何かを成し遂げた人物たちの言葉、名言集。みなさんも一度くらい、手に取ってみたことがあるのではないでしょうか。

今、私の手元に「田中角栄 魂の言葉88」(三笠書房)があります。貧しい家庭に生まれ、家庭の事情で学校に行くことができなかったものの、総理大臣にまで上り詰めた田中角栄元首相。同書では「時間を守れん人間は、何をやってもだめだ」というお言葉が紹介されています。おそらく「そのとおりだ!」と思う人が多いでしょうが、さて、同じ言葉を、新橋あたりにいるフツウのサラリーマンが言ったとして共感してもらえるでしょうか。「それって当たり前のことでしょ?」と思われてしまうでしょう。

私たちは誰もがバイアス(思い込み)を持っていて、物事を判断するときにバイアスに左右されています。そのうちの一つが「信念バイアス」です。これは結果が正しいと、そこに至る過程も正しいと思い込んでしまうことです。たとえば、社会的成功を収めた人の言うことはすべて正しいけれど、そうでない人の言うことは聞くに値しないと決めつけてしまうことを指します。

偉人の言うことは、すべて正しい気がするというこのバイアスは、必ずしも悪いものとは言えないでしょう。自分の生き方を変えたいとか、このままではいけない気がしている人にとっては、「偉人が言っていることは正しい」という思い込みがあるくらいのほうが、自分の人生を変える一歩を素直に踏み出せるかもしれないからです。そこで、本連載では各界のレジェンドの名言をご紹介します。みなさまの何かを変える一助になれば幸いです。

初回を飾るのは、美輪明宏サマ。昭和10年、異国情緒あふれる長崎市生まれ。2021年3月3日配信「RED Chair」で、自身の人生を美輪サマは「戦いの連続」と振り返っています。戦争中に被曝して実家は破産。経済苦を経験しています。

超簡単に振り返る、美輪明宏サマの人生

東京に出た美輪サマはシャンソン喫茶「銀巴里」でシャンソン「メケ・メケ」に日本語の詞をつけて歌ったところ、ヒットします。美輪サマは「オトコでもオンナでもない格好がしたい」ということで、髪の毛を紫に染め、服から靴まで紫づくめで銀座を練り歩きます。「銀座に紫のお化けが出る」という評判がお客を呼び、江戸川乱歩、三島由紀夫、川端康成、遠藤周作、吉行淳之介、岡本太郎ら文化人の支持を得たそうです。

曲はヒットし、一流の文化人とも交流ができて、家族に仕送りもできるようになった。凡人なら、この地位を守ろうとするでしょう。しかし、美輪サマは雑誌のインタビューで、同性愛者であることを公言します。記者には「同性愛だなんて言っちゃだめだ、葬られますよ」と止められたそうですが、美輪サマはひるまなかった。しかし、記者の予想どおり、美輪サマの人気は急落。労働者の心情を自ら作詞作曲した「ヨイトマケの唄」で再び返り咲くまで、経済的にもだいぶ追い込まれたようです。

これらは美輪サマの人生のほんの一部ですが、これだけでもいかに人生を戦いに費やしたかたがわかるというもの。美輪サマは自分が戦えた理由を「RED Chair」でこう振り返ります。

「有名になって、いろいろ『男女だ』とかね、『女の腐ったのみたいだ』とか非難されましたけど、普通は言われている自分を責めて落ち込みますね? でも、私は返す刀を持っていましたからね。あんたには何があるの? どんな才能があるの? なんぼのもんなの? 給料いくら稼いでいるの? 何者でもないクセにという言葉を持っていましたからね。だからひるみませんでしたよ。そういう戦いの連続でしたよ」

つまり、「私にはこれがある!」とハッキリ言える武器があれば、周囲の雑音は気にならなくなるということでしょう。それでは、その武器を得るためにはどうしたら、いいのか。美輪サマは「自己を確立すること」と言います。文系、理系、芸術系など、向いた分野を見つけて、そこから知識教養を身に着けていく。「それを揺るぎのないものにしていけば、自信がつきますよ」と“勉強”を進めています。「ちゃんと基本が出来ていないと、人に言われると揺らぐでしょ」と、自信は人の評判によって得るものではなく、自分が積極的に追い求めていくものだとお考えのようです。

美輪明宏サマの名言「孤独とは、物事を深く考えるチャンス。友達が多いことがいいことではない」

  • イラスト:井内愛

美輪サマは「孤独とは、物事を深く考えるチャンス。友達が多いことがいいことではない」とおっしゃっていますが、確かに自分に自信がないときに人と群れるというのは、あまりいいことではないのかもしれません。

自分に自信がないと、人は誰かの承認を得たくなりますから、やたらと集まるでしょう。しかし、自分に自信がないと、相手との意見の相違など些細な相違が認められなくなって、揉め事が起きやすくなります。また、自分に自信がないときに相手にラッキーなことが起きると「それに比べて自分は……」と必要以上に落ち込んでしまうかもしれません。

それならいっそ、孤独を積極的に受け入れてみたらどうでしょうか。一人になってじっくり考えたり、本を読むことで、何かが見えてくるかもしれません。

孤独の深さというのは他人と比べられるものではありませんが、同性愛にまったく理解がない時代に生まれ、数字がすべての人気商売に携わっていれば、人気が傾いて辛酸をなめることもあったでしょう。もしかしたら、美輪サマの孤独は私たちが考えるより深く、まったく光が見えない闇の中をさまような気持ちになったことがあったかもしれません。

闇と言えば、聖書のヨハネによる福音書の一節をご存じでしょうか。「光は闇の中に輝いている。そして、闇はこれに勝たなかった」というアレです。闇が去って光が現れるのではなく、闇と光があって、闇が深いほうが、光はより輝くことに気づくのです。こう考えてみると、闇は悪いものとは言えなくなるでしょう。

生き馬の目を抜く芸能界で、商業的な成功も収め、今も熱狂的なファンを持つ美輪サマは芸能界の光源のような存在かもしれません。その光を生みだしたのは、闇のような孤独だとしたら……。美輪サマのおっしゃるとおり、孤独はまたとないチャンスなのかもしれません。