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2018年01月30日20:30

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グラミーに観る、昨今の日本のエンタメ事情との各種差分。

洋楽ネタについて久しぶりに!?書きなぐりますかね・・
グラミー・・以前からの記憶や習慣みたいなことからすると、グラミーって
2月初旬辺りだった気がするけど、末とは言え知らぬ間に1月中になったのね。
(今年や最近だけか、または変動するのか・・!?)

で、そのグラミーと今回のウィナーラインナップ。
それ以前のこととして、米国のヒットチャートや売り上げが、
日本のマーケットにスライドして反映されなくなってどれだけ経つのか
正確には言えないものの、その現象と同時に日本のシーンにとってグラミー賞は、
かつてほど注目や関心がされなくなってしまったと言ってよく。
その中には“MTVアワード”やら何やらといった式典が増えたことも
一因にあるとは言え、やはり総体的に洋楽そのものが、日本の市場における幅や
ウエイトを失ってしまったことが大きいと思うわけで。

もっとも、日本のレーベル自体が種々事情によりかつてほど洋楽プロモーションを
積極的に行わなくなった・・いや、やりたくてもやりづらくなった、ってのも
関与していることは確かで、6、70年代からおよそ90年代のある時期まで洋楽に影響を
受けたジェネレーションにとっては、物足りなさや寂しさは勿論のこと、
「以後の空白期間」が及ぼすギャップや、流行や隆盛の変化が体感しづらくもなり、
尚更都度の音楽に対する戸惑いや受容が困難になったと言える。
その結果「昔の洋楽は良かったが・・」というざっくりとした印象や感想しかもはや
抱けなくなっていることに繋がっている・・ってところでしょう。

そんなこんなの、今回のグラミー。
HIPHOP界隈が占めるのか!?とか、はたまた黒人勢の占める割合が
少ないんじゃないか!?とか色々飛び交ってた感があるけども、記事にあるように
結果的にはB・マーズが主要部門を独占するという、まあ順当な結末なのかな、と。
細かくは最多ノミネートにあったジェイ・Zが無冠だったり、反面では
ケンドリック・ラマーが5部門を奪取したりと、グラミーは毎回のように
予想がつかない展開になるもんで・・

それはそうと・・。
記事にも一部あるように、今回の式典ではセクハラや性差別に対する抗議の色合いが
強く出たものだったけれど・・。その他にもジェンダー絡み、テロ犠牲者への追悼、
ハラスメントや自殺に関すること、そしてトランプ暴露本の朗読とか・・
その点で今回は政治性や社会性が色濃く反映された式典だったと言える。

これらについて、ある音楽ライターによる論考が興味深く重要なことを
述べていたわけで。曰く「ここ数年カントリーが強かったのは、一つには米国社会が
右傾化したことに理由が介在する」と。その反動やアンチテーゼ的なものとして、
自然現象的にHIPHOP辺りが勢いをつけていく・・

主要部門でブルーノが総なめした感があるのは、ジェイ・ZとK・ラマーが
割れたことによるとの見方がある一方で、ブルーノによる独占はある面で
中間を取るかの如き何らかの力が働いたのではないか、という・・
それが何らかの人為的意図であるか否かはともかく、音楽の世界にある元来の
リベラリズムの力、それがどうあれ間を取る・・というよりフュージョンされた結果と
観ることが出来る、いや、そう観るべきが音楽における普遍的な基準だろう、と。

これらのことから翻って日本に当て嵌められること・・
少し前にあった「音楽に政治を持ち込むな」論。
この度のグラミーにあった政治的・社会的メッセージの色濃さは、日本での実に陳腐で
幼稚な言説とは雲泥の差で、なぜ日本の音楽が世界中で発展し難いかにある論考の中の、
幾つかある内の一つがまさにこれだということは確実に言えましょうなぁ。

それは単にメッセージ性のある音楽の量的差分じゃなく、土台にあるそうした
政治性や社会性がごく普通に音楽へ反映される土壌や空気。
その有無が、生まれ育つ単体の音楽やアーティスト性にも大きく差が出るものであり、
世界的な求心力にも影響しゆくもの・・
自由な発想や伴う才能には、それを担保する社会が背景になくてはならず、
それが損なわれるかの如き状態にあるとすれば、対するメッセージ性が
芸術に反映される・・。極々当たり前なこと。

差し障りのない、政治性や社会性から縁遠い作品・・いや、縁遠くしなければ
享受されない社会やエンタメ世界なんぞ、腑抜けで軽くなる一方なのは間違いない。

別段、米国を目指せとか追い抜け等という優位度の問題じゃなく。
どの国であれどんな場所であれ、深くて幅広い豊かな文化の土壌を
どう維持発展させるか。その点で昨今の日本の音楽エンタメ事情は、
批判やビジネスに対する影響を恐れ、無難であるばかりか
「感性で考える必要のない」作品、もしくは「頭と胸(ハート)で」噛み砕ける、
味わい育める音楽が大きく欠如している・・というより、そんな作品は
作られたとしても第一線で弾かれるかの如き風潮が蔓延していると言ってよく。

このことは、作り放つアーティスト側はもとより、結果的にリスナーやファン・・
ひいては音楽~文化ビジネス界全体にとっての不利益であり、
最大の不幸であることは間違いないでしょうなぁ。

その意味でこの度のグラミーには、昨今の日本における洋楽土壌の荒廃化によって
ピントが合わない、という表面的な事象ばかりではなく、政治的・社会的分野と
音楽は常に至近距離にあるもの・・ということを強く滲ませる、
そして教示するものだったと観るべきだろうねぇ。。

【グラミー賞】ブルーノ・マーズが主要3部門独占 ジェイ・Zは無冠
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=54&from=diary&id=4963433
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