八大龍王伝説
【625 天界最終決戦(十五) 〜戦場を移る〜】
〔本編〕
「もっと遠くに逃げたと思っていたが、案外に近くだったな!」
バツナンダの前方百メートルの地に、姿を現したコンガラの第一声であった。
続いて周りを見回し、コンガラが次の言の葉を発する。
「成程! 武器の林の結界か! これを敷くために、ここに移動したのか!」
コンガラの言の葉のとおり、コンガラが姿を現した場所は、武器が乱立して地面に生えている地であった。
武器は全て伝説の武器の投影物で、バツナンダの得意とする固有結界であった。
数はおそらく千を超え、ワシュウキツによって作られた重バサラの破片を広くばらまくことにより作ることが可能な結界であった。
この結界を敷設する際には、バツナンダの魔法力が必要であるが、結界が敷設された後は、バツナンダがこの結界から離れない限り、大地からの直接的な自然力により、結界を持続し続けることが可能なのである。
非常に効率が良い結界である。
バツナンダはこの結界内にいる限り、重バサラの破片を、いちいち武器にする必要がない。
武器に投影する魔力を、全て戦いに注ぎ込むことが可能なのである。
バツナンダは、コンガラから逃げたわけでなく、この結界を敷設して、コンガラがここに現れるのを待っていたのである。
「この結界を敷設したから余に勝てると考えたか?!」
コンガラが余裕の表情で、バツナンダに語る。
「いくら多くの武器を用意しようが、所詮は多芸の技! 余の想像を超える攻撃はない! 余の想像を超えられない限り、お前に勝てる道理は万に一つもない!」
そう言うと、コンガラは長斧を右手一本で回転させ、左手で長剣を構えながら、ゆっくりとバツナンダに近づいていった。
近づいてくるコンガラに対し、バツナンダはカイザーに騎乗し、等間隔を保ちながら、カイザーをゆっくりと後退させる。
バツナンダが、今、手にしている武器は、さきほどのカンショウ、バクヤの二剣ではない。
直径三十センチメートル、長さ五十センチメートルの円筒形の武器で、現代の機銃を連想させるような武器。
これは、シャカラと戦った際に、バツナンダが用いた武器の一つで、『流星の大筒』またの名を『メテオキャノネ』という。
古代の伝説神の一人、狩猟神アールテーミスの武器で、機関銃の如く大量の礫(つぶて)を、敵に向かって放つ飛び道具的な武器である。
ただ現代の機関銃と大いに異なるのは、使用している者の魔法力が尽きない限り、その礫を無限に放てるというところにある。
これは飛び道具として、これ以上にない凶悪極まりない能力を有している。
バツナンダの両腕が握るメテオキャノネは、一分間に千発もの礫を、秒速にして八百メートルを超える速度で、コンガラ目がけて放つ。
しかしそれに対してコンガラは、右手の長斧を振り回し、礫をことごとく打ち払う。
「なんの真似だ、バツナンダ! このような物量だけに頼った単純な攻撃だけで、まさか余を倒せると思っているわけではないよな? もし、そうであればかなり興覚めではあるが……」
コンガラはそう言いながら、バツナンダにゆっくりと近づく。
右手の長斧の振り回しだけで、メテオキャノネの礫をことごとく弾き落としながら、まだ左手の長剣は、腕を下げたまま、全く何もしていない。
毎分千発発射している重バサラ製の礫を、右手一本で操る長斧だけで対処しているコンガラもすごいが、そのコンガラも左手の長剣を、バツナンダの見えない第二の右掌の存在に備えて、温存させている。
コンガラは、目の前のバツナンダによるメテオキャノネの攻撃は見せかけの助攻で、見えない第二の右掌の奇襲攻撃こそが、主攻であると考えている。
左手の長剣をまだ使用していないのには、そういった理由からである。
コンガラは、長斧で重バサラの礫を弾き続けながら、バツナンダにゆっくりと近づく。
それに対して、バツナンダもメテオキャノネをコンガラに向けたまま、カイザーをゆっくりと後退させている。
コンガラが近づく速度と、カイザーが後退する速度は、ほぼ同じなため、コンガラとバツナンダの距離は百メートルから全く変わっていない。
むろんこれは、コンガラの前進速度に合せてカイザーが後退しているためではあるが、どのタイミングでコンガラが前進する速度を上げるかが、次の戦いの展開へ変化するきっかけであるのは、言うまでもない。
今、コンガラの念頭にあるのは、バツナンダの第二の右掌、つまりバツナンダの第三の手のことである。
その第三の手が、バツナンダが武器の林の結界を敷設してから、一度もその存在を現していない。
不可視で物理的干渉が不可能なこの第三の手が、さきほどの戦いのように武器を握って攻撃をしてくる分には、何ら大いなる脅威ではない。
今のコンガラの能力から鑑みれば、バツナンダの三本の手が同時に打ちかかってきても、それに対処できる。
ただ、今のように武器を持たず、潜むように存在する場合、コンガラとしても油断ならないと考えざるを得ない。
バツナンダの第三の手がどの段階で仕掛けてくるか?
