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2019年12月26日10:27

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18951109 NO3389 北白川宮の薨去にたいする弔意の表示

18951109 NO3389 北白川宮の薨去にたいする弔意の表示
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駐韓日本公使館記録 7巻 五. 機密通常和文電報往復 一•二 第3冊 (12) [北白川宮の薨去にたいする弔意の表示]
文書題目 (12) [北白川宮の薨去にたいする弔意の表示]
文書番号
発信日 十一月九日 ( 1895年 11月 09日 )
発信者 加藤 (加藤領事 釜山)
受信者 小村 (*小村寿太郎・駐韓弁理公使)

(12) [北白川宮の薨去にたいする弔意の表示]
十一月九日
-------------------------------------------------------------------釜山 加藤
小村(*宛)

北白川宮薨去ということだが、本省よりなんの通知もないので本日電報で問い合わせたところ、宮中喪は本月五日より五日間だとの回答があった。先例によれば三日間半旗の礼を表しているので、明日これを施行致したい。しかし各館でまちまちではいかがと思われるのでこの件一応伺いたい。



*北白川宮 「親王家の庶子として生まれ、幼くして都を遠く離れた江戸の地で僧侶として過ごし、一時は「朝敵」の盟主となって奥州の地を転々とし、後には陸軍軍人として台湾平定の英雄とされ・・・」
https://ja.wikipedia.org/wiki/北白川宮能久親王


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