mixiユーザー(id:6231411)

2016年04月13日11:50

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溜め息ばかり。

デリケートな問題であるから、公的な立場の人間は発言に苦慮すると思う。
だが、朝鮮民主主義人民共和国、所謂「北朝鮮」並びに大韓民国、所謂「韓国」国籍の在日市民と我が国の国体の在り方は表面上から矛盾を抱えていて、この問題には幾つも闇がある。
取り分け、北朝鮮の在外「政治結社」の役割を果す「朝鮮総連」と極めて密接な関係にあり、教育内容すら「反日」的な内容を含む朝鮮学校に、国の治安維持や行政を担う立場の人間は、「困っている」のが本音ではあるまいか
しかし、北朝鮮の国民が北朝鮮の国家が指導する政治体系を否定したり、国全体の政治思想を否定するような行動をとるのだとしたら、それはそれで異常であるし望ましくない事態である。

教育を受ける権利や人間的な生活をする権利は、在日外国人には等しく在るべきであり、それを保全し保障するのも政府の役割である。

もう、この時点で幾つも矛盾があって、複数の立場の人間が複数の立場の正義を振りかざして議論を闘わせれば、忽ち紛糾してしまうのだが、そこから考えてみよう。

ただ、生きているだけで保証される権利を論拠に「人道的」配慮を社会に求めるのが、在日朝鮮人や朝鮮学校に関わる立場の人間である。
僕は右寄りで排外的な解決策を結論におく考え方の持ち主ではあるが、これは「保障されるべき」権利だと考える。但し、思想や信条を侵さない範囲で義務を果たした上での話である。
つまり、脱法行為や反社会的或いは反日本政府的言動を行わない、というのが義務だと考えるからだ。

次に、一連のミサイル発射等に絡む制裁と
今回の朝鮮学校などに対する意見については
切り離して考えるべきである。
政府が行った軍事行動と、ミサイル発射の是非すら問えない彼の国の国民の意思は全く連動して居ない筈だからだ。
勿論、日本の場合だと「売国奴」的な行為を政治家が繰り返せば、国民に信を問う選挙の場において信任が得られず政治活動が行えなくなる。北朝鮮の場合はミサイル発射が仮に指導者のミスリードであったとしても「不信任」を突き付けられないわけだから、国名に民主主義と表示してあっても実質は「君主制国家」なのである。

即ち、政府の過ちが国民の過ちになり得ない事から、彼らが責任を負う立場に無いのではないか
そう思うのだ。

ただ、自らの宗教や信条を貫きたい、反日的でも反社会的でも「自分たちこそ正義だ」と言うのなら、敵国や思想的敵対者に「助成金は下さい」というのはおかしいではないか。
彼らこそ、孤高に自立し、貫き通すべき信条があるから、日本の学校とは違う教育を施しているのではないか?

反社会的、で想起されたのだが
知人がたまたま親族に暴力団関係者が居るのだが
「だからって、絶縁出来ないしねえ」
と溜め息を漏らした事があった。
勤め先がコンプライアンスを強化して行く中で抜き差しならない状態が続いているが、
確かにどうしようもない問題である。
親族の方の生業には確かに「反社会的」行動が含まれているらしい。各個人が生きていくためにとっている行動が、
無条件の人権にそぐわない方向に分かれる事もあるのだから、それぞれが「義務」を果して粛々と生きるしかない事だってある。それが「選択」であり「自由」である限りは、その対価の務めを果すべきだ。

そんな会話をすると、彼はより一層、深い溜め息を漏らすのであるが




■朝鮮学校生徒や校長が「いじめだ」と反発・・・補助金の再考促す文科省通知
(弁護士ドットコム - 04月12日 19:42)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=149&from=diary&id=3943654
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