むろん無手で攻撃を仕掛けるとは思えず、投影物の武器は全て可視なので、第三の手がその武器を握り攻撃を仕掛ければ、むろんそれは武器の動きなどで分かる。
そうでなくても、不可視とはいえ第三の手が何らかの動きをすれば、それは気配でコンガラにも感知できる。
付帯能力の気配遮断スキルを有していれば、感知することは困難だが、その能力はバツナンダにはない。
……であるならば、第三の手にもその能力はないとみて間違いない。
これは推測とかではなく、厳然たる事実であるので、コンガラからすれば杞憂する要素ではない。
いずれにせよ、バツナンダの第三の手がコンガラに対し、何らかの活動をしない限り、その気配を感知することは、さすがのコンガラにも不可能である。
そういった事情から、コンガラはバツナンダに接近するのも、ゆっくりと警戒しながら近づき、メテオキャノネの礫攻撃にも長斧のみで対処し、左の長剣は待機させた状態にしているのである。
そう考えると、バツナンダが三本の剣を爆発させ、ここの林の武器の結界で待ち伏せしていたのは、若干のインターバルを設けたことによって、第三の手の行方をコンガラから秘匿させるのが主(メイン)であったののであろう。
それでも、第三の手をなんらかの形で動かさないと、いずれにせよ、コンガラに攻撃することは出来ない。
しかし、その奥の手である第三の手で攻撃することは、その気配をコンガラが感知することであり、その瞬間、第三の手は、コンガラにとって脅威ではなくなるのである。
〔参考 用語集〕
(八大龍王名)
跋難陀(バツナンダ)龍王(フルーメス王国を建国した第二龍王とその継承神の総称)
和修吉(ワシュウキツ)龍王(クルックス共和国を建国した第四龍王とその継承神の総称)
(八大童子名)
矜羯羅(コンガラ)童子(八大童子のうちの第八童子である筆頭童子。八大龍王の優鉢羅龍王と同一神)
(神名・人名等)
アールテーミス(この時代より一万年以上前に存在していたと謂われる狩猟神。後世のギリシアにおけるオリンポス十二神の一人アルテミスの原型とも謂われている)
カイザー(バルナート帝國お抱えの小型竜。『皇帝(カイザー)』の名を持つ。今ではバツナンダの騎乗する竜である)
(付帯能力)
付帯能力(その人物個人の特有の能力。『アドバンテージスキル』という。十六種類に体系化されている)
気配遮断スキル(十六の付帯能力の一つ。自らの気を鎮めることにより、気配を遮断する能力)
(武器名)
カンショウ・バクヤ(バツナンダの投影した二振りの刀剣。紅い剣がカンショウで、蒼い剣がバクヤ)
長剣(コンガラが投影した武器の一つ。トクシャカの得物)
長斧(コンガラが投影した武器の一つ。シャカラの得物)
流星の大筒(バツナンダが投影した武器の一つ。『メテオキャノネ』ともいう)
(その他)
重バサラ(第四龍王ワシュウキツの造語。バサラを四万度の炎によって加工する。硬度はバサラの三倍以上)
武器の林(バツナンダが作り出した固有結界。千本以上の投影された武器が地面に突き刺さっている状況から、こう呼ばれている)
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