経済協力開発機構(OECD)の発表によると、睡眠時間が世界一少ないといわれる日本。しっかり寝るにはどうしたらいいのか。

9月15日、ビジネスフェス「NoMaps2023」のプログラムとして開催されたセッション「睡眠のエンタメ化——スリープテックがもたらす未来像」では、睡眠を取り巻く新たな試みが報告されました。

眠りの概念を変える取り組みが、企業コミュニティで活発に動き出しています。

  • NoMaps2023のセッション「睡眠のエンタメ化——スリープテックがもたらす未来像」

「睡眠のエンタメ化」ってどういうこと?

ぐっすり眠りたいけど眠れない。寝てはいるんだけど疲れがとれない。そんなときは、どうします? 寝具を変えてみる。サプリやドリンクを飲んでみる。最近はほかにもいろんなアプローチが登場しつつあるようです。

9月13~17日の5日間、札幌市を中心に開催された複合型フェスティバル「NoMaps2023」の一環として開催されたトークセッション「睡眠のエンタメ化—スリープテックがもたらす未来像」の内容を、コンパクトにまとめてお届けします。

このカンファレンスで報告されたのは、NTT東日本が運営する「Sleep Network Hub ZAKONE(ザコネ)」の活動についてです。ZAKONEとは企業向けの睡眠コミュニティ。これだけでは、なんのことやら分かりませんが、ディレクターを務める尾形哲平さんは、その成り立ちをこう説明します。

  • NTT東日本ビジネスイノベーション本部スリープテック事業の尾形哲平さんはヴィンテージ革靴店「JUST LIKE HERE」の経営者でもある

尾崎:NTT東日本では新規ビジネスの創造に向けアントレプレナー(社内起業家)を育てるプログラムがあり、その中のひとつとしてスリープテックの事業がスタートしました。ITで睡眠の時間や質を可視化し、スコア化して健康管理につなげるサービスを目指してきたのですが、これがなかなか難しい。睡眠を分析して改善策を提案しても「はいはい」で終わってしまう。これは睡眠自体に何か新しい価値をつけるようなアプローチがないと先に進まないな、と。そこで、さまざまな企業に参画してもらい「睡眠×○○」の掛け算で新しい価値をつくるコミュニティ「ZAKONE」を立ち上げました。現在、大手からベンチャーまで73社に加入いただいています。

エステーの新規事業開発室の奥平荘臨さんもZAKONEのメンバー。参画したきっかけをこう話します。

  • エステー新規事業開発室の奥平荘臨さんは森の香りを研究し、生活に活かすクリアフォレスト事業を担当

奥平:エステーの商品は消臭力やムシューダが知られていますが、今は「香り」に力を入れていて、特に森の空気の研究をしています。全国66カ所の森を2年かけて回り、各地の空気の成分を筑波にある森林総合研究所で成分を調べると、北海道の阿寒湖近くの森は窒素酸化物(NOx)の濃度が一番低く、トドマツが空気を綺麗にすることが分かりました。そこで釧路にプラントを建ててトドマツから成分を抽出して商品化する事業に取り組んでいます。実はトドマツには花粉症の症状を緩和する作用があるらしく、トドマツの香りでよく眠れるようになったという声が多いので、ZAKONEで睡眠効果の検証をしてもらったのが始まりです。

なるほど、「睡眠×香り」のプロジェクトというわけですね。

一方、もうひとりのゲスト、コネルの澤邊元太さんが絡んでいるのは「睡眠×音楽」「睡眠×照明」のプロジェクトです。

  • コネルのプロデューサー/プランナー、澤邊元太さんは札幌出身

澤邊:コネルはテクノロジー×クリエイティブを強みとしている会社で、下北沢のエリア開発のブランディングなどを手掛けています。去年ソニー・ミュージックさんと組んで、洋楽を大人の子守歌というテイストでカバーする入眠プレイリスト「ささやきララバイ」をリリースしたときに、NTT東日本さんから「検証してみませんか」と声を掛けてもらったのが参画のきっかけです。今年3月には寝落ちするための宿泊型音楽イベントを箱根の旅館を貸し切って開催しました。最初のうちは畳に座って生演奏を聴いていた人たちも、心地良くなるとだんだん横になったりして最終的にはみんな爆睡しましたね。

尾形: 睡眠時のバイタルを計測するデバイスをパジャマのゴムのところに装着してもらって、そのデータとアプリが連動し、照明を少しずつ落としていくように設計したんですよね。

