ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。

それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。

そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。

* * *

この「ハマりメシ」の過去記事一覧のページを眺めるのが、意外と好きだ。

自画自賛のようで恥ずかしいけれど、実はそういうことではない。だって、ページをスクロールすれどもすれども、そこには自分が過去に食べた料理の写真がずらずらーっと並んでいる。しかも、ほぼ茶色。あれもうまかった。これもうまかった。と、幸せな思い出を反芻することが楽しすぎるのは、この連載を続けさせてもらえていることの特権と言う他ない。みなさま、いつもありがとうございます。

ところで僕の場合、油断すると日常的に食べるものは、カレー、うどん、そば、町中華のラーメンばかりに集中してしまう。同様の傾向のある方も多いのではないだろうか。けれども、こんな連載をさせてもらっている以上、食べるもののバリエーションに幅があるに越したことはないだろう。そんなことを、意識しすぎているほどではないにせよ、少しは意識して日々を過ごすようになったこともまた、ありがたいことだ。

いつもの僕であればつい選んでしまいがちな、いつもの店、いつものメニュー。そこから少しだけ逸脱してみるという冒険。これは、無意識に過ごしていると意外とやらないことで、まさに、日常のなかの小さな冒険と呼ぶにやぶさかではない行動であると思う。

てな感じて、年の初めにあたり、昨年、2023年に食べたものの写真たちをぼんやりと眺めていた。そして気づいた。そういえば、昨年1年の自分の食事のなかに、「かつ丼」の存在がまったくないということに。

かつ丼、決して嫌いではない。むしろ大好きだ。想像するとよだれすら出てくる。居酒屋のメニューに「かつ煮」があれば注文候補の上位に入る。けれどもかつ丼となると、記憶にある限り一杯も食べていない。なぜだろうか。自己分析をしてみるに、好物の上位ではありながら「永遠のベスト3圏外」であることが理由な気がする。とんかつ屋ならロースカツ定食やカツカレー、そば屋なら天ぷらそばや鍋焼きうどん、町中華ならラーメンや餃子。どの店にもたいていメニューにはあれど、「あ、かつ丼もいいな......けど、次の機会でいっか」と結論づけてしまう傾向にあるわけだ。

って、長々とまったくどうでもいいことを書いてしまった。そもそも、かつ丼がいちばんの大好物な人にしてみたら、あるあるな話でもなんでもないし。つまりなにが言いたかったかというと、今、無性にかつ丼が食べたい! ということ。それに、1年の初めにかつ丼を食べておくという行為自体、縁起もだいぶ良さそうだ。

「かつや」 「かつや」

というわけで、とんかつチェーンの「かつや」へやって来た。現在、三が日の真っ最中であるからして、街の個人店は基本的に休んでいるところが多いだろう。その点かつやは、元旦を除いて営業中と、オフィシャルサイトに情報があった。ありがたや。

そういえば、かつやって、自分の日常生活の範囲内にないので、ほぼ縁のない店だ。カウンター席につき、メニューを眺めるだけでも新鮮。定食類や、かつカレー類がひととおり揃っていて、当然、メンチや海老フライやからあげなんかもある。かつ丼は、オーソドックスな「カツ丼」が松竹梅とグレードにわかれており、松は税込み1012円、梅なら594円。かつの量の差か? それ以外に「ヒレカツ丼」や「ソースカツ丼」もある。そしてもうひとつ、「特カツ丼」というメニューがあり、名前からして縁起がいい。かつが食べやすいサイズにカットしてあることと、丼の中央に温泉玉子がのっていることが特徴らしい。税込み792円と、値段もちょうどいい。これ!

