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2016年08月02日22:03

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ファイティング原田が世田谷区深沢出身って意外

〜九品仏出身の増田 寛也さん、お疲れ様〜

一昨日、注目の都知事選は、こういう結果になったが、
■小池氏、都庁に初登庁 職員に訓示「都民ファーストで」
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=4123591

自民、公明公認の増田 寛也、本来なら本命のはずだったのに落選。
この人、最初から知名度は劣っていたし、なかなかアピールが
出来なかったと感じる。

ネットで検索したら、世田谷区の玉川地域出身なんだね。

私の日記でたびたび書いているが、世田谷区の中の5地域
(政令指定都市の中の行政区に相当する)の南部、
フォト

いち地域と言っても、面積、人口でほぼ渋谷区と同じ。
また地域として中央の世田谷とは一線を画す。

ちなみに私は砧地域に小学校まで、その後玉川地域に長く住んでいた。
で、増田さん、玉川地域も自由が丘に近い「九品仏(くほんぶつ)
←寺の名前」駅の生まれ、(左画像)
隣の駅の「尾山台」で少年時代を過ごしたと。

自由が丘(目黒区)〜二子玉川の大井町線沿いは、環境が良い。
反面このあたりの人はハングリー精神が希薄という印象がある。

だいたい、世田谷区って、人口比から見ると、
あまり有名人を輩出していない。
それもハングリー精神、根性のあるスポーツ選手が少ない。

例外としては芸能界で小林旭、
そしてボクシングの元世界王者、ファイティング原田(中央画像)。
ボクシングなんか一番、世田谷区民が
やりそうもないスポーツなんだがねあせあせ
それも原田が玉川の中でも深沢出身と後に知って驚いた。
深沢は、成城の次に高級住宅地だよ。
小沢一郎がそこの土地購入で揉めたところ。

私が小学校に入るか入らないかくらいの時、
ボクシングではF原田と海老原博幸が有名だった。
ちなみに海老原も東京出身(福生市)、
この頃はテレビでもゴールデンタイムにボクシングをやっていたらしい。
私は見ていなかったが。

この二人が世界王者になった1962〜3年頃は、
少年、少女漫画でも、ボクシングをやる青年が多く描かれている。
ことに原田の影響が大きい。
「おそ松くん」のガールフレンド、トト子ちゃんの兄が(ファイティング弱井)
の名でボクシングをしていた。
フォト


「ストップにいちゃん」の主人公、南郷勇一も中学生だが
連載当初(62年)ボクシングの試合に登場。
フォト


石森章太郎の少女漫画「あかんべえ天使」でも、
ボクシングジムに通う米屋の店員、原田青年が登場。
(米屋に勤め、名前が原田というのはF原田と同じ)。
フォト


ちばてつやにも「魚屋チャンピオン」という少女漫画もあった。

この当時は、昼間、米屋や魚屋に勤め、ボクサーで一攫千金を
狙っていた若者が多かったんだね。

だが、その後、ボクシングのシーンは減少した。トト子の兄は
出て来なくなった。(^^:
ストップにいちゃんの興味もゴーカート、サッカーに移行
(まぁこの男は色々なことをやる)。

その後、67年だったかな?ハワイ出身の藤猛が話題になった。
「岡山のお祖母ちゃん!僕、大和魂で勝ったよ!」

もとより私は全くボクシングに興味が湧かなかった。
その代わり69年、中学に入った時、プロレスにハマった
(正確に言うと、アントニオ猪木やミルマスカラスのような
格好良い選手にハマった。
G・馬場はその前から知っていたが、興味がなかった)

当時、「プロレス&ボクシング」と「ゴング」という月刊誌があった。
前者は誌名通り、プロレスとボクシングを扱った雑誌。
後者も同じ編集だった。
両方とも雑誌の前半分がプロレス、残りがボクシング。
さらに表紙も、プロレスが大部分だった(右画像)。
ボクシングファンにとっては屈辱だったと思うよ。

