mixiユーザー(id:11464139)

2020年08月14日09:06

83 view

連続ブログ小説 淋しい生き物たち−少女の欲しかった日 第119話

「ヤシガニツアーの話をしてたのよ。いっつもうちのお客さんまでヤシガニを見に連れて行ってくれるのよって」
 女将さんの言葉は渡りに船だと彼は思った。ここでもハリの品評会か囲み取材が始まってしまいそうだったからだ。
「丁度いいくらいの時間だから、見たことない人がいたら今からご案内しましょうか?」
「わあっ!」と若い女性のグループから歓声が上がった。
「じゃ、行きましょう」
「ごめんね玉城さん。いいの?」と女将さんが気を遣う。
「いいですよ。どうせこの子にも見せようと思ってたんで」
「じゃ、飲みに戻ってきてね。勇一さんも玉城さんと飲むのを楽しみにしてたから」
 
ハリと彼が外に出ると5人の若い男女がついてきて、「お願いします!」と声をそろえた。海辺のテーブルの方の宴会もお開きになったのか、道の向こうから戻ってくる親子連れの姿が見えたので誘い、総勢10名という大所帯のヤシガニツアーになった。
「この島の言葉ではマッコーヤって言うんですけど、ヤシガニは夜行性のくせにもうそろそろ寝る時間なんですよ。だから今夜は近場のヤシガニロードへ行きましょう」
「そんなのがあるんですか?」
「いえ、ぼくが勝手に言ってるだけです。ヤシガニ銀座とかいろいろ」
「銀座もあるんだ」と若い笑いが起こった。
「渋谷ならヤシガニスクランブルだね」
「あ、それいただきです。今後使わせてもらいます」
 また笑いが起こる。
          フォト
 歩きながら彼は続ける。
「ロードに入って先頭のぼくが立ち止まったら全員立ち止まって口も閉じてください。耳を澄まして、草の中からガサゴソ音がしたらそこにヤシガニがいます」
 一転して真剣な表情で若者たちが聞いている。
「危険はないんですか?」
「危険な場所には行きません。この島にはハブもいないから草むらも大丈夫。ただヤシガニそのものが危険生物ですから、むやみに触らないでくださいね。触りたかったらあとで触らせてあげますから」
「隊長、今夜は見られそうですか?」
 彼はこんな風に夜の観光ガイドもよくするのだが、何故か決まって誰かが隊長と言い出す。
「まだ季節はちょっと早いけど大丈夫ですよ。必ず見せます玉城ツアー!っていうのがキャッチフレーズですから」
「やった!」
「ま、ネタをばらすと、たくさんのヤシガニを大きな金網で飼っておられるおうちがあって、見つけられなかったときはそこに案内するんですけどね。さぁ、ヤシガニロードに着きました」
 それはバンガローの前の道だった。バンガローの灯りを最後に、その先は正に漆黒の闇だ。携帯のライトが一斉に発光する。数歩進んでいきなり彼が立ち止まる。全員がピタッと動きを止める。軽い緊張が走る。

【作中に登場する人物、地名、団体等にモデルはありますが、実在のものとは一切無関係です。】
1 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する