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2018年02月13日17:06

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そこに建っていた(その4)

 子供ながらに女の尻ばかり追い回している男と言われていた。女の子が行くところに、意味もなくついて行く。男ばかりなら行かない。自分が少しでも気がある女の子がいれば、なおさらだった。そうした男だったので、当然、女の子にはモテない。そうした男であることは女の子にはバレバレになるものだし、そうした男は女の子から見ると、たいそう惨めに見えるので、そりゃモテないのに決まっている。さらに、そうした男は男にも嫌われる。
 ゆえに、筆者の子供時代は、そりゃ孤独だったのだ。
 最初の頃は、居場所を替えて過ごすが、子供の世界であるから、すぐに居場所などなくなる。学校が終わっても遊ぶ相手はいない。まだ、塾は、今ほど一般的ではなかった。兄弟姉妹がいないので、共稼ぎで両親がいない家に帰っても一人なのだ。まだ、テレビゲームもなければ、ビデオもない。そもそもテレビでさえ子供が楽しめるようなものは少なかった頃なのだ。
 筆者は、ただ、街を歩いていた。迷子にならないように細心の注意を払いながら、同じ道を無意味に歩いていた。それしかやることがなかったのだ。公園に行けば、同年代の男女が遊んでいる。そんな仲間からは、外されているので、公園で一人でいるのは余計に惨めになるのだった。
 そうなってしまったのは、女ばかり追いかけていたからなのに、そのことを分かっているのに、それでも、筆者は、女の匂いに飢えていた。
 そんな筆者が好んで歩いたのが、産業道路という子供にはアマゾン川に見えるような大きな道路の向こうの街だった。工場があり、倉庫があり、工場に向かう線路があり、そして、小さな町があった。大きな道路の交差点は青信号でも渡るのに勇気を必要とした。当時の産業トラックはそりゃ運転が乱暴だったものなのだ。
 そこで、筆者は道路下の地下通路を歩いた。
 昼でも暗く、夏でも空気が冷やりとし、晴天の日でもジメジメとした地下通路。一年中水たまりがあり、必ずエロ本が落ちていた。エロ本を拾うことは出来ない。ジメジメと湿っているので、手で持つのには子供心にも抵抗があったのだ。足で器用にページをめくる。誰かが来れば、さっさと歩く。見たかったのは裸の女の尻だった。本当に文字通り、女の尻ばかり追いかけていたのである。
 通路はたまに雷が落ちたような地響きとともに揺れた。いや、揺れたような気がしただけかもしれない。
 通路を出ると、工場の高い塀に囲まれた場所に出る。バラックのような簡素な家が並ぶ。夏には下着だけの女が平気で道路に椅子を出して座っている。筆者と同じ年齢ぐらいの女の子が全裸で水浴びさせられていることもあった。化粧の濃い妖艶な女が歩いていることもあった。女ばかりの異世界がそこにはあったのだ。
 地下通路を抜けて少しでも先に進めば帰ることが出来なくなる。筆者はそう信じていた。毎日。今日は三歩だけ、今日は五歩行ってみよう、そう決めて歩く。どこかで地下通路が消える、と、それが心配で、一歩進むたびに振り返ってはそれがあることを確かめた。
 その地下通路は、結局、筆者が大人になるまで消えることはなかったが、その前に、その町が消えてしまった。そして、今では、その地下通路もない。いや、もう、産業道路の向こうには工場さえ少なくなってショッピングセンターやマンションが並んでいる。
 時代は変わってしまったのだ。
 変わらないのは、筆者が相変わらず女にモテないということぐらいだ。異世界に通じる地下通路。それは確かにそこにあったのだ。今では、もう、その場所さえ分からなくなってしまっているのだが。
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