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2021年03月09日07:18

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ポチとラッキイー5

ラッキイが来てから一年近くなると、家の中でよく放していた。そしてたまに喧嘩になった。或る時は居間の床に食べ物のかけらが落ちていて、先に気づいたポチが近づくと、食い物に卑しいラッキイが物も言わずに噛み付いた。更に時が経ち、もう大丈夫だろうと室内に放して出かけた。帰ると椅子が引っ繰り返り、植木鉢が倒れ、二匹は顔や体に血をにじませ、自分のソファーで憮然としていた。そして僕たちは学んだ。(もう絶対信用しないからな)と。
 しかし人生とは不思議なものだ。飢えに苦しむ長い放浪生活で、喧嘩っ早く自分勝手でいつも不機嫌な、一言でいうと嫌な犬に成り下がったラッキイが、今では「ほとけのラッキイ」と呼ばれる。そしてそれには理由があった。     
 ラッキイの優しさに気づいたのは、来てから一年以上も経ってからだった。その頃ポチとラッキイと僕は、山にきてから手作りで増築した山小屋風の離れで寝泊りしていた。母屋には妻と母が住み、我々は男同士の気楽さを楽しんでいた。そして、実は我が家にはもう一匹の同居人がいた。メス猫のみゃー子だ。やはり野良猫あがりだが、性格はおっとりして人懐っこく、木登りが得意でネズミ捕りはもっと得意という豪の者だ。毎日毎日、朝になると玄関のドアの外にネズミの死骸が一匹二匹と自慢気に置かれ、途方に暮れたものだ。生きたネズミを銜えたまま家に入ろうとしたし、夜には「出たいよー」とうるさく鳴く。我々の食事の際は「くれー、くれー」と騒ぐ。だから僕は「注文の多い猫」と呼ぶ。
 閑話休題、ある日の午後、部屋の中にいた僕はみゃー子が顔を出し戸口に寝そべっていたラッキイの鼻にチュッとキスしたのを見て、びっくり仰天した。その後、猫は彼の隣りで気楽に寝そべった。猫嫌いのポチが部屋の奥から吠えたが、繋がれているのを知ってるから平気の平左なのだ。
 (フーン。)と感心した。凶暴な印象が強く僕でも近づく時はおっかなびっくりのラッキイとよく仲良くなったものだ。そして猫のみゃー子の犬を見る目の確かさが、追い追い分かってくる。
 我が家に来てから一年も経つと、ラッキイはぽっちゃりと健康そうになったが、悩みの種は弱くてすぐ痒くなる皮膚だった。特に夏の間は痒い所を噛んだり掻き毟ったりして、あちこちが赤剥けの肌で見るのも辛かった。老人の床ずれ用軟膏イソジンを塗ると直るが、また他の所が痒くなる。痒みとのイタチゴッコだ。僕たちは同情したが、本人は(人生の幸福なんて、せいぜいこんなもの)と諦観してるように、毎日淡々とあちこちを掻いていた。
 その翌年の春、堪りかねて町の獣医に相談に行った。皮膚を調べ、ダニの可能性を指摘され、薬浴を勧められる。半信半疑だったが、獣医の勧めに従った。二週間置きの薬浴を都合三回した。その都度三、四時間預けて、迎えに行く。噛み付いたり大暴れしたりしないかと、心配だったが、迎えに行くとこざっぱりと毛をカットされ、おまけに首輪に可愛い赤い蝶ネクタイを付けられ、満足気に現れたので唖然としたものだ。
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