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2015年12月06日12:44

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イスラムを考えるにあたって、僕自身が留意すべき四つのこと。   塩見孝也

●1、闘い、戦争、革命において、敵、味方を正しく規定することは、決定的に重要である。
アラブ・中東世界を包み、貫徹し、規定している政治・経済の法則、力関係は、どのような世界観・哲学・人間観によって測られるべきか?
 そこにおける<敵>は<金融資本主導の新自由主義のグローバリズム帝国主義>勢力であること。宗教的動機としてのキリスト教勢力があるわけではないこと。
 敵は、<金融資本主導の新自由主義のグローバリズム帝国主義>であること。味方は、この敵によって、搾取、収奪され、支配・抑圧・差別されているアラブ民衆や国際プロレタリアート等人民大衆であること。
● 2、それ故に、イスラム軍対キリスト教+ユダヤ教(あるいは、ギリシャ正教)らとその軍隊「十字軍」の<宗教戦争>といった具合に捉えてはならないこと。これはIS特有の恣意的時代錯誤の図式であること。
 6世紀初頭のマホメット(預言者・ムハンマド)のイスラムについての基本認識・コーランとシャリーアと言われる、その戒律・法律・生活規則をそのまま厳格に実行することを世間の批評家達は「原理主義」というようだが、ISがこう自称して、認識し、実行ているわけではない。又ISがコーランに掲げられているアラー信仰と戒律(六信5行)やその他の規範を忠実に実行している、かどうかも情報不足で僕には分からない。メディアや一部学者の間で、そう吹聴されているが、厳密には、そういって良いのか、怪しいものである。「イスラム原理主義者」と規定すれば、分かりやすいが、今は、留保しておきます。
● 3、上記からすれば、宗教やイスラム教について、改めて、研究、議論することの重要性。この点で、学問的知見を検証しつつ、イスラムについて原則的な認識を確立してゆくことは極めて重要である、と思う。このような作業を通じて、宗教やイスラム教について原則的立場を確立してゆくべきと思います。
 何しろイスラムは中東・世界史において極めて巨大なウエイトを有し、その思想的・理論的枠組みの前史を古代のユダヤ教やキリスト教に置いている。それゆえ、この二つの宗教の古代に於ける沿革を踏まえることも必要である。イスラム教が、前提としているユダヤ教(旧約聖書)やキリスト教・聖書との関連も調査研究しておくことが必要です。例えば、モーゼ書など。コトは極めて、膨大で、一面果てしない作業であるわけですが、問題設定が出来れば、意外とスルスルと進んで行くと思う。
 手軽に訳知りの日本製イスラム学者の解説書でコトを済まさないようにしよう。
●4、もう一つは、宗教について、唯物論者、無神論者、その代表者、マルクス主義は、もう一度、自己の基本原点に帰りつつ、その原則を踏まえなおし、原則的立場を築くことは、極めて重要と考えます。
 宗教:人間が、此の世(此岸)の生きることの矛盾、苦悩を唯物論的、科学的に解き明かすことが出来ず、人間自身が、自分で、絶対者(神)を観念の中で作り出し、それを信仰し、その「世界」に、逆に己を従属させようとする。古代から唯物論やこれに基づく科学的営為や無神論や一神教ではないアミニズムやシャーマニズム、ギリシャ都市文明もあった。観念論と唯物論との論争・闘いは、人類史における認識史・哲学史において、最大の歴史を構成してきました。
 マルクス・エンゲルス共著の「ドイツ・イディオロギー」において、「近代においては、神(宗教)に替わって、科学が人間が生きることの拠り所になっていった。」とする。
 別に科学が絶対的に此岸の世界を全てを解析したわけでもなく、そこで発見される真理は、人間の主体的実践の進化、拡大の度合い応じた相対的なものではあるとする。それ故に、マルクス主義者は、一面可知論者であり、他面で不可知論者であるといえます。

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