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2022年01月07日10:45

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「遊牧の人類史」(松原正毅 著)読了

映画「ノマドランド」が話題となり、コロナ感染拡大によってリモートワークが急速に普及し、「定住」「定職・出社」という既成概念が揺らいでいる。その《ノマド"nomad”》とは本来は「遊牧」あるいは「遊牧民」のこと。

本書は、まさにその本来の「遊牧民」の根源的な考察。あるいは農耕・牧畜という形で定住生活を始める以前の人類史を考察したもの。

遊牧というのはそもそも痕跡を残さない。文字といった言語記録もない。だから考古学的検証は困難を極めるし、ヘロドトスや司馬遷など外部者による記録はあるが、内部的伝承もないし古代以前の検証はほぼ不可能。

著者の推論では、現世人類が遊牧の羊の群れと出会ったのは出アフリカを果たして、東地中海や西アジアに達した頃。そこから徐々に黒海沿岸など中央アジアへと拡がっていったいう。狩猟採取は集団を成すが、原始的な遊牧は一家族という小さな集団だったと推定できるという。

トルコ系遊牧民ユルックと生活を共にして詳細なフィールドワークを行い、ユーラシア各地で遊牧社会を研究してきた著者が、そのライフワークとして緻密な推論を繰り広げているのが本書。ほとんど遊牧に接することのない現代人、なかでも日本人にとっては必読のものかもしれない。

遊牧というと家畜とともに牧草地などを求めて流浪するというイメージがあるかもしれないが、これは理解不足であり大きな誤解。遊牧民が共にするのは家畜ではなく《野生》のヤギや羊たち。むしろ、人類が野生の群れに受け入れられて生活している。著者が遊牧民と暮らしていた時も、ヤギなどの群れが一夜にして消えてしまい、後から人間が追いかけるということもしばしば目撃したという。もちろん動物たちが受け入れたのは、彼らにもメリットがあるから。すなわち遊牧とは自然との共生そのものだと言う。

人間の主要な役割は、群れの《管理》ということ。群れをまとめ、はぐれ者をださずに、円滑に移動する。重要な管理は、《性》。野生動物の群れは発情期には激しい抗争を繰り広げる。オスを間引いて群れの秩序を保つ。幼生期や授乳期の子どもを隔離し乳量や生育を管理する。人間は、羊毛や皮、乳などを享受する。食肉は神事などごく希な機会に限られているという。

家畜化への移行の大きなカギとなったのは《去勢》の技術だという。もちろん《性》の管理が目的だった。義和団の乱、日露戦争まで軍馬の去勢を知らなかった日本人にはなじみがないが、ユーラシア大陸では古代からの常識。去勢されたオスは性格が大人しく従順で遊牧の群れを導くリーダーとして活かされたそうだ。

ウマやラクダと出会うのもやはり西アジアでのこと。騎乗技術が発達していくが特にウマは機動力があり、やがて日常的な遊牧管理は女性や子どもに任され男性は騎馬軍団として軍事化する。中世ではモンゴルを典型として遊牧民は強大な軍事力を発揮して歴史を変えていく。遊牧民は、生来、受容性に富み、多民族・多宗教を厭わなかった。モンゴルは世界帝国を成し、次第にイスラム化していったが、各ハン国は民族・言語・宗教を問わず有能な官僚を登用することに躊躇がなかった。それもまた《共生》を根源とするからこそなのだろう。

遊牧民は土地私有とはなじまないから、資本主義、近代国家の形成とともに徹底的に差別され迫害を受けた。けれども行きづまりつつある現代社会の将来を見据えていくうえで、様々に示唆を与えてくれる。それは著者の言うとおりだと思う。

ここかしこに目からウロコが満載で、歴史好きにとっても、人類学、社会学に興味のある向きにとっても示唆に富んだ良著。面白かった。

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遊牧の人類史
 構造とその起源
松原正毅 著
岩波書店

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