古戦場めぐり「末森城の戦い（石川県押水町）」
◎『末森城の戦い』
「末森城（すえもりじょう）の戦い」は、天正12年（1584）9月9日に能登国末森城（石川県羽咋郡押水町）で行われた攻城戦です。末森の合戦ともいいます。
加賀・能登の前田利家と越中の佐々成政が、国境を接して激しい合戦を繰り返したことはよく知られています。織田信長が本能寺の変で横死して、天下取りの二大候補者となったのは、豊臣秀吉と徳川家康です。利家はかねてより昵懇の仲であった秀吉に同調し、秀吉嫌いの成政は家康に与し、かつて信長配下の将校として同僚であった利家と成政は、互いに敵対せざるを得なくなりました。最初に仕掛けたのは成政側です。
天正12年(1584）8月28日、加賀朝日山（金沢市加賀朝日町)の砦を攻めましたが、豪雨のためあっさり引き返しました。戦国軍記『末森記』によると、同年9月9日、成政は8000騎を率いて能登末森城を包囲しました。この城は、現在の石川県押水町末森山に築かれた山城で、海岸までわずか3�辧�加越国境にも近く、利家の所領である加賀と能登の結節点にあたります。成政はここを奪取して加賀と能登を分断し、利家の軍事力を半減させ、金沢へ侵攻しようともくろんだのです。佐々軍の総攻撃は、翌10日の払暁と同時に始まりました。最初に動いたのは、西の大手口に展開する佐々与左衛門率いる五千余の大部隊でした。佐々勢主力は、城際から鉄砲を浴びせ、城内からの応射を制圧しました。続いて吉田口にも野入平左衛門らが押し出し、佐々勢は大手口と吉田口の両方で同時に城門を突破しました。十分な守備兵力を配置できないまま奇襲された城方は、外郭の若宮曲輪と三の曲輪を放棄し、二の曲輪に兵力を集中して防戦しました。しかし、城内に雪崩れ込んだ寄せ手の勢いは止まらず、一手になって殺到する佐々勢に城内は圧倒され、主力を投じ防戦に努めた二の曲輪でも敗退、1500ほどいた城兵はわずか300余にまで討ち減らされ、ついに本曲輪へと撤収しました。末森城は孤立無援の窮状に陥りましたが、城主の奥村助右衛門以下、城兵全員玉砕の覚悟で防戦し、圧倒的な兵力の差は如何ともし難く、曲輪は次々に奪われ、さらに兵糧蔵さえも奪われましたが、城兵の士気は衰えなかったといいます。城主奥村夫妻の叱咤激励で、利家の救援に一縷の望みをつなぎ、その到着まで死守すべき旨が徹底されていました。
10日午前8時ころになって、ようやく佐々勢侵攻の報せを受けた尾山城中では、出陣の是非をめぐって利家と重臣たちの間で激論が交わされていました。即時出陣を主張する利家に対し、重臣一同が躍起になって引き止めにかかっていたのです。能登から加賀北部にかけて、細長く広がる前田家の所領は奥行きが浅く、佐々領の越中との国境の大半は、海岸までわずか10�劼曚匹竜�離しかありません。戦略上の弱点として致命的なほどの危険地帯が、延々50�勸幣紊砲盖擇鵑蚤海い討い燭里任后�この危険地帯に佐々勢が侵攻してきた場合、前田領は南北に分断され、前田家の存亡に係わる重大な局面に立たされます。それだけに、利家はあえて兵力分散の危機を冒しながらも、国境の要々に兵力を点在配置していました。50�劼砲盖擇峭餠�危険地帯に兵力を分散し、利家の手元に集まった兵力は3000に満たなかったため、重臣たちは利家の出陣に反対したのです。しかし、利家には勝算がありました。成政が前田勢を末森城救援に誘い出そうとしていることは、利家はもちろん、重臣たちもよくわかっていました。重臣たちが待ち構える佐々勢の優勢と伏撃を恐れていたのに対し、利家は佐々勢の伏撃体制は裏をかければ、逆に佐々勢の弱点になると考え、重臣たちを説き伏せ出陣し、津幡まで進出しましたが、すでに第一報から12時間、佐々勢が末森城下に侵攻してから30時間が経過していました。松任から利長が到着し、利家指揮下の兵力は少し増えましたが、それでも万余の佐々勢の三分の一にも満たなかったといいます。
