Appleは、主力製品となるiPhoneとApple Watchの最新版を9月20日にリリースし、これらの製品で向こう1年間を勝負していくことになる。Apple製品のテクノロジーやデザインについて、いくつかのトピックを考察しながら、テクノロジー業界におけるAppleのアプローチや取り組みについて、深読み・先読みしていきたい。

まずは、製品の要ともいえるデザインに用いられる「素材」についてだ。

Apple製品は、これまでジョナサン・アイブ率いる工業デザインチームが形を決め、そこにハードウェア、ソフトウェア、そしてサービスのデザインが機能を与える形で成立してきた。ご存じの通り、ジョナサン・アイブは2019年中にAppleを去ることを明らかにしており、これまで培ってきたプロセスがAppleに完全に根付いたこと、製品の多くが完成形のデザインに達していることから決断できたのではないか、と考えている。

  • 惜しまれつつAppleを去ることを明らかにしたジョナサン・アイブ氏(中央)

Appleのデザイン価値

Appleはあらゆるカテゴリにおいて、競合他社を大きく引き離し、また業界のトレンドを作り出すデザインを施してきた。これは、スティーブ・ジョブズとジョナサン・アイブの歴史で多くが語られてきたことだが、Apple復活の歴史にも重要な影響を与えてきた。

その中でも、他社と異なるデザインの中核にあったのがマテリアル、素材だ。

かつて販売していた薄型ノートPC「PowerBook G4」では、プラスティックに変わってチタンを採用し、ハイエンドノートブックを金属ボディで仕立てるAppleの新しいデザインを作り出した。現状、他社はコストの問題もあり、なかなか金属ボディに手が出せていない。

CRT一体型デスクトップ「iMac」は、半透明でカラーリングされたポリカーボネイトを本体のボディに採用して話題になり、後継モデルはこちらもアルミニウムを活用するようになった。iPhoneの主役は画面を覆う大きなガラスになり、やはり金属を初代iPhoneから使い始め、現在では金属フレームをガラスでサンドイッチする構造となった。これは、Apple Watchでも同様の構造が用いられている。

Appleは、耐久性や軽量化といった金属のメリットに目をつけて採用を進めているが、同時に他社がなかなかマネできないことも知っている。結果的に、長く使い続けられる製品、という新しい価値を提案するようになり、チューニングで年々高速化するソフトウェア開発が、その価値をより現実のものへと引き上げてきた。

このように、製品に用いられるマテリアルはApple製品のブランド価値を高め、製品が人とどのように付き合っていくのかを規定する役割を持っていたのだ。

圧倒的競争差異を作り出す、2つの方向性

これまでも、Appleはマテリアルを生かしたデザインを追求し、その素材そのもので美しさを演出するよう努めてきた。工業デザインが意志決定をしていく――そんなAppleだけにしかできないオペレーションの賜だった。

2019年モデルのiPhoneやiPad、Macでは、特に2つの方向性を見出すことができる。それは「投資」と「環境」だ。

特に今回のiPhoneで光ったのは、長年iPhone向けにガラスを提供してきたコーニングが作り出した『スマートフォンで最も固いガラス』の独占使用だ。今回のiPhoneで用いられているガラスは傷つきにくく、金属のコインよりも固い。磨りガラスのようなiPhone 11 Proの背面でコインをこすると、コインの粉がガラス面に付着するほどだ。

  • iPhone 11シリーズには、コーニングが開発した『スマートフォンで最も固いガラス』が使われている

Appleはこれまでコーニングに対し、米国向けの先端製造業ファンドを通じて2億ドルを投資してきた。iPhoneが登場する週の2019年9月18日には、さらに2億5000万ドルを投資することも発表。こうしてAppleは、他社が利用できない「最も硬いガラス」を手に入れることができたのだ。

もう1つの競争差異は環境だ。Appleはこれまでも、有害化学物質を排除することに積極的に取り組んできた。そして、iPhone分解ロボットのリアムとデイジーを発表し、ネジ1本まで分解してリサイクルする仕組みを整えている。

そして昨年10月、MacBook AirとMac miniの外装を、100%リサイクルアルミニウムとする発表を行った。今回の新製品では、Apple WatchとiPadをリサイクルアルミニウムで賄うことを明らかにした。iPhoneで用いられる基板上のレアアースやスズ、スピーカー部材もリサイクルした素材を使っている。環境負荷の低さについては、Appleは大きなアドバンテージを得ることになった。

  • Appleは、リサイクルしたアルミニウムの採用を積極的に進めている

Apple Watchに注目すべき理由

Apple製品のマテリアルの進化は続いており、結果として製品のシンプルな美しさの演出と、倫理的な正しさをまとう価値を実現している。その一方で、新しい素材への挑戦が続いているが、その舞台は手首へと移っている。

Apple Watchの歴史を振り返ると、とても多くの新しいチャレンジが行われたことが分かる。以下は、Apple Watchで初めて採用されたデザインや素材の一覧だ。

  • 着脱可能なバンド一体型のデザイン
  • 有機ELディスプレイ
  • ステンレススチール
  • サファイアガラスのスクリーン
  • デジタルクラウン
  • 心拍センサー
  • ゴールド
  • セラミック
  • 心電図センサー
  • 常時点灯有機ELディスプレイ
  • チタン

この中で興味深いのは、ステンレススチールや有機ELディスプレイだ。2014年にApple Watchが登場した時から、この2つのデザイン上の特徴が採用されていたが、2017年に登場したiPhone Xでステンレススチールのフレームと有機ELディスプレイが採用されたのだ。

  • Apple Watchは、初代モデルからステンレススチールの素材や有機ELパネルを採用していた

ウェアラブルであるApple Watchは、インターフェイスとして、あるいは身につけるものとして、新しい要素を取り入れていかなければならない。Appleにとっては、とてもチャレンジングな製品といえる。しかし、そこで培った新しい素材の活用は、Appleの主力製品であるiPhoneにフィードバックされてきた。これは、Appleにとって新しい研究開発の流れといえる。

今回、Apple Watch Series 5にはチタンが用いられ、さらには常時点灯式の有機ELディスプレイも新しい要素として採用された。

チタンモデルのApple Watchは、アルミニウムより5g重いが、ステンレススチールより5g軽く、ちょうど両者の中間的な重さに位置する。しかし、金属の強度は大幅に優れており、スマートフォンへの採用を考えるとステンレススチールよりもよいかもしれない。

  • Apple Watchシリーズで初めてチタン素材が用いられた

常時点灯式の有機ELディスプレイは、Appleが技術開発したLTPO OLEDの省電力化によって実現している。この技術は、まだiPhoneには採用されておらず、今後のiPhoneのディスプレイの省電力化に寄与する可能性がある。

  • 最新のApple Watch Series 5は、LTPO OLEDの省電力化により画面の常時点灯を可能にした

  • 手首をキュッと返す必要なく、時刻が確認できるようになった

このように、現在のApple製品のデザインに重要なマテリアルや顔となる技術は、Apple Watchでまず試される傾向が固まってきた。ゆえに、Apple Watchの進化や変化には、より敏感になる必要があるのだ。(続く)

著者プロフィール
松村太郎

松村太郎

1980年生まれのジャーナリスト・著者。慶應義塾大学政策・メディア研究科修士課程修了。慶應義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)、キャスタリア株式会社取締役研究責任者、ビジネス・ブレークスルー大学講師。近著に「LinkedInスタートブック」(日経BP刊)、「スマートフォン新時代」(NTT出版刊)、「ソーシャルラーニング入門」(日経BP刊)など。Twitterアカウントは「@taromatsumura」。