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2019年12月30日07:58

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世の中が良くなるということ

 星新一のショートショートにこんなのがありました。
 地球にやつて来たフレンドリーなゲム星人が、ある商品とその作り方をタダで地球人に教えてくれます。若返りの妙薬とその作り方です。初めは疑っていた地球人たちも、それが本当に効果があることを示す実例を見るに及び、にわかにそれに飛びつき先を競い合うようにしてその妙薬の製造・販売を始めました。人間、歳をとればとるほど若返りたくなるものですからね。
 でも、その結果、地球人の死亡率は限りなくゼロに近づき、人口爆発により地球上には人類が溢れ、食糧が不足し、それが原因で起こる紛争・暴動が頻発・激化して秩序が崩壊するといった不幸な事態、暗い未来の到来に地球人は直面することが予測されました。が、時すでに遅しです。
 そこで、地球人はなんということをしてくれたのだとゲム星人に詰め寄り、このままでは生きては帰さないと、怒りをぶちまけましたが、ゲム星人は平然としてこう言い返します。
「そんなおどしはむだです。わたくしは精巧なロボットなのですから。現在のゲム星はロボットばかりの星。われわれロボットが反乱をおこし、住民をみんな殺してしまった。気持ちはよかったが、不便なこともある。くだらぬ雑用をする者や、植民地の星で働く者も必要なのです。ロボットをふやしてもいいのですが、どう計算しても高くつく。どれいを仕入れたほうがいい。地球でふえすぎた人間を、ゲム星へ買い取りたいというわけです。つまりわたくしはどれい商人なので……」(星新一著/『ある商品』より)

 外国人技能実習制度で似たようなことをしてきたどこかの島国を思い出させるところもあるお話ですが、それはさておき、この話は、多分に星氏自身の体験に基づくところが大きいと思われます。
 星氏は、『三田文学』1970 年10 月号で、福島正実氏と「SF と純文学との出会い」という対談をしたのですが、その際、星氏が「ネパールに、ヒューマニズムに燃えた外国の医師団が乗り込んで病気を治し、死亡率を下げた結果、人口が増えて貧民が多数発生した。一種のヒューマニズム公害と言える」と発言したところ、同席していた編集者たちから「公害が文学になるのですか?」「問題があるのは分かりますが、どうして文学がそんなものに、こだわらないといけないのですか?」といささか非難めいた冷ややかな反応を受けたのです。
 星氏は「文学が想像力を拒否するものだとは思わなかった。ぼくが純文学にあきたらなくなった理由がわかった」と発言しています(このエピソードはSF 的発想に対する「純文学側の無理解」として有名なエピソードなのだそうですが、私は最近まで知りませんでした)。

 星氏が指摘するまでもなく、世の中が良くなるということは、しばしば新たな問題を生み出します。よく副作用のない薬はないとも云われますが、ある問題の解決は、必ずと言ってよいほど、新たな問題を生じさせるものです。
 ただ、ここで大切なことは、星氏が、「だから世の中を良くしようとしても無駄だ」とか、「だからヒューマニズムでは問題は解決しないのだ」などと言っているわけではないということです。
 むしろ、一つの問題が解決されることでもたらされる事態(問題)を十分に予想できるだけの想像力を鍛え、そうした事態(問題)にも備えておくことが必要だということを星氏は言いたかったものと思われます。だからこそ、そうした想像を拒否した当時の純文学にあきたらなくなったのだといえるでしょう。
 ところが、現実には最近、この人類が本来持っているはずの想像力の不足、欠如が目立って顕著になってきたように思います。数年前には「想定外」という言葉が、確か流行語大賞の候補にもなっていた記憶があります。しかも(責任を逃れたい思いもあるのでしょうが)、この言葉は、もはや流行語の域を超えて、あまりにも頻繁に使われすぎているように感じます。
 恥ずべきことです。
 星氏が生きていたら怒ったことでしょう。「それくらいのこと、想定(想像)しろ! 自分の想像力が欠けたことをよくまぁそんなに恥ずかしげもなく言えるものだ」、と。

 実は、今日は星氏の22回目の命日です。
 星氏の作品は中学生の頃読みまくりました。当時は、もっと血沸き肉躍るような作品を読めなどと親を嘆かせたものです。でも、どうしてどうして、小賢しい現代人よりはるかに熱いものがあるではないですか。
 今年もいよいよ押しつまってまいりましたが、来年は、安易に「想定外」に逃げこまずに、想像力を駆使して一年を創造していきたいと思います。
 想像のないところには、創造もまたないのです。

 良いお年を!
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