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2015年10月15日18:32

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シンクロ「ダーウィンの進化論と創造論」



2007年6月の5、6、7日と3日間に読んだ別々の本、そして偶然みたテレビ番組が、すべてが「ダーウィンの進化論と創造論」を取り上げていたというシンクロニシティがありました。

6月5日(日)
大田篤「何のためにあなたは生きているのですか」(KKロングセラーズ)

「生物全体の多彩な生態系をデザインした存在、いわば宇宙意志ともいうべき創造主がいるというわけです。ダーウィンを否定せざるを得ない」と書いてありました。

6月6日(月)
23時の筑紫哲也さんの「NEWS23」

進化論に対して、全ての生物は高度な知的存在によってデザインされたという「インテリジェント・デザイン学説(創造論)」が有力になってきたと放映していました。

6月7日(火)
船井幸雄「世の中、大激変、今一番知ってほしい大切なこと」

今第一線の科学者の間に主流となりつつあるのは、「インテリジェント・デザイン学説(創造論)」であり、最近では、ダーウィンの進化論や唯物的な考え方の科学者は、非科学的で偏狭的な科学信仰心にとらわれている、と書いていました。



この3日間に与えられた情報をそのまま繋ぎ合わせると、次のように一つのレポートが完成することができ、何か私を超えた存在が、何かの意図をもって私にレポートを書かせるためにシンクロを起こしたような気がしてなりません。

以下、三つの情報の順番をかえて繋ぎ合せてみます。

筑紫哲也さんのNEWS23より ・・・6月6日
NEWS23の番組は「進化論への挑戦」とういうテーマで、最近、アメリカでは、進化論に対する異論が多くなり、創造論が有力になりつつある、ということを放送していました。
 進化論は理論にすぎず事実ではない
 進化論は証拠もデータもなく誇張されている
と、カンザス州の教育会メンバーが呼びかけ、今全米15州について論争を巻き起こしているといいます。
進化論に対して、インテリジェント・デザイン(ID=創造論)という立場があります。
インテリジェント・デザイン(ID)とは、すべての生物は「高度な知的存在」によってデザインされたとする理論です。
そして学校の教科者にも、進化論と創造論の両論を併記すべきだという声が高まっているというのです。
 ギャロップ社の世論調査によれば、3分の2以上の人が、「学校教育に進化論とともに創造論を取り入れることを希望している」とありました。
 さらに8割の方が、「人間は神によって創造された、あるいは、神の導きで進化した」という考えをもっているという答が出たとのことでした。

船井幸雄さんの本より ・・・6月7日
「世の中、大激変、今一番知ってほしい大切なこと」第4章に「創造主も科学の研究対象になってきた」より要約します。

今、科学の世界も大きな変革期を迎えています。
これまで、目に見えない世界のことや人間の意識と物質との関係などを科学の世界で論じようとすると、オカルトだとかナンセンスだとか、一蹴されることが多かったのですが、ここ数年、状況が変わってきました。
その一例ですが、いま第一線の科学者のあいだで注目を集めているのは「インテリジェント・デザイン・セオリー」です。

インテリジェント・デザイン・セオリーとは、創造主と呼ばれる知的存在が、宇宙と全てのものをデザインしたとする考え方です。

ここ10年ほどの間に広がってきた新しい科学思想です。

最近ではむしろ、ダーウィンの進化論や物質還元主義にこだわっている科学者のほうが、非科学的で偏狭な信仰心にとらわれているとみなされる傾向さえ出てきています。
日本における「インテリジェント・デザイン・セオリー」の第一人者である京都大学名誉教授の渡部久義さんは、次のように述べています。

私が水面下での世界的な十大ニュースの筆頭に上げたいのは、アメリカを中心とする「インテリジェント・デザイン」と呼ばれる理論ないし運動の飛躍的な発展である。

これは比較的最近、科学者のあいだから起こってきた科学的文化大革命とも言えるもので、2年前から私はある雑誌の連載記事として紹介し続けているものである。

これは要するに、科学の唯物論的な前提にはそろそろ見切りをつけよう、自然界は盲目的な機械的要因だけでは説明が不可能で、「デザイン」すなわち意思、目的、計画といった要因が働いていることを科学として認めようではないか、という運動である。

宇宙のデザインの事実が、生命体の分子レベルの構造からも、天文学の増大するデータからも、宇宙的な物理法則や物理常数の、生命を可能にするための驚くべき「ファイン・チューニング」(微調整)という事実からも、いよいよ否定することができなくなってきたようである。自然選択と偶然の変異を組み合わせて生命や生命の歴史を説明しようとするダーウィニズムは、これによって全く否定されることになる。
(京都大学学生新聞)

渡辺教授によると、いま世界の科学界の趨勢からいって、唯物論は時代遅れになりつつあるといいます。にもかかわらず、日本ではいまだ物質還元主義にとらわれていて、新しい潮流についていけない科学者が多いようです。

