨や、好き嫌いといった感情が根本にあり、その発散に夢中になるがあまりSNSなどで暴走してしまう傾向があります。企業側にとっては、事件や大損害につながりかねないリスクであり、扱い方を間違えると大変です。速やかに確実に証拠を抑え、問題社員の本質を知り、しかるべき対策を取る。そのためには「懸念や不安があればSNS調査」というのは大げさでも何でもなく、企業にとって一種の保険になりうるかもしれません。