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2020年05月22日09:36

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新型コロナウイルス感染にさらされる米国の食肉工場労働者 ―先進国の歪んだフードシステム

新型コロナウイルス感染にさらされる米国の食肉工場労働者 ―先進国の歪んだフードシステム
2020.05.10
内田聖子
HARBOR BUSINESS Online
https://hbol.jp/218839 
4月28日、米国での新型コロナウイルス(COVID-19)の感染者がついに100万人を超えた。感染症による死者も5万8000人を上回り、いずれも中国を抜き世界最多だ。米国での感染者数は世界全体の約3分の1を占める。
米国全体での感染拡大の分析は専門家に譲るとして、ここでは米国の食を支える現場で起きている爆発的な新型コロナウイルス感染と、その背景にある先進国のフード・サプライチェーンの問題をお伝えしたい。

爆発的な感染によって食肉処理工場が次々閉鎖

3月23日、ロイターは米国で3番目に大きい食肉加工企業であるサンダーソンファーム(Sanderson Farms) が所有するミシシッピ州マコームの工場で感染者が出たと報じた 。同社のウェブサイトによれば、この工場では週に130万羽分の鶏肉が処理されている。これは同社全体の処理数の約9.5%にあたるという。

その後、4月に入ってから食肉処理工場での感染者は爆発的に増加していく。米国最大の食肉企業の一つ、タイソン・フーズ(Tyson Foods) やJBS、カーギルなどの大規模な処理工場は、一つの工場に2000〜6000人の労働者を抱えるが、その工場で感染者が増えていったのだ。これを受け、4月に入り各社は工場を次々と閉鎖せざるを得ない状態となった。

劣悪な労働環境

なぜ各地の食肉処理工場で感染がここまで拡大したのか。その背景には工場の労働環境がある。そもそも米国の工業化された食産業は、低賃金の移民労働者によって支えられている。食肉処理工場はその代表例で、メキシコはじめ各国からの不法移民を含む数百人規模の労働者が、狭い空間で密集して長時間労働を行う。昼食の時間も狭い食堂で数百人が大皿から食べ物を取り肩を並べて食べることも多くある。

国家非常事態宣言が出された3月13日以降も、食肉処理工場の操業は通常通り続けられた。その後、労働者の感染が確認された後でさえも、多くの工場では労働者にマスクなどの個人防護具も提供せず、発熱などの症状を訴えても休むことができないなど、劣悪な環境は続いたという。当然、ほとんどのケースでウイルス検査もなされていない。これらが折り重なった結果、食肉処理工場が「クラスター化」したのである。中には一つの食肉処理工場で700人が感染するという、米国最大の集団感染も引き起こしたケースもある。

ダラスのソーセージ工場のケース

「会社は、労働者がコロナウイルスに感染した後なのに、生産を加速したのです」
テキサス州ダラスの食肉加工場の労働者を代表するカルロス・クィンタニラ氏は、4月末に工場前でメディアに対して訴えた 。

彼らが働くのは、米国内だけでなく海外にも製品輸出するクオリティ・ソーセージ社の西ダラス工場だ。この工場ではすでに多くの感染者が出ており、30代の労働者2名が亡くなった。彼らの死後、クオリティ・ソーセージ社は工場を閉鎖したのだが、コロナウイルスの感染拡大が理由であるかは明らかにしていない。労働者側は、会社は工場でのウイルス蔓延を把握していたはずであり、それでもただちに操業を止めず、感染の事実を公表してこなかったことに批判を強めている。一方、会社側は工場閉鎖中に、労働者への検査と体温チェック、日々の清掃や手指消毒、フェイスマスク支給など、複数の安全対策を講じるとしている。また、閉鎖中であってもすべての労働者に給与を支払う方針であると説明している。

しかし、クィンタニラ氏を含む労働者側は、会社側の発表を素直に信用できないと主張する。

「会社は、労働者の安全よりも生産と利益を優先しています。体調を崩して仕事に来なかった労働者とその家族に対し、会社は何度も何度も、出勤するよう圧力をかけてきました。挙句の果てに、『1000ドルのボーナスを出すから出勤するように』とまで言ったのです。その時、すでに工場でのウイルス感染は明らかになっていました。なぜ会社はすぐに工場を閉鎖しなかったのか」