しかし、この場合、重要なのは兵力ではありません。前田勢の雨中の夜間行軍は、巧妙この上ないものでありました。周辺の領民から次々に注進を受け、的確に佐々勢の哨戒線を見極め、11日未明、隠密行動で佐々勢の哨戒線を突破し、背後から襲う奇襲作戦、いわゆる後巻を敢行したのです。これに呼応して城主奥村助右衛門も、篭城するわずかな兵力から一隊を編成し、搦手口を開いて討って出ました。絶対的な確信をもって布陣した、待ち伏せ哨戒線を突破された佐々勢主力は、前後から攻め立てられ、野々村主水ら将12人を含む750余が討死し、末森城攻防戦が始まって以来の大損害を被り、総崩れとなりました。
利家が前田家の命運を賭けて戦ったこの合戦は、地の利、領民の協力で奇襲作戦が成功し、佐々勢は本陣坪井山（現在の坪山）の南方に退却しました。この末森の合戦は、陸軍士官学校の講義で、少数勢による奇襲の見事な成功例としてよく引き合いに出されたそうです。『末森記』には、合戦の様子がさながら目前で戦闘を見ているがごとく記させています。敵の鉄砲隊の猛射の中を、利家自身が黄金色の馬印をうち振りつつ、味方を叱咤する描写は、至近距離から筆者慶雲が見た強い印象をうかがわせます。その後、数度の合戦を経て、秀吉の大軍が出陣して越中に進攻し、富山城に拠る佐々成政は遂に降伏しました。秀吉は新川一郡を成政に残し、婦負・射水・砺波の三郡を利家の嫡男利長に与え、前田氏の所領はこの段階で82万石にふくれあがりました。『末森記』によれば、成政を切腹させるといきまく秀吉に対し、利家は助命を進言したといいます。利家は、まことに血も涙もある名将であったといえます。
○「末森城」(押水町竹生野)
「末森城跡」は、現在の押水町竹生野にある末森山(標高138.8m)に位置する山城です。曲輪は山中に点在していて、その合計面積は3万m2にも及ぶかなり大規模な山城です。この末森城は、加賀国と能登国を繋ぐ交通の要所であり、越中国とも近く、加越能3国の要衝に位置する重要な拠点で、過去にも幾多の戦いが起こっています。畠山氏家臣で越中国の地頭職であった土肥親真によって築城されたとされています。しかしいつ築城されたかなど、詳しくは不明です。現在の末森城の遺構としては、郭、土塁、堀切が残っています。本丸主門は、金沢城鶴の丸南門として移築されましたが、宝暦9年(1759)に火災によって焼失してしまい、現存していません。また、本丸等の構造物が解体時に城下の寺院などへ転用されたという記録もありますが、詳細は不明です。末森城に天守があったのかどうかですが、本丸にかなり大規模な建造物があったらしいということは、1986年に行われた礎石確認のための調査で、本丸主門の基礎石を始めとして、数十ヶ所の礎石と思われる反応があったことから推測できます。ただし、天守はなかったと考えられています。末森城は、なかなか勾配がきつい山城であると言えますが、あまり大規模な空堀はなかったように思います。ですから大軍に本気で攻められたら、落城してしまうと思われ、難攻不落というほどではないと感じられます。実際に末森城合戦でも、佐々軍の攻撃の前に本丸と二の丸以外はあっさりと落とされています。
ログインしてコメントを確認・投稿する