先日訪問した「那須クラシックカー博物館」には、貴重なクルマが多数展示されていた。その中でも、展示ホール中央に鎮座していた1930年式のMG製「MG-EX120」は特に異彩を放っていた。なんでも世界記録を保持する貴重な1台だというが、どんなクルマなのだろうか。

  • MG「MG-EX120」

    1930年式の「MG-EX120」を発見!

160km/hの壁を超える挑戦

世界にはさまざまな自動車メーカーやブランドが存在している。今回取り上げる「MG」は知る人ぞ知るイギリスのスポーツカーブランドだ。MGはMorris Garagesの略。筆者の手元にある資料によると、1924年頃にオックスフォードを拠点として、コンパクトなスポーツカーの製造を開始したことからMGの歴史は始まる。1928年には量産型の自動車を製造する企業として正式に発足しているが、現在は中国の上海汽車グループに属している。

  • MG「MG-EX120」

    フロントからの眺めは現代のクルマにはない迫力がある

MG-EX120は、当時としては世界最速となる160km/hを出すことを目的に設計された1台だ。排気量はたったの750ccと現代の軽自動車並。この排気量でスピードの世界記録を打ち立てようとしたのだからすごい。

MG-EX120のハンドルを握ったのは、1926~1954年の28年間に何百もの自動車の記録を打ち立てたジョージ・イーストン大尉という人物。彼についての詳細は調べきれなかったが、MG-EX120で160km/hの壁を超えるために何度も挑戦し、失敗を重ねていたという。

  • MG「MG-EX120」

    間近で見ても傷やへこみは見当たらない。かなり良い状態で展示されている

記録達成は1930年、場所はパリ郊外のモンレリー・サーキット。750ccクラスという小さなエンジンで160km/hを突破したのはMG-EX120が初めてだった。これにより、世界記録を保持する1930年ワールドレコードカーとして、英国ヴィンテージカークラブに正式に承認された。

  • MG「MG-EX120」

    内装の状態も極めて良好。当時のパーツがそのまま残されている

展示車両はエンジン含め当時のまま!

展示されているMG-EX120をあらためてじっくりと観察してみた。93年前のクルマとは思えないほど良い状態で保管・展示されている。深いグリーンカラーで覆われたボディ全体は丁寧に磨かれており、見事なまでにツヤと輝きを放っている。目立った傷やへこみなども確認できないほど状態がいい。タイヤやホイール、フロントボディに見える革のようなパーツも当時のままの状態で残されているという。

  • MG「MG-EX120」

    世界最速記録に挑戦している様子が写真に残されている

  • MG「MG-EX120」

    「MG-EX120」が描かれたポスターも数多く飾られている

計器類やハンドル、バックミラーやフロントガラスも状態良好だが、驚いたのはエンジンだ。実際に内部構造を見ることはできなかったが、オーナーによると、1930年に搭載していたエンジンがそのまま積まれているという。こうした貴重なクルマを展示する場合、外観だけということも少なくない中、MG-EX120はエンジンを取り外さずにそのまま残している。エンジンをかけることはできないようだが、エンジンを含むクルマに欠かせないほぼすべてのパーツがそのまま展示されている。

展示車両の前には、ジョージ・イーストン大尉が実際に世界記録に挑戦しているときの写真も展示されていた。また、1934年のモナコグランプリに参戦することを知らせるポスターも掲げられており、当時の盛り上がりを体感できる展示スペースとなっている。

自動車黎明期に思いを馳せて

那須クラシックカー博物館では、蒸気機関からガソリンエンジンに移行して間もない歴史的な転換期にあった貴重なクルマにも出会える、例えば、19世紀末のフランスで創業した自動車メーカー「DE DION BOUTON」(ド・ディオン・ブートン)による1882年製造の蒸気エンジン搭載車だ。当時は、クルマといえば馬が引っ張るものと相場が決まっていた時代だった。

  • ド・ディオン製「ド・ディオン・ブートン」

    ド・ディオン・ブートンの最初期のクルマも展示。ハンドルが存在しないシルエットが新鮮だ

展示されているクルマ(車名:ド・ディオン・ブートン)は、水平単気筒水冷3.5馬力、400ccのエンジンを運転席の下に搭載。40km/hで走行可能で、席の形状から大人3名が乗車可能と思われる。遠隔ギアシフトによって前進時2段のギア変速と後退ができるが、現代のクルマでは当たり前となっている円形のハンドルは採用されていない。どのように操舵するのかわからなかったが、フロアから突き出たレバーですべての操作を行う仕組みのようだ。1901年式と今から120年以上も前のクルマだが、エンジンを含めほぼすべてのパーツが当時のままの状態で展示されている貴重な1台だ。

  • オールズモービル製「オールズモービルカーブドダッシュ」

    奥に見えるのが「ド・ディオン・ブートン」。手前は1903年式の「オールズモービルカーブドダッシュ」というクルマ。ハンドルはなくこちらもレバーで操作する

ちなみに、ド・ディオン・ブートン社は第一次世界大戦後の混乱期に停滞し、1927年にはほとんどの工場が閉鎖されてしまった。プジョーやメルセデスによる買収も模索されたが実現せず、1932年に乗用車の生産を終了。乗用車と同時に生産していた鉄道車両や商用車などの生産はその後も続いたが、1953年に買収されるなどしてド・ディオン・ブートンは消滅した。

クラシックカーに触れることは、歴史に触れることでもある。那須クラシックカー博物館に来れば、自動車黎明期に輝かしい痕跡を残した貴重な1台にも出会える。この夏、100年以上続くクルマの歴史に触れてみてはどうだろうか。