クィンタニラ氏の横には、ウイルス感染によって亡くなった30代の2人の労働者の家族も同席していた。その一人、4月25日に亡くなったヒューゴ・ドミンゴスさんのパートナー、ブランカ・パラ・ゴンザレスさんは、「彼が体調不良だったにも関わらず、会社は工場に出てくるよう求めてきました。会社は、彼が生命の危機にさらされていたことを知っていましたが、そんなことはどうでもよかったのです」と涙ながらに語った。

こうしたケースは全米各地で起こっている。4月に入ってから食肉企業はようやく工場閉鎖を判断していくが、工場での感染拡大が確認された段階で、すぐに工場が閉鎖されていれば、あるいはせめて労働者の安全管理が徹底されていれば救われた命もあるはずだ。

工場を再開せよというトランプ政権

食肉処理工場の閉鎖がドミノ現象のように続く中、事態は一転する。4月28日、トランプ大統領は、コロナウイルスの感染拡大によって生産を中止している食肉加工企業に対し、操業を命じる大統領令に署名したのだ。

米国には重要物資の増産を民間企業に指示できる「国防生産法」という法律があり、これを使用した形だ。トランプ大統領は、食肉の流通は「重要なインフラ」と強調し、「加工会社の不要な操業停止は、短期間で食料供給網に大きな影響を及ぼす」として再開を命じた。企業側は、操業開始後に再び従業員が感染すれば経営責任を問われる恐れがあるため、早期の操業再開に慎重姿勢を見せていたが、この大統領令によって押し切られる形となる。

大統領の判断の背景には、食肉供給の低下への危機感がある。4月以降に工場閉鎖が次々となされた結果、全米の豚肉加工量が25%、牛肉加工量は12%減少したという試算もあり、世界最大の食肉産業を有する米国にとって打撃は大きい。食肉はスーパーマーケットでも品薄になると同時に、価格も高騰し始めている。一方、生産者は工場に搬入できない牛や豚であふれかえっている状態だ。食肉のサプライチェーンは崩壊寸前なのである。

また、米国内の食の供給を維持するという意味以上に、食肉製品の輸出の減少を避けたいという思惑がトランプ大統領にはあるのだろう。牛や豚、鶏の生産量自体は減っておらず、今回ボトルネックとなっているのは、加工処理工場だ。ここさえ動かしておけば食肉製品の量は減らないという算段だろう。

もちろん、食肉処理工場の仕事に国防生産法が適用されることで、今後感染した労働者は補償を受けられる法的地位を得られる。何の保護もされないまま感染リスクにさらされるよりは前進した面もあるが、しかし感染がさらに広がる中、補償がなされるからといって労働者の生命を危険にさらしてもよいものなのか。

実際、大統領が工場再開を命じた後、いくつかの工場では感染がさらに拡大したという報道もあり、食肉処理工場の労働者たちは決して安心して働く状態にはない。労働組合や食の問題に取り組む市民団体は「トランプは労働者を犠牲にして食肉生産を続けようとしている」と批判を強める。低賃金でも働かざるを得ない労働者たちは、労働組合を通じて工場の一時的な閉鎖を求め、仮に操業する場合には個人防護具の配布や、体調が悪化した場合の即座の検査など最低限の措置を求めている。また、内部告発の法的強化と医療体制の充実も繰り返し要求している。

アイルランドやブラジルの食肉処理工場でも感染が拡大

実は他国の食肉処理工場でも新型コロナウイルスの感染は広がりつつある。

例えば、2020年5月1日のガーディアン紙によれば、アイルランド南部のティペラリー州にあるロスデラ食肉工場では、350人の労働者のうち120人がコロナウイルス陽性だったことが判明している 。ロスデラ社は、アイルランド最大の豚肉加工会社だ。マイケル・クリード農業大臣は国会議員に対し、この他に6つの食肉処理工場で労働者のコロナウイルス感染があると公表した。