私は「ゴング」の方を買っていたのだが、
せっかく買ったのだからボクシングのグラビアや記事も読んでみた。

その頃は、ボクシングも世界王者が4,5人いた。
その選手たちの出身地を今調べると、
小林 弘(群馬)、沼田 義明(北海道)、西城 正三(埼玉)柴田 国明(茨城)、
大場政夫(東京都墨田区)。西城はハンサムで後にキックに転向した。

そして大場だが、73年春に自動車事故で夭折したこともあるが、
大変な天才ボクサーだったらしい。「らしい」と書いたのは
私は試合を見たことがないからだ。

見たかも知れないが、全く覚えていない。
「ゴング」の記事に「○月○日に、誰それの世界戦がある」
とは報じられているわけで、私は見てみようとしたが、
どう見てもボクシング見ても面白さが全く分からない。ふらふら
世界タイトル戦でもよく15ラウンドフルに戦い、判定になるが、
その判定基準が分からん。

で、上の1970年前後の日本人の世界王者、
北海道の沼田を除き、東京の天才、大場を始め、皆、関東出身だったんだ。
漫画では「あしたのジョー」が人気を博していたが、途中から読んでいない。

先ほど「ボクシングなんか一番、世田谷区民がやりそうもないスポーツ」
と書いたがやるとしたら北沢や烏山方面の人と言うイメージがある。

高校の時、通学途中の小田急線沿い下北沢にボクシングジムが
あったのを覚えている。
車窓から看板が見えた。時々、下車し、そのジムの前を通り過ぎた。
ガラス張りで中で練習している選手を見た記憶がある。

今、「下北沢・ボクシングジム」で検索すると「金子ボクシングジム」
がヒットする。1972年には存在していたので、そこかな?
と思うが、場所が、私がうろついていたところからちょっと遠いなぁ。
移転したのか、今はもうない他のジムだったのか?

やはり今「世田谷区ボクシングジム」で検索すると、
区内に存在しているのは金子を含め「北沢」と「世田谷」地域に3か所だよ。
玉川や砧にはない。原田選手は目黒区の笹崎ジムに通っていた。

高校の時、同級生でボクシングジムに通っている(という噂)の奴がいた。
悪いやつでもなかったが、ちょっと単純で荒っぽい男だった。
身体は、引き締まってはいなかったなぁ。
どっちかと言えば柔道をやりそうな感じ。
ライセンスを取ったとかデビューしたとかいう話は聞かなかった。

先日、日記に触れたカエル飛びの輪島功一(北海道)や
栃木出身でよくバラエティ番組にもでていたガッツ石松が
高校時代の世界王者だった。

その後、沖縄出身の具志堅とか渡嘉敷が出てきたが、
東京はおろか関東出身のボクサーが少なくなった。

逆に「浪速のロッキー」こと赤井 英和がブレイクしてから、
関西系のボクサーが増えた。
「日本人のボクシング世界王者の一覧」を見ても、
具志堅以降で私が知っているボクサーは西日本ばかりだ。

井岡 弘樹が大阪。渡辺二郎と辰吉丈一郎が岡山、
薬師寺 保栄が大分とか、鬼塚 勝也が北九州、竹原 慎二が広島。
極めつけは亀田の三兄弟+オヤジが大阪出身。
内藤 大助は北海道だが。

ボクシングの試合を見て、面白い!と思ったことがないと書いたが、
内藤対亀田 和毅は、面白かった。
まぁまともなボクシングファンは怒っただろうが。
ということで、今回の日記は、かつては名ボクサーを多く輩出した東京、関東だが、
めっきり近年少なくなったというテーマ。
理由は分からない。おそらくハングリー精神がなくなだんだろうね。
一攫千金を狙う若者は、今もいるが「お笑い芸人」やその他の方法で
達成しようとしているのでは?

しかし、今回の調査で判明したのは、
世田谷区内でも「世田谷地域民はボクシングが好き」
対して「私も含め、玉川地域民はプロレスが好き」ということ。
同地域には新日本プロレスを始め複数の団体が存在していた。

玉川地域が世田谷区のいち地域と言うのは、
かつてプロレスとボクシングがひとつの雑誌に
収まるくらい不自然なことだと感じる。

ボクシングのメッカ、東京水道橋の後楽園ホール
フォト

200回近く入場したが、プロレスばかりで
ボクシングは一回もみたことがない。

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