▲笛のピーシュチャラ。 ▲鉄砲のピーシュチャラ。 ▲ヤン・フスの火刑。
〓先日、「ピストル」 と 「ガン」 は、どうちがうのか、を探ってみました。まとめるとこうでした。
【 米国 】
gun = リボルバー
pistol = それ以外の拳銃。オートマチック、
セミオートマチックなど。
【 英国連邦 】
pistol = すべての拳銃
〓要は、「拳銃を指す gun 」 は米語である、ということです。
【 「ピストル」 の語源 】
〓調査の副産物として、それぞれの語源がわかりました。ちょいと 「へえぇ」 という語源でした。先に手のウチをあかしてしまいますと、
「ピストル」 はチェコ語起源
なんです。チェコ語由来の外来語といえば、他には 「ロボット」 くらいしか見当たりませんね。とても珍しい例です。
〓鉄砲の発明がいつだったのか、ということをネットで調べてみると、どうも、各人各様で、ものすごい開きがあります。しかし、鉄砲が実戦で初めて使用されたのは、
15世紀初頭のフス戦争
である、とされています。
「フス戦争」 というのは、ボヘミア
──プラハを中心とした地方の歴史的名称。現在のチェコの主要部──の宗教改革者 ヤン・フスの思想を基にした
「改革派のキリスト教徒──フス派」 と、それを異端とし、改革勢力を討伐しようとする
「正統のカトリック教徒+神聖ローマ帝国勢力」 とのあいだで起こった戦争です。
〓ボヘミアの小貴族出身の
ヤン・ジシュカ Jan Žižka 率いるフス派は、ジシュカの発案になる、さまざまな戦術・兵器を駆使し、無敵を誇りました。
〓そうしたフス派の 「新兵器」 のひとつに、「携帯できる手持ちの火器」──すなわち、鉄砲がありました。その武器をば、ボヘミアでは
píšťala [ ' ピーシュチャら ]
と呼んでいました。
「ピーシュチャラ」 というのは、そもそも、
「ピーヒャラ、ピーヒャラ」 という
──日本語にとてもよく似ているのが愉快です──笛の擬声語らしく、チェコ語では、現在、次のような語義があります。
【 píšťala 】 「ピーシュチャラ」
(ボヘミアの民族楽器としての)
たて笛
(スポーツなどで使う)ホイッスル
(管楽器の)リード
(一般に “管” という意味での)パイプ
〓 píšťala 「ピーシュチャラ」 という単語には、形態素として、
pisk- 「ピーピーという声・音」 があり、その派生語という考え方もできますが、スラヴ語には -jala という接尾辞が見当たらないので、「ピーシュチャラ」 は、独立した擬音と考えてよいように思います。
〓「ピーピー」 という音を pisk- で表すのは、スラヴ語のもともとの性質らしく、
pištět [ ' ピシュチェット ] <チェコ語・動詞> 金切り声をあげる
писк pisk [ ' ピースク ] <ロシア語・名詞> ピーピーいう声
pisk [ ' ピスク ] <ポーランド語・名詞> 金切り声
などが見えます。
〓「フス戦争」 における戦闘は、ヤン・フスが火刑に処された 1415年の4年後、1419年 (室町時代) に始まり、1434年まで断続的に続きました。つまり、
1419〜1434年
のあいだに、píšťala 「ピーシュチャラ」 という兵器とコトバとが生まれたことになります。
〓「ピーシュチャラ」 というのは、のちの銃に似ず、細長い 「笛のような」 形をしていました。“ほぼ真っ直ぐな” 木製の細長い銃把 (じゅうは) の先に鉄製の銃身がついていて、弾は筒先からこめるようになっています。小型の火器で、ふだんは、脇の下に携帯したそうです。
〓その形が、「ボヘミアの縦笛=ピーシュチャラ」 に似ていることから、
「縦笛」 = 「ピーシュチャラ」
と呼び習わされたようです。
〓ヨーロッパで、最初に、このコトバを採り入れたのはフランス語と思われます。
pistole [ ピス ' トる ] 1544年
pistolet [ ピスト ' れ ] 1534年
〓 pistolet のほうが初出が早いですが、これは、pistole に指小辞 -et が付いたもので、おそらく、この火器の 「小ささ」 が衝撃的であったことを示すのでしょう。現代フランス語の pistole には、「銃」 の意味がありませんが、1544年に初めて現れたときには、「銃」 の意味で使われています。
〓このフランス語が、のちに、ドイツ語に
Pistole [ ピス ' トーれ ] として入りました。しばしば、この順番は、
チェコ語 → ドイツ語 → フランス語
のように言われます。確かに、地理的にはこのほうが近いです。しかし、チェコ語の発音は、西欧人からしてみれば、
[ ' p i : ∫ t∫ a l a ]
のごとき音です。ドイツ語という言語は、
[ ∫ ] 音、[ t∫ ] 音を持ち、
通常、単語のアクセントは
語頭に来る
ので、これを [ ピス ' トーれ ] で写すのは、かなり不自然です。そこへいくと、フランス語は、
