
「トゥクタミシェワ」 という響きはロシア語のそれではない。
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彼女の名前は、ロシア語では、
Туктамышева Tuktamýsheva
[ トゥクタˈムイシェヴァ ]
と読むのが正しい。以前は、 Tuktamysheva というラテン表記で名乗っていたらしいが、現在は Tuktamisheva としているため、日本のTVでは、
トゥクタミシェワ
になってしまっている。
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彼女は、ロシア連邦に属するウドムルト共和国の小さな町 「グラーゾフ」 Glazov の出身である。ウドムルト共和国の民族構成は、
ロシア人 …… 53%
ウドムルト人 …… 35%
タタール人 …… 7%
である。

トゥクタムイシェヴァが、民族的にナニジンかというと、これは、タタール人と考えてよい。ウドムルトでは少数派に属するタタール人である。

タタール人という民族名は、なかなか、混乱のもとで、「クリミア・タタール人」 という民族もあるし、その他、慣用的に 「タタールの軛 (くびき)」 などとも使われて、門外漢には特定しづらい。

現在のロシア連邦の民族で 「タタール人」 と言った場合、それは、
ヴォルガ・タタール人
のことである。現在のカザンを首都とするタタールスタン共和国の主要民族である。
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16世紀なかば、タタール人の国家である 「カザンハン国」 は、ロシアのイワン雷帝によって滅ぼされ、カザンはロシアの版図に入った。タタール人はカザンを追放され、周囲に四散した。そのため、カザンの周囲にはタタール人が点在している。

ウドムルト共和国の名称となったウドムルト人は、ウラル語族 フィン=ウゴル語派に属するウドムルト語を話し、チュルク語を話すタタール人とは異なる民族である。
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彼女が、なぜ、タタール人とわかるかというと、その姓である。ロシアに住まう非スラヴ民族は、ロシアの枠組みに組み込まれる際に、たいていの場合、
戸主の男子名 + -ov, -ev
という姓を名乗ることになった。もとになった男子名が子音で終われば -ov を付け、母音で終わる場合には -ev を付けた。ただし、 -ш (-sh) や -ч (-ch) などで終わる名前は、歴史的に軟子音であったため、 -ev を付けた。だから、 tuktamysh-eva なのである。

チュルク語は、語末の母音にアクセントがあるので、 -ov, -ev を付けた場合、その直前の母音にアクセントがあることになる。なので、 Tuktamýsheva なのである。

タタール語における綴りは、ロシア語のそれとまったく同じだが、発音がじゃっかん異なる。 ы (y) は 「ウイ」 ではなく、トルコ語の ı [ ɯ ] にあたる。なので、
Туктамышева Tuktamysheva
[ トゥクタˈムシェヴァ ]
となる。 u は [u] (英語のウ) で、 y は [ɯ] (日本語のウ) である。
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「トゥクタムイシェフ」 という姓を持つのは、タタール人の中でも、
ミシャル Мишари Mishar
と呼ばれるグループに属するらしい。ロシアでは、かつて、
мещеряк meshcherjak 「メシチェリャーク」
と呼ばれていた。

タタール語では、
「トゥクタムシュ」 Tuktamysh Туктамыш
という名前は、
“家族の中で、子どもが次々に死んだり、
子どもが生まれすぎたりした場合”
に新生児に名付けられる “呪術的な” 名前だという。

タタール人の名前には тукта- で始まるものがいくつかあり、これには、「止まれ」 という意味があるという。

日本語にも、「すえ」、「とめ」、「あぐり」 などという名前はあるが、“死んでも、生まれても” 使える名前、というのは不思議だ。いろいろ調べたが、語末の -мыш の由来が特定できなかった。
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【追記】

「トゥクタミシェワ」 の Wikipedia には、
英語版、日本語版、ロシア語版、ウクライナ語版、
そして、トルコ語版
がある。トルコでフィギュアスケートがポピュラーでないことは、誰だったわかろう、ってものだ。つまりは、
日本人などには見えていない、“汎チュルク主義” の絆
というのがあるのだ。
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