ロスデラ社は多くの労働者がウイルス陽性反応だったことを受け、安全確保のための厳格な措置を講じており、すべての労働者が仕事に戻れるまで生産を縮小すると発表した。食肉工場の労働者によれば、働く者はみな、ウイルス感染を恐れており、一部の工場では社会的隔離が確保されておらず、それどころか「人々は互いの上に乗りあうように仕事をしている。まるで家畜市場のようだ」と述べている。労働者はラインマネージャーへ環境改善を訴えたが無視されたとも語っている。

アイルランドで農産物・加工品の輸出は大きな位置を占めており、180カ国以上に輸出され17万人以上の雇用を生み出す。コロナ感染者が出たため工場を一時閉鎖したドーン・ミートは、英国とEUのマクドナルド向けに年間4億個以上のハンバーガーを生産している。

各企業に対して労働組合は、工場での健康・安全リスク評価の実施や環境の改善、個人用の防護具の支給などを求めている。中には改善が見られた工場もあるが、アイルランドのロックダウンは今後数週間続く見込みであり感染の収束も見通せない。こうした不安な状況と不十分な環境の下、労働者は働き続けざるを得ない。

さらに、感染拡大が徐々に深刻化しているブラジルでも、食肉加工場における集団感染が報告されている。

ブラジルのリオグランデドスル州の保健当局は、同州内の9つの食肉加工工場で3月20日から4月27日までの間にコロナウイルスの症例が確認されたとの報告書を公表した。保健当局によれば、食肉加工工場の労働者124名が感染し、少なくとも1名が死亡したとしている。大手食肉企業の工場の一時閉鎖の事例も出ている。

日本も無関係ではない

米国での食肉処理工場での感染拡大は、日本の私たちと決して無関係ではない。工場の労働者たちが日々命の危険を冒しながら処理する牛肉、豚肉、鶏肉などは、日本にも大量に輸出されているからだ。米国産の牛肉の24%、豚肉の16.2%は日本向けであり、米国にとって日本は最も重要な市場の一つだ。

特に、2020年1月1日に発効した日米貿易協定にて、日本が米国産の牛肉・豚肉などにかけている関税が大きく削減されることになった。その結果、発効直後の1月〜3月までで米国からの食肉輸入量は伸びてきている。

自由貿易協定が交渉・締結される際、政府やマスメディアは「安い製品が入ってくるので消費者にメリット」と喧伝する。確かに米国産の食肉は国産と比べ2〜3割、場合によっては半額近くも安い。しかしその安さの背景には、今回のウイルス感染する工場の問題でも明らかになったような、劣悪な労働環境がある。これが世界中に張り巡らされた食のサプライチェーンシステムの現実だ。

いま世界中で、新型コロナウイルスと闘う医療従事者に対して感謝と激励のメッセージが送られている。感染リスクの中、人々に食を供給する生産者、流通、小売業に携わる人々も同じように称賛され、励まされるべき存在ではないだろうか。しかし実際には、米国の食肉処理工場で起こっているように、特に先進国の食の現場で働く人々の権利は軽んじられたままであり、まるで使い捨ての商品のように扱われている。それでも私たちは、「供給を止めるな」「安ければそれでいいのだ」と言い続けられるだろうか?

米国だけでなく各地の食肉加工工場での感染拡大は偶然のことではない。かねてより食肉工場での労働環境の劣悪さ、低賃金・長時間労働など待遇、さらに労働者への差別や偏見など多くの問題が指摘されてきた。新型コロナウイルスによって改めてそれらが顕在化された。食肉産業にはホルモン剤投与などによる肉の安全性の課題も多く、さらに農業全体では、わずか数社のグローバル企業が世界中の種子や農薬市場を独占している問題など、現在のフード・システムの問題点が凝縮されている。

まずは食の現場で働く人びとの健康と生命が十分保護されるべきであるが、長期的には、今回のパンデミックを機に、大量生産・大量消費という食のあり方を見直す必要がある。食の安全保障のためにサプライチェーンはできるだけ短くすること、また食の現場で働く人々の安全や権利を含めた「食の正義」「食の民主主義」という価値を、どの国においても確立し、実践していくことが重要だろう。

<文/内田聖子>
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