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2013年02月10日00:03

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ドイツ第三帝國兵器シリーズ26 50mm対戦車砲

 ドイツ陸軍は、ヴァイマール共和国時代から37mm対戦車砲《http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1778294016&owner_id=250900》を制式兵器として用いていましたが、1936年に国防省陸軍兵器局長クルト=リーゼ中将は、将来37mm砲では威力不足になる事を予期して、ラインメタル社に対し、より威力のある新型対戦車砲の開発を命じました。
 ところが、1936年7月に勃発したスペイン内戦では、3.7cm Pak36がソ連製T-26軽戦車やBT-5高速戦車に対して充分な戦果を挙げたため、1937年にラインメタル社が開発した50mm対戦車砲は直ちには制式化されず、漸く1938年に5cm PaK38(5cm Panzerabwehrkanone38)として制式化されましたが、3.7cm Pak36の方が主力対戦車砲と位置付けられて、5cm PaK38の生産計画は少数に留まっていました。
 5cm PaK38の要目は以下の通りです。
・口径:50mm
・全長:4.75m
・全幅:1.85m
・重量:830kg
・砲身長:3173mm (約60口径)
・仰俯角:-8°〜+27°
・左右旋回角:65°
・運用要員:5名
・発射速度:13発/分(最大)
・初速:823m/s(対戦車砲弾39)・1180m/s(鉄鋼弾40)・550m/s(榴弾)
・最大射程距離:150m(有翼榴弾)・1500m(鉄鋼弾)
フォト

 PaK38は、PaK36をスケールアップしたものでしたが、トーションバーやソリッドゴムタイヤを装着し、射撃反動を緩和するマズルブレーキも用いられるなど、後のドイツ火砲の基本装備となる新基軸も盛り込まれていました。
 PaK38は、PaK36に比べると重量が倍以上になりましたが、人力での陣地転換が可能でした。これは主輪と同型の補助輪を閉じた砲脚の末端に接続し、三輪状態する事で手押しでの移動が容易になっていたからでした。また、PaK36同様、射撃姿勢が低くて遮蔽が容易なのも大きな長所でした。
 しかしながら、1939年9月のポーランド戦でも、3.7cm Pak36がポーランド軍のTKS豆戦車や7TP軽戦車を易々と撃破したため、陸軍参謀本部は3.7cm Pak36の威力を過信してしまい、5cm PaK38の部隊配備は1940年4月に開始されたものの、少数に留まっていました。
 このような状況下、1940年5月に始まったフランス侵攻作戦においては、フランス軍のソミュアS35騎兵戦車やシャールB1重戦車、イギリス軍のマチルダI・II歩兵戦車等の重装甲戦車が登場して来たため、これに対しては3.7cm Pak36は太刀打ち出来ませんでした。
 一方、少数しかなかったPaK38の方は実戦に投入される機会が無いままフランス降伏を迎えましたが、国防軍最高司令部陸軍兵器局長エミール=レープ砲兵大将は、英国上陸を目指すゼーレーヴェ作戦に備えてPak38を本格配備する事を決定、増産が開始されました。
 PaK38は、当初配備された対戦車砲弾39(Pzgr39)を用いた場合、射距離500m・斜度0度で78mmの装甲板を貫通する能力がありました。新型の対戦車砲弾40(Pzgr40)だと射距離500m・斜度30度で61mmの装甲板を打ち抜く事が出来たので、英軍マチルダ戦車を正面から撃破可能だったのです。なお、50mm徹甲榴弾(APC-HE)を用いた場合は射距離100m・斜度60度で73mm、射距離500m・斜度60度で61mmでした。
 PaK38が初めて実戦に投入されたのは1941年4月のバルカン半島作戦でしたが、陸軍参謀本部はスペイン内戦の経験からソ連戦車に対しては3.7cm Pak36が充分通用するとの甘い見通しを持っており、ゼーレーヴェ作戦が中止された事もあって、生産ラインはなおPak36の方がメインとなっていました。
 ところが、同年6月にバルバロッサ作戦が開始されると、ソ連軍のT-34中戦車やKV-1重戦車に対してPak36は全く何の役にも立たず、T-34に対して連続命中させる事で辛うじて正面撃破が可能だったPaK38は貴重な兵器でした。
 しかしPaK38もKV-1に対しては余程の至近距離からでないと通用しなかったため、より硬度の高いタングステン弾芯を持つ硬芯徹甲弾40(Pzgr40 APCR)が供給されました。これを用いると、射距離100m・斜度60度で143mm、射距離500m・斜度60度で86mmの装甲貫徹が出来ましたので、何とかKV-1撃破が可能となりました。
 しかし、英国海軍に大西洋制海権を押さえられて南米からのタングステン輸入が不可能になっていたドイツ第三帝國にとって、スペインで少量が確保出来るだけだった希少資源のタングステンを大量に使用するのは好ましい事ではなかったため、より強力な7.5cm PaK40が1941年11月から量産に入りました。1942年までAPCR弾は生産を縮小せず作られ続けましたが、PaK40が前線部隊に充分行き渡るようになると、PaK38は次第に第一線の戦車猟兵大隊からは引き上げられました。
 結局、PaK38の生産は1944年まで続けられ、降下猟兵部隊・山岳猟兵部隊・二線級部隊等に配備されて、終戦まで運用が続けられました。最終的な生産数は約9500門です。
 PaK38の牽引車両には主に軽便な1tハーフトラックが採用され、これに直接搭載した自走砲型もありました。また、傾羸鐚屐http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1811217737&owner_id=250900》J後期型・L型・M型の主砲5cm Kw.K.39 L/60もPaK38を援用した物であり、BK50 50mm砲として航空機搭載用に改良された物も登場して、Ju88P-4にガンポッド形式で搭載されています。
 実戦風景の動画です。

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