[ t∫ ] 音を持たず、
アクセントは語末に固定
という特徴を持っているので、[ ピス ' トーれ ] というぐあいに 「口蓋化音の直音化」
──「シュ」→「ス」 のような変化──が起こっているほうが自然なのです。
〓また、フランス語の pistole(t) の語源を、イタリアの地名
Pistoia 「ピストイア」 に比する説がありますが、Pistoia の本来の語形──つまり、ラテン語形は、
Pistoria [ ピス ' トーリア ]
古典ラテン語名 Pistorium [ ピース ' トーリウム ]
であり、まだまだラテン語に権威のあった 16世紀に、フランス人が、
r と l を取り違える
というのは、まず、ありえないことでしょう。コチラの説は、よくある 「地口による民間語源説」 と言えます。
〓英語に入ったのは、フランス語に登場してほどない 1570年ごろです。
pistol [ ' ピストる ] 英語。1570年ごろ初出
〓つまりですね、英語の pistol の語源はですね、
「ピストル」
= チェコ語の 「ピ〜ヒャラ」
ということなんです。
【 「ガン」 の語源 】
〓 gun は、先日書きましたように、「投石機」 というのが原義です。語源は未詳とされていますが、もっとも有力な説は、
女性の名前である
というものです。「なんじゃ、そりゃ?」 と思うでしょ。ごもっともごもっとも。
〓1330年に書かれたウインザー城の軍備リストの中に、次の1項目があるそうです。
Una magna balista de cornu
quae vocatur Domina Gunilda.
[ ' ウーナ ' マーグナ バー ' りスタ デー ' コルヌー
クワイ ウォ ' カートゥル ' ドミナ グ ' ニるダ ]
「レディー・グニルド」 と呼ばれるコーンウォル製の
巨大投石機 1機
〓これはラテン語です。ヨーロッパにおいては、公式記録が 「ラテン語で書かれるものだった」 ということが、よくわかります。
〓「グニルド」 というのは、ゲルマン人の中のノルド系 (北欧系) の女子名です。当時の英語では、
Gonnylde, Gonnilde 「ゴニルド」
などと言っていたようです。古ノルド語 (古期北欧語) では、
Gunnhild-r [ グンヒるドル ] グンヒルドル
といい、Gunilda 「グニルダ」 は、それをラテン語化したものです。
〓 Gunnhild-r の由来は、およそ、女性の名前とは思えないものです。
gunn-r, guð-r [ グヌル、グずル ] 戦い
+
hild-r [ ヒるドル ] 戦い
↓
Gunnhildr [ グンヒるドル ]
戦い+戦い
〓14世紀のイングランドでは、語末の変化語尾 -r は消滅し、語中の -h- は脱落して、
ゴニルド ← グンヒルドル
となっていたわけです。語源は 「戦い+戦い」 ですが、当時のイングランド人や、支配階級の 「フランス語化したノルマン人」 が、「古ノルド語の原義を覚えていた」 とは考えづらく、むしろ、
強大な兵器に
「女性の名前を付ける」 という
倒錯したコトバ遊び
と考えるほうがよいでしょう。
〓同じような例は、兵器の愛称にしばしば見られます。
Brown Bess [ ブ ' ラウン ' ベス ] 英語 「茶色のベス」
18〜19世紀に英軍が使用したマスケット銃
Dicke Bertha [ 'ディッケ 'ベルタ ] 独語 「太っちょベルタ」
第一次大戦でドイツ軍が使用した榴弾砲
Катюша Katjusha [ カ ' チューしゃ ] 露語 「カチューシャ」
第二次大戦でソ連軍が使用したロケット砲
※語源はコチラ↓
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=54312538&owner_id=809109
〓ところで、gun という単語は、中期英語では、
gonne, gunne [ ' ゴン、' グン ]
で現れ、どうやら、これは Gonnilde, Gunilda の略である、と考えられています。
〓 Gunnhild の系統の女子名は、現在でも、北欧やドイツに見られますが、面白いことに、こうした名前の女性の愛称も、Gun に似た語形なんです。
Gun [ ' グン ] スウェーデン、デンマーク
Gunn [ ' グン ] スウェーデン、デンマーク、ノルウェー
Gunna [ ' グナ ] スウェーデン、デンマーク、ノルウェー
Gunne [ ' グネ ] デンマーク、ノルウェー
〓まあ、そんなことで、最初に 「巨大投石機」 に付けられた名前が 「グニルド」 で、その愛称 「グン」 が、そののち、「大砲」→「火縄銃」→「ピストル」 というぐあいに受け継がれていったことになります。
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