それからうかつだったことに、メニュー表のどこにも、アルコール類のメニューが載っていない。当然あるものと思い込んでいたんだけど、もしかして、ない? 年始かつ丼の横には、是が非でもビールがともなっていてほしい。そこで店員さんに、「アルコール類のメニューって......ないですか?」と聞くと「缶ビールならございます」とのこと。そんな、裏メニューみたいな。

「缶ビール」(352円) 「缶ビール」(352円)

わざわざお盆にのってやってきた、本体もグラスもギンギンのスーパードライでまずは喉を潤す。当然、うまい。なんだかすでに、今年はいい年になりそうだ(単純)。

「特カツ丼」  「特カツ丼」
やがてやって来た「特カツ丼」が、潔いばかりに"単品"でちょっと面食らった。そうか、みそ汁類などのサイドはつかないんだな。見れば店内にいる人の多くが、単品の「とん汁」を合わせて頼んでいるよう。なるほど、あれが"かつやしぐさ"ってやつか。まぁ、こっちにはビールがあるし、いざとなったらとん汁だって追加すればいい。とにかく、特カツ丼に食らいつこう!

いただきます! いただきます!

玉子でとじられたかつを箸でかきわけると、ふわりと立ち上るだしと醤油の香り。豚肉、しっかりと厚みがある。まずはかつをそのままがぶり。できたてで、まだ心地よいざくざく感が残る衣の下に、驚くほど柔らかい豚肉。そして、抗いがたきだし醤油の味わいを染み込ませた、とろりとした玉子。すかさずたれの染みたごはんをがつがつ! 

チェーン店とはいえ、さすが人気専門店。ぐぅの根も出ないほどにうまいな。胃の腑から、自然と感謝の念が湧いてくる......。

卓上の漬けものを添えて 卓上の漬けものを添えて

卓上にあった食べ放題の漬けものがこれまたいい。甘酸っぱい大根の割り干し漬け。通常、かつ丼における漬けものって小皿で出てくることが多いから、おのずと箸休め的な存在となり、こういう食べかたをしたことがなかったんだけど、じゅんわりと味の濃いかつ丼にパリパリと軽快なアクセントが加わって、一緒に食べるのが想像を超えて美味しい。僕の大好きな、カレーライスにおける福神漬け的というか。

そして温玉タイムへ  そして温玉タイムへ

と、ひとしきり堪能したら、いよいよ特カツ丼最大の特徴であり、僕にとっては未知のゾーンでもある、「温玉崩し食べ」のフェーズへと移行してゆく。僕は若き日々の「温玉、無条件ありがたがり期」から、年を重ねるごとに「温玉、時と場合によっては蛇足期」へと、ゆるやかに思想を変化させてきた男だ。さてどう出る? かつやの特カツ丼よ! と、自分以外の人にとっては本気でどうでもいい考えをめぐらせつつ、箸でぷつりと黄身を崩す。とたんに決壊し、丼上の風景を一変させる温泉玉子。これに、ただでさえ完成されているかつをまとわせ、ぱくり。

あれ? ......し、し、死ぬほどうめーっ! なんだこれは。そもそもかつは、最初から玉子をまとっている。そこに食感の異なる玉子をさらにまとわせるという、正気の沙汰を超えた所業。これがかつ丼に、まったりとしたまろやかさという、異次元の快感を加えている。

すごい。僕はなんで今まで、かつ丼に温玉をのせてこなかったんだろうか。いや、それは当然、僕がかつ丼界における、超凡人だからだ。対するかつやは、毎日毎日とんかつやかつ丼のことを考えているエリート戦士。そりゃあ、こんな金脈を掘り当て、しかもそれをまったくひけらかすことなく、さらりとメニューに並べておくくらいのことはするだろう。

あらためて、新年早々、縁起のいい一食を堪能することができた。かなりの序盤から、とん汁のことなどすっかり忘れて夢中で食べつくしてしまった。ボリュームもかなりのものだった。しかもお会計時、レシートともに、次回100円割引券までもらってしまった。 かつやって、こんなにすごかったんですね......。

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パリッコ

パリッコぱりっこ

1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。
著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。2022年には、長崎県にある波佐見焼の窯元「中善」のブランド「zen to」から、オリジナルの磁器製酒器「#mixcup」も発売した。
公式X【@paricco】

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