中世のヨーロッパを襲った黒死病（ペスト）は、ヨーロッパと北アフリカの社会に破壊的な衝撃をもたらした。
◎ヨーロッパの人口の最大６０％が失われた黒死病パンデミック
黒死病のパンデミック（１３４６〜１３５３年）により、この両地域で推定７５００万〜２億人が死亡しており、当時のヨーロッパ人口の最大６０％の人口が失われたという（写真＝黒死病のパンデミックで崩壊した社会を描いたピーター・ブリューゲルの「死の勝利」）。
黒死病の地理的起源については、過去の記録、古代ＤＮＡなどの大がかりな研究が行われたにもかかわらず、依然として確かなことが分かっておらず、西ユーラシアから東アジアにわたる数々の発祥地が可能性として提唱されているだけだった。
その起源を求めて、ヨハネス・クラウゼやフィリップ・スラヴィンら国際チームは、現キルギス北部のチュイ渓谷のカラ・ジガチとブラナという２つの墓地を調べた（地図）。
その成果が、イギリスの科学週刊誌『ネイチャー』２０２２年６月２３日号で報告された。
◎キルギス北部の１４世紀の墓、パンデミックの７〜８年前に疫病死者が増加
そこに至るまでチームは、キルギス北部のこの地域の１４世紀の墓地について書かれた１８９０年の論文に手がかりを発見した。その論文には、黒死病流行の７〜８年前に当たる１３３８〜１３３９年に同地域で埋葬が急増。複数の墓碑には「疫病で死亡」と記されていた。
チームは、あらためてカラ・ジガチとブラナの両墓地を調査したところ、ヨーロッパ・北アフリカのパンデミック前の１３３８〜１３３９年までの埋葬遺体の数が突出して多いことが判明し、一定数の墓石には「疫病」が死因だと記されていた（写真＝１３３８〜１３３９年の黒死病犠牲者のものと思われる墓碑）。
◎黒死病病原体の発祥地の可能性高まる
その病院を突き止めるため、クラウゼらは埋葬遺体を調べ、７人の歯からＤＮＡを採取し、数千種類の微生物遺伝子と比較したところ、３つからペスト菌の痕跡が見つかった。
この疫病の流行にペスト菌が関与していたことが示唆された。
クラウゼらは、今回発見されたペスト菌のゲノムが、単一の菌株のゲノムであり、これが黒死病の多様化したゲノムの最終共通祖先だと推定した。
それと同時にこの地域に現存するペスト菌株との比較も行われ、この地域が古いペスト菌株の発祥地であることが示された。
◎多地域との交易に依存していた共同体
過去のデータと墓石の碑文や副葬されていた硬貨などの遺物に基づいて、チームは、この地域にはユーラシアの各地域との交易に依存した多様な共同体があったとする学説を提唱している。
このことが、１４世紀にヨーロッパ・北アフリカに黒死病が蔓延した一因となった可能性があるという考えを示している。
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