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2019年04月22日21:41

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Prius accident

池袋のプリウス事故の「匿名報道」をめぐる日本の議論を見て、去年自分が書いた記事を思い出しました。
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GDPRと報道の自由のバランスをいかに取るか

在独ジャーナリスト 熊谷 徹

 ジャーナリストの仕事の中で、他人に関する情報を集めて報じることは欠かすことができない。したがって個人情報の保護を強化しすぎると、報道の自由が制限される危険もある。2018年5月に欧州連合(EU)の一般データ保護規則(GDPR)が施行されてから、およそ半年になる。GDPRはドイツでの報道にどのような影響を与えているのだろうか。
 新聞の読者、ニュースの視聴者として見ている限り、GDPRの施行後にもドイツのニュース報道に大きな変化はない。新聞の写真の背景に映っている市民の顔が判別できないように隠すといった処理は行われていない。写真に映っている自動車のナンバープレートが読めないように画面上の処理が行われるようになった程度だ。

*GDPR施行前から匿名報道が原則

 ちなみにドイツの新聞社はGDPR施行以前からも、有罪が確定していない犯罪容疑者のフルネームは原則として公表してこなかった。ファーストネームだけを公表し、ファミリーネーム(苗字)はイニシャルだけというのが原則である。
 たとえば今年11月には、第二次世界大戦中にナチスのシュトゥットホーフ強制収容所で看守だった94歳の男性が、殺人幇助の罪で起訴され初公判が開かれた。この時ドイツのメディアは被告の名前を「ヨハン・R」と表示し、写真でも顔を識別できないようにボカシを入れた。ある新聞は、法廷の被告を背後から撮影した写真を掲載していた。
 ただしこの国の報道機関は、社会的な影響が大きい重大な事件については例外として初めからフルネームで報道する。たとえば、旧東ドイツのネオナチのテロリスト・グループNSUが、2000年からの7年間に外国人など10人を射殺し、爆弾テロや銀行強盗を繰り返した事件では、主犯2人が自殺し犯行を助けていた女性1人が逮捕された。この女性ベアーテ・チェーペについては起訴前からフルネーム、顔写真入りで報道されていた。
 つまり犯罪に関するニュースついては匿名報道が原則であり、社会的な影響が大きい事件に限ってフルネーム、顔写真入りで報道するという弾力的な運用が行われている。この点はGDPR施行後も変わらない。
 さらにテロリストやマフィアによる犯罪を専門に担当する捜査員など、犯罪者から報復される危険がある警察官についても、ドイツのメディアは顔を識別できないように現場写真を処理する。これもGDPR施行以前から行われていた。

*言論の自由を守るメディア特権

 GDPR施行後も、読者が紙面やニュースの画面で大きな変化に気づかない理由は、GDPRに設けられたメディア向けの例外条項である。GDPR第85条によると、EU加盟国の政府は、個人情報の保護と言論の自由を両立させるための政策を取らなくてはならない。言論の自由には、個人情報を報道、学問、芸術、文学の目的のために取り扱う自由も含まれる。つまり各国政府は、法的な枠組みを整備することによって、個人情報を保護しながら言論の自由をもこれまで同様に保障しなくてはならないのだ。
 特に重要なのは、GDPR第85条が規定する「メディア特権」だ。つまり報道関係者は、ジャーナリストとしての職務を遂行できるように、GDPRが規定する様々な義務から免除される。
 たとえばGDPRによると、企業などは消費者などに関する個人情報を、本人を特定できる形で自社のITシステムやデータバンクなどに蓄積・保存することを禁止される。また企業が消費者などに関する個人情報を取り扱う場合には本人の許可を得なくてはならない。さらに企業などは個人が自分に関するデータを消去するよう要求した場合には、データを削除しなくてはならない。
 しかしEU域内のジャーナリストたちは、第85条によってこれらの義務から免除されている。もしも第85条がなかったら、報道機関は取材対象から要求された場合に、その個人について集めた情報を提出しなくてはならない。これは取材源の秘匿の原則にも抵触しかねない。また、記事を書き終わったら個人情報を含むデータを消去しなくてはならないかもしれない。これでは、ジャーナリストとしての仕事は成り立たない。
 ドイツジャーナリスト協会(DJV)は、「メディア特権があるために、ジャーナリストの個人情報取り扱いは、原則としてGDPRの適用を除外される。これは報道機関だけでなく個人の意見の発表にもあてはまる」という解釈を示している。
 ドイツ連邦司法省のゲアト・ビレン次官も北ドイツ放送(NDR)とのインタビューの中で「ドイツでの原則は、報道の自由を守るということだ。したがってGDPRは報道の自由を脅かすものではない」と語っている。
 
*州によって異なる解釈
 
 ただしドイツの報道界でGDPRに関する懸念が完全になくなったわけではない。特に心配しているのが、フリージャーナリストだ。ドイツの報道機関、特に公共放送局はフリージャーナリストへの依存度が高い。
 GDPRは、第85条が誰に対して適用されるかを明記していない。ドイツではGDPRの運用は州政府に任されている。このため第85条のメディア特権が誰に対して適用されるかについては、16の州政府がそれぞれのメディア法の中に規定している。
 焦点になるのは、「メディア特権は新聞社や放送局、出版社などの正社員だけに適用されるのか、それとも新聞社や放送局の委託を受けて取材するフリージャーナリストにも適用されるのか、もしくは企業の委託を受けずに取材、執筆するフリージャーナリスト、ブロガーなどにも適用されるのか?」という点である。
 問題は、この点について州政府の解釈が統一されていないことだ。たとえばベルリン市(州政府に相当)やバイエルン州政府などは、「メディア特権は報道機関の正社員だけではなく、ブロガー、郷土史家など個人情報を報道や芸術などの目的のために取り扱う個人にも適用される」という判断を示している。逆にニーダーザクセン州政府は、「メディア特権は、報道機関の正社員、または報道機関の委託を受けて働くフリージャーナリストだけに適用される」という見解を持っている。つまり同州で働くフリージャーナリストは、GDPRが適用されるわけだ。これは、報道機関の委託を受けずに、取材や執筆を行うフリージャーナリストにとっては大きなハンディキャップである。

*フリーの写真家の懸念

 GDPRについて特に懸念を強めているのがフリーの写真家である。たとえばカメラマンが建物の写真を撮影した時に、通りがかりの市民が映ることがある。だがフリージャーナリストにメディア特権が認められていない州では、カメラマンは映像を公開することについて、映っている通行人から許可を得なくてはならない。そんなことは事実上不可能だ。ドイツ連邦内務省では、「GDPRが適用されても、写真に関する法的な取り扱いはこれまでと変わりがない」と説明するが、フリーのカメラマンたちは完全に納得していない。
 EUは第二次世界大戦の反省から生まれた、価値共同体でもある。このため言論の自由は、人権の重視や差別の禁止と並んでEUが最も重視する価値の一つだ。メディアが原則としてGDPRの適用を免れているのはそのためである。だがドイツに見られるように、一国の中で州ごとにメディア特権の解釈が異なるというのは、EUの精神に矛盾する。結果としてフリージャーナリストが軽視された形になった。ドイツの法学者の間からも、「各州政府はメディア特権について統一された条文を使うべきだった」という指摘が出ている。フリージャーナリストが安心して働けるように、州政府はメディア特権の適用基準を統一するべきだ。









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