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2020年12月22日22:02

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可愛いミヨちゃん〜奥村チヨ〜叔母たちよ、ではなく小畑千代〜佐藤かよって、男かよ!?

〜竹内てるよと上皇后、私の亡父の関係〜

前回は「○○よ」と呼びかけの「よ」について書いたが、
その時、人名でも、「よ」で終わる名前にことも触れようと思ったら、
長くなるのでやめた。それで、今回のテーマにする。

「△△よ」で終わる名前、主に女性で、例えば「田中絹代」古すぎる?
なら、梓みちよ(左画像)、今年の初めに亡くなったんだな。
そして奥村チヨ。
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この二人は、デビューが1960年代前半。

不思議なことに‘70年代には、「△△よ」のアイドル、スターがいない。
「20世紀アイドル、スター大全集」のパート2(1965年〜79年)を持っているが、
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そのINDEXをチェックしても、該当したのは奥村と大楠道代だけだった。
大楠道代←女優らしいが、私は知らない(^^:

60年代までは「よ」で終わる女性の名前がポピュラーだっただな。
るんるん平尾 昌晃のナンバーに ミヨチャン(1960年)
https://www.youtube.com/watch?v=w1rAYphd1qc

ちなみに浅田美代子(73年デビュー)は、
ミヨちゃんと呼ばれていたが、「美代子」

○十朱 幸代(とあけ ゆきよ〕と言う女優もいた。

○声優の大山 のぶ代も’60年代から活躍し、むしろ79年の「ドラえもん」で
脚光をあぎたかんがある。

○小畑千代
↓中央
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最初にテレビで定期放送(1968年〜70年、東京12CH)された女子プロレスラー
私も見ていた(^^:
ネットを始めた時「OBATACHIYO」と打って、変換すると「叔母たちよ」と
出て笑ったことがある。

ということで、「よ」で終わる女性有名人は、’60年代までで、
70年に入るとパタッと止まる。
その当時だとちょっと古臭いイメージになったな。

それが1982年になると松本伊代の登場で復活!
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彼女、自分の歌の歌詞に「伊代はまだ16だから〜」とアピールしていたので
余計印象に残ってた。

伊代は1965年生まれだけれど、66年生まれで、今、話題になっている女性は
この人、佳代さん。
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その前に80年、女性漫才師で今いくよ、くるよがブレイク。師匠は今喜多代

○松居一代(かずよ、’57年生まれ)もブレイクしたのは80年以降だし
「空手バカかずよ」って誰のこと?
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それは「空手バカ一代(いちだい)」

○大相撲の大関正代も、「まさよ」ではなくショウダイだからね!
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でも、彼の御祖母さんは正代正代(しょうだいまさよ)というらしい。

○佐藤かよ(右画像)
最近みないけれど、ファッションモデル、タレント、
しかし、性別は♂佐藤かよ、って男かよ!
ただし、メークを落とすと、こういう顔らしい。
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ちなみに岡田有希子(’67年生まれ)、本名、佐藤 佳代(かよ)

この60年代半ば過ぎ生まれで「よ」で終わる名前の女性は
梓みちよ、奥村ちよの影響を受けているのでは?
私の知り合いでも67年生まれで「みちよ」という女性がいたが、
ハッキリ「梓みちよ」に肖って命名された、と言っていた。

目男性で「よ」で終わる名前は
野口英世、、子供の頃、「ひでお」ではなく「ひでよ」なんだな!
と意外に思った。
あと川崎麻世ね。本名。
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世で終わる女性に
木村盛世(もりよ)がいる
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コロナのことで良く出て来る医者
位置情報■人出減らぬ首都圏 「第3波」で感染拡大、勢い止まらず
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=6352596

○動物では、
菊千代(きくちよ). 赤塚先生の愛猫
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手(パー)最後に女流詩人、竹内てるよ(1904年- 2001年)のことを書こう。
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と言っても知っている人は少数だと思う。
学校の教科書にも出てこなかったし。

ただ、上皇后が、皇后時代に「2002年9月29日、スイスのバーゼルで
開催された 「国際児童図書評議会」 (IBBY) 創立50周年記念大会で、
日本の美智子皇后がスピーチの中で竹内てるよの代表作「頬」を
引用したことから知れ渡った」
https://www.manabi.pref.yamanashi.jp/db/servlet/dbview?id=2011039331
それで翌03年テレビドラマにもなった。
http://www.tvdrama-db.com/drama_info/p/id-36766

で、竹内てるよって、私の父親(’87年没)の詩の先生だったんだよ。
生前、その事を語り、その時は、竹内てるよ、という詩人を知らなかったが、
「美智子さん(当時皇太子妃)も、門下生だった」との言葉に驚いた。
つまり詩の世界では亡父は上皇后の兄弟子になるようだ。

で、父が亡くなった後、2002年の皇后のスピーチで、「やはり、そうだったんだ!」
と思ったが、でも、今、ネットで検索しても上皇后が竹内てるよに師事したと
いうソースはないんだなぁ。
詩を習ったという文すらない。まぁちょっと指導を受けたことがある程度かな?

親父が竹内さんの弟子というか親交があったのは事実。親父はプロ文筆家ではないが、
本を3冊出版している。その内の1冊の前書きに竹内さんが推薦文を記している。
あと家に竹内さんの親父宛てのサイン入り詩集が数冊ある。

マイミクさんの情報によると、版画家の棟方志功の娘さんも
竹内てるよ門下生だったとのこと。

まぁ、上皇后と親父が同じ門下生だったとしても、それがどうした?
という話だけれどね。
年齢が違うので机を並べて習ったわけではない。
それに上皇后の例えば小学校〜聖心女子大の先輩と言えば、
それこそゴマンといるしね。

それだけの話、あまり上皇后のことに触れると「皇室利用」になるのでこの辺にする(^^:。




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