日本の科学者は、頭が固く、時代遅れの人や世の中のことが分からない人が多いといわれる所以です。

しかし、科学と宗教を分けて考えるようになったのは、世界でも200年前のことなのです。このような考え方は、もはや時代遅れのものになりつつあります。それは本来、間違った考え方だったからでしょう。

太田篤さんの本より ・・・6月5日
大田さんの「何のためにあなたは生きているのですか」の中に、「大いなる意思のコントロールのもとで」というテーマで、ダーウィンの進化論について次のように否定的に解釈していました。

進化論は今や一般に広く受け入れられていますが、どうしてすべての魚が、あるいは猿が人間にならなかったのか、という疑問に、決して進化論は答えることができません。

ダーウィンは、ガラバス島のイグアナが、海に住むものと陸にすむものとに分かれているのを見て、進化論の考察を進めていきました。

海のイグアナはヒレが発達して海の中を泳ぎ回り、魚を盗っていました。陸にいるイグアナは、のそのそ歩いて小動物を食べていました。

住むところの環境の違いが、それぞれのイグアナに違った進化の過程をもたらしたのだとダーウィンは考えました。環境が進化の道筋を決定づけるということです。

動物たちは、大部分が魚から進化してきたのだといわれます。環境が進化の行く末を決めるのであれば、どうして一つの地域に多種多様の生物が存在しているのでしょうか。

ある地域の環境が特定の進化をもたらすのだとすれば、その地域は一種類の動物におおわれてしまうはずではないでしょうか。山に行ったグループ、海の近くに住んだグループ、森に行ったグループがそれぞれどうして同じ進化をしなかったのでしょう。

たとえば、アフリカのどこかの地域を例にとってみても、そこには猿も犬も猫も人間も鳥も魚もいるわけです。どこの地域をとってみても、そこには多彩な生物による生態系が形づくられています。この事実を進化論で説明できるでしょうか。

同じ地域に住みながら、ただの魚と、馬に進化した魚と、どこでどうして分かれてしまったのかということです。

複雑に絡み合った多彩な生態系をデザインした存在、いわば宇宙の意思というものをここに考えないわけにはいきません。つまり創り主、創造主がいるということです。


私たちが粘土の固まりで食器を作るとすると、人数を計算し、小皿は何枚いるな、大皿は何枚いるな、湯呑みはいくついるな、水差しはいくついるな、というふうに初めに考えます。全体を見ながら計画を立てて作り始めます。生物についても、全体を見ながら計画していった存在がいたということです。

肉食獣と草食獣の数を間違って逆に創ってしまったら、どちらも滅びてしまいます。あるいは肉食獣を創り忘れたら、草食獣が草を食べ尽くして、これもやはり滅びてしまいます。そしてバランスよく器ができてから、初めて中身を入れたということです。この器の完成のために数十億年という年月が必要でした。


宇宙意思のコントロールのもとで、いわゆる進化の道筋が展開していったということです。しかし、進化を進める力となったのは「適者生存」「弱者淘汰」の原理ではなく、宇宙の意思(インテリジェント・・・瀬良注)の「調和」を生み出す力でした。この力によって、あらかじめ計画されていた(デザイン・・・瀬良注)生態系が完成されていったのです。最初からバランスよく配置され、いまの生態系のバランスを作り上げていきました。

ま と め
現在の宇宙物理学、宇宙工学、生命科学の研究の結論は、知的存在による創造論のようです。そして、宇宙全体がかくも美しく、秩序だってパーフェクトにデザインされたことによって、地球上にはじめて「人間(知的生命)」が存在できるようになった、というのです。

それにしても最新の科学の世界では、万物がインテリージェント(知的な存在)によって、デザイン(企画、計画)され、創られたという考え方が主流になりつつある、というのです。すごい時代になったものだと思います。
量子力学を発展させた3大功労者(全員ノーベル賞受賞)ボーア、シュレディンガー、ハイゼンベルグが、仏教、道教、易経、インドのベーダ哲学などにはまり、湯川秀樹さんも、老荘の教えに傾注されました。     「やさしくわかる量子力学」(永岡書店)より
また田原総一郎氏も、その著「生命探検」で次のように言っていました。
大脳生理学者の東京大学医学部伊藤正男教授は「実はノーベル賞をもらったような世界の第一級の脳学者達が、脳研究を続けた末に、どんどん神様を信じるようになったのだ」と、口ごもりながら披露した。
村上和雄先生の言われるとおり、誰もがサムシング・グレートの存在を考えなければ、人生や宇宙のことが説明できないようになってきたのだ、と思います。そして、より高い存在を考えることによって、私たちの人生の質も大きく違ってくる気がするのですが・・・・。





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