『河神の誘惑』第10話
気絶したサガの体を清めた後、河神は彼の額にキスを落とし、そっと寝台を抜け出た。シャツを羽織り、台所に行くと冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを取り出して、グラスに注いでのどを潤す。
「…何か変な声が聞こえると思ったら…」
見ると、ナイトローブを羽織ったカノンが扉の所に立っていた。彼は苦々しく舌打ちした。
「とうとう、食っちまったのか、サガを」
「ああ」
苦笑に近い笑いを漏らし、河神がカノンに目を向ける。
「お前も抱いてやろうか、カノン?」
「冗談じゃねぇ。神の愛人になるなんざ、おれはごめんだね。あとでどんな災厄に見舞われるか知れたもんじゃねぇ」
水を寄越せ、と、カノンがミネラルウォーターのボトルを河神からひったくる。彼はそのままボトルに直接口をつけてラッパ飲みした。
「…だいたい」
と水を飲んだカノンが言う。
「サガに続いておれまで抱かれたら、サガの奴がまたいらんトラウマを思い出すだろうが」
「というと?」
「アイオロスだよ。言わなかったっけ?おれもあいつと寝てたってこと」
「…ああ、なるほど。双子丼とは、教皇もなかなか大した玉だな」
かつてサガがどれほど頼んでも、アイオロスはカノンと切れなかった。アイオロスの大抵の浮気は一夜限りですむことが多かったのだが、カノンのことはサガとそっくりの容姿に正反対の気性が刺激的で気に入ったようで、継続して関係を持ち続けた。サガは、カノンに完全にアイオロスの心を奪われてしまうのではないかと恐怖し、思い悩み、自分を追い詰めた。そしてカノンを攻撃し、非難し、兄弟仲をさらに悪化させた。己と瓜二つの姿形をした双子の弟は、それゆえに、サガにとって最も恐ろしい恋敵だったのだ。
「しかし、あんたは男には興味ないと思ってたけどな」
「いや、実はおれも驚いている。男で勃つとは思わなかった」
意外にやれるものだ、と、感心したように河神がうなずく。
「あ?なに?男は初めてだったわけ?」
「ああ。何しろ、サガ以外の男にはその気になったことがないんでな」
今度はカノンの手から河神がミネラルウォーターのボトルを取り、彼もまたそのままボトルをラッパ飲みした。カノンと間接キスというのは気にしなかったようである。
「…だが、初めてにしては上手くやれたんじゃないか?おれとサガの体の相性はいいようだ」
「ああ。そうかよ。そりゃ良かったな」
と全く祝福していない口調でカノンが言う。
「…まぁ、いいけど。サガはもっと遊んだほうがいいと思ってたし、あんたはいい奴だし、アイオロスに比べても引けは取らねぇみたいだし。むしろサガを寝取られてザマーミロと奴には言ってやりたいが…」
カノンはそこで初めて真面目な顔になった。
「アイオロスには知られねぇようにしろよ。あいつは嫉妬深い」
「そんなにか?」
「そりゃあもう。自信満々な顔して、サガについては独占欲と支配欲の塊だ。あいつに知られたら…」
「アテナに泣きついて、おれを封印させるとか?」
「…さすがにアテナを巻き込むほどみっともない真似はしないと思うが、サガが殺されかねん。サガを抱いたんなら、見ただろ、胸にある射手座の印」
「…ああ」
「あいつは自分の胸に双子座の印をつけながら平気で他の奴とも寝てるけど、サガが同じことをするのは許さないだろうからなぁ。そういう奴だよ。つくづく自分勝手な男だ」
カノンはミネラルウォーターのボトルを河神から再びひったくり、残っていた水を全部飲みほした。
「ま、そういうわけだ。浮気は上手くやってくれ。グッドラック」
空になったボトルをゴミ箱に投げ捨て、カノンは台所を出ていった。
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