まず、カバーがいい。
懐かしの「ぶーけコミックス」そのまんまで、
サイズが違うのと自画像が混じっているのを除けば、
「純情クレイジーフルーツ」の新刊かと思ってしまうほどだ。
版元はぶんか社なので、おそらくあちこちにアイサツが必要だったと思うが、
松苗あけみが自分の少女漫画人生を振り返る一冊となれば、
心地よく承諾してもらえたのだろう(知らんけど)。
笹生那実の「薔薇はシュラバで生まれる」の便乗企画にしては早すぎるとも思ったが、
もともと「本当にあった笑える話」に2018年から連載されていたものなので、
たまたま同時並行的に似たような企画が進行していたようだ。
その背景には、1970年代が少女漫画の青春時代であるとともに黄金時代であり、
とにかく元気や熱気があって、革命とも呼ぶべき変化や革新があって、
作者の熱意に読者が反応し、その中から新しい作者が生まれていくという、
すべてがキラキラしていた時代であったことを、
(作者も読者も)落ち着いて振り返りたくなる時期に来ているということなのだろう。
そんな中にあって、松苗あけみは24年組のリアルタイムの読者であり、
(当時はよくいた)いきなり漫画家の家に押しかけるほど熱心なファンであるとともに、
とことん絵の人であったようだ。
高校の漫研時代に発表していたのも、編集部に初めて持ち込んだのもイラストだった。
アシスタントデビューも、絵の力が買われてのことだ。
そもそも、松苗あけみの姉の同級生にMさんという人がいて、
その美大時代の友人にまだ学生だった内田善美がいてという縁がつながり、
その紹介で内田善美に代わるアシスタントとして一条ゆかり作品を手伝うこととなる。
言わば、身元保証人が少女漫画界が生んだ究極の絵師・内田善美で、
後見人が少女漫画界一番のパワーファイター・一条ゆかりという実に豪華な顔ぶれだ。
またデビューのきっかけも絵の力だ。
(当初は)全ページオールカラーというありえない漫画雑誌「リリカ」が創刊され、
カットを描きながら、ネームが出来たら即デビューという破格の条件で迎えられる。
編集者に紹介された松苗は、まだ漫画を一本も描いたこともないのにと恐縮するが、
当時の編集者にとっては「カラーを描ける新人」の方が貴重だったにちがいない。
「リリカ」が休刊し「ぶ〜け」に移籍した後も、初の前後編で一番描きたかったのが、
「ヒロインのエプロンドレスとクルクル巻き毛の金髪縦ロール」だったと告白したり、
漫画をめぐる松苗あけみの記憶は、どこまでも絵が優先している。
そして、いろいろストーリー作りに苦労した末に、
自分の女子高時代の生活をもとにした「純情クレイジーフルーツ」を描くことで、
ようやく、キャラづくりの面白さがわかり、描きたいものが湧き上がるようになり、
「ぶ〜け」を代表する連載作家の仲間入りを果たす、というのが骨格だ。
その後も、不安がったり、愚痴ったり、卑下したりの連続だが、
事実だけを見る限り、皆さまご存じの順風満帆な人気漫画家ぶりだ。
それまでの初期作品に対する低い自己評価も、
本当のところはどうなんだろうと思いながら読み進めたのだが、
なにせ松苗作品は「純クレ」のシリーズしか読んでいないので、
「何をおっしゃいますやら」と自信をもって言うことはできない。
少なくとも、自画像が一貫して「桃苗キャラ」なのに、
この本でも紹介されている写真ではオシャレな一条組の若い衆の姿なので、
それだけでも自己卑下ぶりがうかがい知れるところだ。
そんな合間に、集中線の代わりに束の線をかけあわせることや、
スクリーントーンを主線からずらして貼ることや、
瞳の中に点描を入れるといった技法も開発したことは、しっかり主張する。
(やっぱり、絵の人だ。)
貴重なのは、当時の一条ゆかりと内田善美の日常が紹介されていることで、
一条ゆかりは世間が想像する「けだるいお姉サマ」(風に松苗は描く)ではなく、
サハサバとして面倒見がよい、てきぱき動くお姉さんとして登場する。
それでも、徹夜明けで編集部に行くタクシーの中で次の120ページの物語を作ったとか、
編集者が知っているステキなレストランはたいてい一条ゆかりに教えたものとか、
努力と根性と豪快さをあわせ持ったところは、いかにも世間が思う一条ゆかり像だ。
内田善美については、愛蔵の漫画本を手書きのレタリングをしたカバーで包んだり、
アシスタントが(自主的にだが)部屋いっぱいに紙を継いで消失点を取っていたり、
明るくやさしいが緻密で粘り強い女性として登場する。
一方、自宅には学生時代のように友人が遊びに来たり泊まったりしていたというから、
必ずしもあの絵柄のような静謐で孤高の人というわけではないようだ。
しかも、そのうちの一人が、ぶーけコミックスのカバーのデザイナーだったりするので、
世間は狭い。(アイサツもしやすかっただろう。)
内田善美の引退については、
「単行本の口絵のカラーに時間がかかりすぎちゃって」という言葉を拾っている。
「星の時計のLiddell」のことと思われるが、
そりゃあ時間もかかるでしょうという立派な口絵だ。
おそらく、内田善美という作者が到達した自らが許容できる絵の水準に、
少女漫画(の締切りと原稿料)という枠組があわなくなっていたのだろう。
松苗あけみも、引退した後の内田善美には会えていないようだ。
「ぶ〜け」の後輩にあたる吉野朔実の思い出も語られる。
たまたまもらった「薔薇大図鑑」という本を形見として大切にしているそうだ。
それにしても、松苗あけみが中学生時代から競馬四季報を買うような、
筋金入りの競馬ファンだったことには驚いた。
住み込みの弟子もいる職人さんの家なればこそかもしれない。
ファンの間では知られていた話なのだろうか。
ログインしてコメントを確認・投稿する