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2021年06月20日16:39

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壁を見つめていた人、その4の2

 弱小出版社と付き合うのはリスクばかりで、ほとんどメリットらしいものはなかった。同じエロ本でも、そこそこに大きな出版社のほうが製作費もあるし、グラビアに使えるモデルも美人になるし、風俗取材も楽だったのだ。その上、そこそこの会社ならギャラは必ず支払われた。弱小出版社はギャラの払い渋りも多いのだが、何よりも、ギャラの支払日の前に会社がつぶれてなくなってしまうということが少なくなかったのだ。
 それでも、筆者は弱小出版社で仕事をすることが好きだった。生来、ゲリラに向いているというのもあるのだろうが、何よりも、一緒に仕事をしている人たちの心が分かるというのが好きだったのだ。
 少し規模が大きくなると、社長の顔さえ知らない間に本が出るなんてこともあった。そうした仕事は、どうしても好きになれなかったのだ。
 しかし、弱小出版社にもかかわらず、その男の心は分からなかった。いっさい分からなかった。
 社長とは、しばしば飲みに行った。ゆえに、彼が本当はエロが嫌いで、出来れば旅行雑誌をやりたかったのだということが分かった。経理の女性は社長の愛人ではなく、実は若い男の子を使って性風俗をやりたがっているのだということも社長から聞いて分かった。しかし、その話が嘘か本当かは、分からない。ただ、半年も仕事をしている間には、その女性の性の嗜好のようなものは朧気ながら見えて来たりした。そうしたところが弱小の良いところなのだ。
 ところが、その男のことだけは、全く分からないのだった。
 弱小出版社の出すマニア雑誌というのは、それは酷いもので、ほぼ一冊、全てのページの文章を筆者自身が書くような仕事の仕方となる。もともと、文章というものは自らの校正が不可能と言われているのに、月に一冊のペースで雑誌は出るわけだから、校正などしている余裕はない。
 そこで、筆者の原稿の校正の全ては、その男に頼んでいた。
 誤字脱字のチェックだけはない。文体の揺れや、言い回し、あるいは、登場人物の台詞の揺れさえも、その男は細かくチェックしてくれた。
 そして、一本の小説、告白、記事を読む度に、その男は、今回のものは面白かったですね、とか、今回のは愛がありますね、とか、少し乱暴になっていますよ、と言ってくれた。
 さらに、その男は、この性癖の人がこうした言動をするのには矛盾がありませんか、とか、この性癖の人の性格として、これは少しおかしくないですか、などと、そんなチェックもしてくれた。
 出身大学で何かが決まるわけではないが、確かに頭は抜群に良いように思われた。
 分からないのは、そんな男がどうして、叔父のやっているエロ出版社にいるのかだった。性に興味があるなら分かるが彼はないのだ。性に興味がないのに、しかし、マニアの心理については分かる、と、そのことも筆者には不思議だった。
 そんな彼と二人きりで旅行に出ることになった。その出版社に出資しているらしいマニア夫婦の取材。いや、取材という名目の性的接待のようなものだった。本来なら社長と筆者の男二人で行くところだったのだが、どうしても行けなくなり、女性というわけにも行かず、仕方なくその男が同伴することになったのだった。
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