「寝たら明かりが消えるということですか?」とモデレーターの内藤輝章さんが尋ねます。

尾形:一人寝るたびに暗くなって、全員寝たら真っ暗になるんです。バイタルのほかにも計測できるデータはいろいろあって、寝姿勢、寝返り、寝床内温度など、それらをスコアリングして連動できます。

  • 札幌駅前地下歩行空間にZOKONEのブースも設置された

  • 睡眠時のバイタルを計測するデバイス、その計測データと連動したアプリも体験できた

ZOKONEではほかにも、サウナの後によく眠れるのは本当なのか実証実験をしたり(睡眠×サウナ)、パワーナップ(短時間の昼寝)のためのMV「カレ~なる仮眠」を制作したり(睡眠×クリエイティビティ)、さまざまなコラボレーションが生まれています。

眠るのが楽しみになる未来とは?

ZAKONEメンバー3人の話を聞くと、「眠り」の分野にはまだまだビジネスの種がたくさん詰まっていそう。この先の展開は見えているのでしょうか。

奥平:睡眠の課題は一発で解決する手段がない。音楽だったり、照明だったり、寝室の環境だったり、香りだったり……。メーカー1社では解決できないので、みんなで集結して社会課題を解決する。尾形くん流にいうと「睡眠で世界平和を実現してやろう」という思いのもと、その一角を担っていくつもり。

尾形:当初は睡眠を可視化して、改善のソリューションをつくれば事業になるんじゃないかと思ったけど、そんな単純なものじゃなかったというか……。企業の人事や総務に従業員の睡眠を改善して健康経営を目指しましょうと提案しても、事業自体もスケールしないしインパクトも弱い。とにかくまず睡眠の市場自体をいかに広げるかが大事じゃないかと。睡眠医学の知見や検証するためのプロトコルの用意とか、そうしたアセットを提供することによって、睡眠市場に参画する企業さんを増やしてく。睡眠のムーブメントを作れないか、という挑戦なんですよね。

  • NoMapsの運営メンバーで、北海道大学学務部学務企画課の内藤輝章さんがモデレーターを務めた

奥平:睡眠スコアが低いから、こうしたら改善できますよ、と伝えても多くの人は実践しない。そもそも人々はよく眠ることを望んでいるんだろうか。もしかしたら、寝ることがニーズなのではなく、求めているのは、次の日元気に活動することなんじゃないか、とか。そこから問い直してみたりして。

澤邊:僕はZOKONEでまだ世にないものを、いろんな企業のスペシャリストと一緒につくっていけるのがすごく楽しい。これまでの仕事はクライアントさんと1対1の関係でしたけど、ZAKONEはいろんなプレイヤーがアセットや技術を持ち寄ってくるので、ビジネスを忘れちゃうくらい楽しいですね。

奥平:楽しいことをしていたら、いつの間にか人々の睡眠の質が良くなって、無理なく続けられて、みんなが健康になるのが理想ですね。

尾崎:いろんなプロジェクトが生まれて、世の中にどんどん発信して、コミュニティの中で次々とビジネスが生まれるようにしたい。企業同士のつながりは徐々にできてきたので、次は自治体ともプロジェクトができたらいいかな。もっと国が睡眠の施策に力を入れるよう、アプローチできたらいいですね。

  • プロフェッショナルによるコラボレーションを生み出すZAKONEの睡眠コミュニティ

さまざまなセクターのプロフェッショナルによるコラボレーションを生み出すZAKONEの睡眠コミュニティ。睡眠市場の拡大を旗印にしつつ、それぞれのメンバーがビジネスを見据えているのも興味深いところです。

奥平:トドマツは北海道の固有種ですが、その価値が北海道の人にあまり知られていません。トドマツを含め、日本にはまだまだ素晴らしい樹木があるので、ゆくゆくは日本の森の力で世界の睡眠環境を良くします、みたいなところまでもっていきたい。

澤邊:僕は寝なきゃいけないときに限って、TikTokを延々と見てしまったりするんですけど、子どもがサンタさんを楽しみに早く寝るみたいに、大人も寝るのが楽しみになればいいですよね。「眠るための旅」もいいし。睡眠の価値や概念をどんどん変えていけたらいいなと思っています。

尾形:自分の見たい夢をコントロールできる明晰夢というのがあるらしいので、好きな夢が見られるのなら寝る、という切り口もあるかな、と思ってます。

ビジネスのシーズがギュッと詰まった今回のセッション。終了後は会場のあちこちで名刺交換しつつの立ち話が見られました。睡眠市場に興味を抱く人はまだまだ増えそう。いろんなセクターの人が交わって広がるシナジーが期待できそうです。