元トップの不祥事による逮捕、からの劇画タッチな逃亡劇、そして、2020年度の赤字と21年度の赤字見通し……。このところネガティブな話題が続いていた日産自動車だが、ロゴ変更にお祓いのような効果があったのか、ここへきて明るいニュースが届き始めている。新型車「キックス」の出足が好調なのだ。このクルマ、日産独自の電動パワートレイン「e-POWER」による電気の走りを売りとしているが、その完成度はどうなのか。公道試乗で確認してきた。

  • 日産の新型車「キックス」

    試乗したのは日産「キックス」の「X」グレード(車両本体価格275.99万円)。ボディカラーはサンライトイエロー

激戦区で「e-POWER」が真価を発揮?

キックスが乗り込むコンパクトSUV市場は、強力なライバルがそろう人気のセグメントだ。日産はキックスの武器として、シリーズハイブリッドシステムの「e-POWER」と運転支援技術の「プロパイロット」という虎の子テクノロジーを標準採用。同社にとって約3年ぶりとなるニューモデルにふさわしい意欲作だ。

ボディサイズは全長4,290mm、全幅1,760mm、全高1,610mm、ホイールベース2,620mm。近く発売予定で競合必至のトヨタ自動車「ヤリスクロス」と比べると、全長は110mm長く、幅は同一で、車高は20mm高い。このカテゴリーでロングセラーとなっているホンダ「ヴェゼル」に対しては全長-40~50mm、全幅-10~30mm、全高+5mm。とはいえ、3車種とも似通った大きさであり、このあたりが日本で使いやすいとされるサイズなのだろう。

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    新型車「キックス」のボディサイズは全長4,290mm、全幅1,760mm、全高1,610mm。ライバルと目されるトヨタ「ヤリスクロス」および「C-HR」、ホンダ「ヴェセル」、マツダ「CX-30」などと同じような大きさだ

1.2リッター直列3気筒エンジンは発電専用。電力はリチウムイオンバッテリーを介して電気モーター(最高出力129ps、最大トルク260Nm)に伝わり、前輪を駆動する。「ノート e-POWER」に搭載されるのと同じ仕組みではあるが、キックスはモーターの出力が約20%向上している。エンジニアは「出力を向上しただけでなく、よりスムーズで力強さを感じられるようにモーター制御を最適化しました」とする。

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    「e-POWER」搭載車は小型車「ノート」、ミニバン「セレナ」に続き3車種目。「キックス」は現時点での集大成といった感じだ

そのあたりを確認すべく、試乗開始。トヨタやホンダのハイブリッド車と同じく、e-POWERも始動と同時にはエンジンがかからない。

「D」レンジに入れてアクセルを踏む。モーター駆動車特有の静かでスムーズな発進だ。ノートとセレナのe-POWERは、速度がある程度高まるとエンジンが始動し、発電を始める。キックスのe-POWERも原理は同じなのだが、エンジン始動のタイミングは遅く、頻度も少ない。

エンジン作動頻度が低ければ低いほど、電気自動車(EV)のように振動がなく、静粛性の高いクルマということになる。実際、キックスはこれまでに乗ったe-POWERモデルのなかで最もEVの感覚に近かった。つまり、静かで振動が少なく、加減速がスムーズなのだ。

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    「e-POWER」を搭載する3モデルの中で、「キックス」は最もEVに近い走行感覚のクルマだった

どうやって、これを実現したのか。もしかして、バッテリーの容量を拡大した? そう思って資料を確認すると、総電力量は1.5kWhのままでノートやセレナのバッテリーと変わらない。試乗後、エンジニアに質問すると、バッテリーそのものは同じだが、使い方を変えたのだという。

日産が見つけた制御の最適解

ノートで初めてe-POWERを採用した際、日産はエンジンを頻繁に作動させ、なるべくバッテリーを満充電の状態にしておくような制御を入れていた。その理由は、負荷の高さ(登り坂が続くなど)に対して発電が追いつかず、一時的にバッテリーの電力がなくなることで、パワー不足を起こしてしまうことが心配だったからだ。

その後の日産は、ノートとセレナでe-POWERに関するデータを蓄積し、クルマにパワー不足を起こさせないためには、どのくらいの頻度で発電すべきかについての理解を深めた。この知見を注ぎ込んだ新型車のキックスでは、これまでよりもバッテリー残量が少なくなることを許容する制御としている。だから、エンジンがかかっている時間が短く、作動頻度も低くできたのである。

加えて、発電のための基本となるエンジン回転数は、これまでの2,400rpmから2,000rpmに引き下げてある。これにより、エンジンがかかっている間の静粛性も増した。さらに、遮音材なども効果的に配置。つまり日産は、原因療法と対症療法の両面でキックスの静粛性を向上させているわけだ。

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    「キックス」の静粛性を向上させるため、日産はいくつもの知見を活用している

力強さも十分だ。先日試乗した「ヤリスクロス」のプロトタイプに比べても遜色がない。大きな差はないが、発進~時速30キロの低速域にかけてはキックスのほうが活発かもしれない。ひと世代前のハイブリッドを搭載する「ヴェゼル」のハイブリッドに対しては明確に活発で、洗練度が高い。ただし、ホンダが「フィット」に採用した新世代ハイブリッドの出来はすばらしいので、ヴェゼルに後継モデルが登場するとすれば、そちらを採用してくるはずだ。

ワンペダル走行はより自然に

ドライブモードを「S」(スマート)もしくは「ECO」モードに設定すると、「ワンペダルドライビング」でキックスを走らせることができる。アクセルペダルを戻せば回生ブレーキによる強い減速感が得られて、そのまま完全停止させることも可能だ。この「ワンペダルドライビング」についても、キックスは既存のe-POWER搭載モデルに比べ、より自然なフィーリングを実現していた。

ノートとセレナの場合は、ペダルを戻した瞬間にグッと強い減速Gが立ち上がり、乗員が前のめりになってしまう傾向があった。ドライバーが操作に慣れ、マイルドにペダルを戻せばスムーズな減速を得られるのだが、他のクルマから乗り換えた直後などには、やや戸惑う操作感だったのは事実である。その点、キックスでは変わらぬ減速の強さが確保されながらも、ペダルを戻した直後の減速の立ち上がりがややソフトになっていて、乗員のつんのめりが起きにくくなった。

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    「キックス」のワンペダルドライビングは減速の立ち上がりがややソフトになっているので、乗員がつんのめるような場面は少なくなるはずだ

ワンペダルドライビングは本当に価値がある。右足の角度を変えてアクセルペダルとブレーキペダルを踏み変える機会が減り、右足をアクセルペダルの上で前後させる動作が中心になると、こんなに楽なものかと感心する。楽なことは快適であると同時に、疲れにくさに通じ、安全につながる。

キックスにはブレーキホールド機能も加わった。これにより、車両の完全停止後はペダルを踏んでいなくてもブレーキがホールドされる。運転時間が長くなればなるほど、これがありがたい機能に思えてくるのだ。

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    ブレーキホールド機能を使えば、完全停止後にブレーキペダルを踏み続ける必要がなくなる

充電は不要でありながら、静かでスムーズなEVのフィーリングを味わえるe-POWERは相変わらず魅力的だった。EVに関心はありながらも、集合住宅に住んでいて自宅駐車場に充電設備を設置できないため、購入に踏み切れない私のような人間には、実に刺さるドライブトレーンだということを再確認した次第だ。