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2019年05月06日01:39

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休みながら企画に、その5

 美味しいと聞けば、どこまでも食べに行く。何がどう美味しいのか興味があるからだ。ムードがいいという店。いい音楽。いい景色。あまり信用されないが筆者は花も観に行く。ただし、筆者は、野の花よりも人工的な花が好きで、山の花よりも庭園の花が好きなのだ。ようするに、休日であっても他人の作品を観ることをしているというわけなのだ。
 そういえば、最近のSМは、自分だけ、と、そうしたものが多いが、どうしてなのだろうか。少し前までは、SМと言えば他人の奇妙を楽しむものだった。
 サロンの感想会の人気がなくなったのも同じ理由のように思う。ようするに他人の著作について語ることより、自分の今日を語りたくて仕方ない人が増えたということなのだ。自分にしか興味ないし、自分こそが注目されたいのだ。ミクシィが廃って行く要因も同じような気がする。映画評やグルメ評までもが、それを観ている自分やそれを食べている自分話になってしまっているのだ。映画評などは十本並べてタイトルと主人公を抜いたら、ほとんど書いてあることの違いが分からない。そして、そうしたくだらない映画評を書いている人は、それが同じだということに気づかないのだ。同じなので、多くの人は読まない。読まなくても内容が分かるからだ。読まずにイイネと付けられるのだ。これが毎回、まったく違うものだと、怖くて、イイネなどうっかり付けられなくなる。ゾンビ映画の中に、ここが抜きどころ、などとあるかもしれないからだ。そんな映画評に、うっかり、イイネなど付けてしまったら、お前もそこで抜いているのか、と、そうなってしまう。うっかり出来ないのだ。しかし、そんな人は、もう、ミクシィにはいない。安心してどれにも、イイネが付けられるのだ。
 何かに似ている。そうだ。たまに近所で知らない人に挨拶される、あれに似ているのだ。挨拶には意味などない。意味などないので何も考えずに、こんにちは、暑いですね、と、言われたら、こんにちは、本当にね、と、答えておけばいいのだ。考える必要などない。どうせ相手も考えて挨拶などしていないのだ。今日は暑いので、その格好だとジャケットが邪魔になりそうで心配ですが大丈夫ですか、と、そんな挨拶はないのだ。
 映画面白い、これも面白い、それも面白い、格好いい、素敵、出来がいい、とあるので、イイネ、イイネ、イイネ、とやっておいて間違いがないのだ。
 どうしてそんなにも自分が好きで、どうしてそんなにも自分にしか興味がないのか分からない。
 もしかしたら日本は、そんなにもスターばかりになってしまったのだろうか。筆者がちょっとモテないうちに、男も女もモテモテのスターになってしまったのだろうか。そうだとするなら筆者はずいぶんと損をしたことになる。筆者だけが、誰にも興味など持たれていないし、注目もされていないし、モテないのだから。
 さて、どうして、こんな話を休みの間に書いたのかというと、こんな企画がやりたかったからなのだ。
「美味しい店にいた人」という企画を思い付いたからなのだ。
 今さら書くことでもないのだが、本当の味など筆者には分からない。貧乏育ちの上に、いいものも食べて来ていないからだ。しかし、それでもなお、グルメについて筆者も書いてみたくなったのだ。しかし、味の分からない筆者の美味しいなどあてにならない。どうせ、好きな人と食べた料理は美味しいし、嫌いな人と食べた料理は一流料理店のそれでも不味いと記憶しているのに違いなのだ。それを承知で書くのだ。
 酒を飲んでの大乱闘、それでも美味しかったチーズ。会社が倒産、ヤケクソで食べた海老チリが悲しいほど美味しかった。名古屋の豆腐専門店でさすが本場は違う、東京ではこんな美味しい豆腐は食べたことない、と盛り上がったが、名古屋は豆腐の本場でもないし、その店はチェーン店で東京にもあった。札幌の性風俗取材で地元の風俗店の接待で連れて行かれた銀座アスターの何故、でも、やっぱり美味しい。
 確かにあったんだシリーズも書きたい。サボテンのステーキ。ワニの姿作り。カエルの生け簀料理。
 あれは何だったのかシリーズもある。マンボウは不味いが一緒にいる女は美味しそう。女王様とバイキング。地元の性風俗店の紹介で入った店があまりにも美味しくて翌日行ったが店が違っていたらしく不味い。
 今は休みのはずだが、今回は、やけに長い。これで休みと言えるのだろうか。それでも、この企画も面白そうなのでやってみたい。いや、しかし。
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