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2019年10月10日15:50

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東京ステーション・ギャラリーで「没後90年岸田劉生展」を観賞して

蝶人物見遊山記 第317回

じつはこの人の作品を今までちゃんとみたことがなかったので、東京駅まで行ったついでに丸の内北口まで足を伸ばしてとくと見物してきました。

1階から3階までの狭い会場になんと160点もの作品がぎっしり。その多くが肖像画と静物画、そして鵠沼などの風景画でしたが、なんと彼の愛妻が鏑木清方の弟子だった関係で、日本画の作品、それも明るい色彩の南宋画まで並んでいたので驚きました。

妻君の肖像画や手の細密画をみても、彼の愛情を窺い知ることができますね。美人だし。

そんな2人の間に生まれた麗子ちゃんの肖像画もたくさん飾られていましたが、圧倒的な迫力で迫るのは、彼が27歳の1918年に描いた「麗子五歳之像」。生き生きと光彩を放つ両の目を見ていると時の経つのを忘れます。技術以前に、愛と生命の塊に圧伏されるというか。

それで全体を見まわしてなんというても震撼させられたのは、やっぱり1915年に代々木の切通しを全身全霊で描き尽くした「道路と土手と塀」の超大作。目と鼻の先にあるそいつは、色も形もいまさっき描きあげられたばかりのように油彩がキラキラと瑞々しく輝いている。

真ん中の道が大蛇がうねるように盛り上がって坂の上に突き出ると、そこは底抜けの青空で、限りなく美しい。右側が土手になっているが、そこには神様が宿っているような不可思議なオーラが漂っていて、反対側の整然とした白い塀に対峙している。

3つの物質が、三位一体の怪獣というか、ある種の怪物にへんげして、画面が発する無尽蔵のエネルギーが、見る者に向かって怒涛のように放射される。こんな絵は、いままでどんな画家にも描けなかったし、画家自身も、二度と描けなかった。そんな永遠の生命力が漲る、不朽の名品であります。

それにしても、なんでたった37年しか生きられなかったのか。日本のマチスかデュフィ誕生かと思わせる最晩年のカラフルで軽快な「満州総裁邸の庭」なんかをみると、その夭折が残念で残念でたまりません。(同展は来る10月20日まで)


  大正の4年の夏の東京の代々木の坂の道、土手、塀よ  蝶人

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